第四章 妹、強くなる!!!

第27話 それぞれの日常

「ヒーロー軍学校に入学してからもうすぐ一年かぁ。あっという間だねぇ」

 黒鞄片手に横断歩道を渡るユナの隣で、サツキが感慨深げに呟いた。

 今ではすっかり通い慣れた通学路。

 通り沿いの街路樹を見上げると、開花を直前に控えた桜の木々が大きな蕾を付けていた。


「サツキ、この一年で大分雰囲気変わったよね」

「そう?」

「うん。なんていうか……大人になった?」

「ほへー、全然自覚ないなぁ。やっぱり髪伸ばしたからかな?」

 首を傾げたサツキが目にかかった前髪をどける。


「それもあるけど、立ち振る舞いに落ち着きが出たというか……自信がついた? 前より性格がガツガツしてる気がする!」

「それって若干悪口じゃない?」

「んー、若干ねー」

「なにそれ」

 ユナとサツキがたわいも無い話をしながら通りを歩いていると、


「うわあああん!」

突然目の前から子供の泣き声が聞こえてきた。


「どうしたの?」

 涙を流す少年に歩み寄ったサツキが優しい笑顔で尋ねる。

 すると、


「風船が木に引っかかっちゃった」

声を震わせた少年が頭上を指差して言う。

 その視線の先に目をやると、街路樹の中でも特に背の高い一本の枝に真っ赤な風船が引っかかっていた。

 全長3メートルはあろうかという大木だ。


(あちゃー。ありゃ取れないなぁ)

 その余りの高さに思わず苦笑する。

 どうしたものかと頭を悩ませたユナが腰に手を当てていると、


「待ってて。今とってあげるから」

 その横で少年の背丈に目を合わせたサツキが笑顔で頷いた。


「え? サツキ、何か取る方法あるの?」

 驚いたユナが尋ねると同時に、


「大丈夫、届くからー」

軽く答えたサツキが小さく膝を曲げる。

 そのまま、膝下の筋肉を柔らかく使い、片足でふわりと跳ね上がった。


 重力を一切無視したかのような軽やかなジャンプ。

 空中で器用に風船の紐を掴みとると、静かに地面に着地する。


「す、すごーい! なんであんな高く飛べるの!?」

 その様子を見ていた少年が、目を輝かせて駆け寄った。


「まあ、私達はハイスペックだからねー」

「ハイスペック!? じゃあお姉ちゃん達はヒーローなの?」

「うーん、一応ね。まだ見習いって感じだけど」

 えへへと照れたように頬を掻くサツキを横目に、改めて巨大な木を見上げる。


 何度見ても三メートル近くある大木。


(普通、ハイスペックでもあの高さ届かないけどなぁ……)

 小さく首を傾げたユナは、呆れ顔で再び苦笑した。


☆☆☆☆☆


「やっと10連ガチャ分のジェム貯まったー。周回まじキツかったー」


 1000ジェム!!!

 スマホ画面に浮かんだ数字を眺め、満足気に呟く。

 只今、仕事の昼休憩中。

 達成感に満ち溢れた俺がオフィス内を見回すと、普段はうるさい戦闘員達がこぞってスマホの画面を眺めていた。


 皆、一様に同じスマホゲームをプレイしている。

 その名も『ヒーロー大全!!!』


 今週リリースされたばかりの新作アプリで、実在するヒーロー達をモデルとしたキャラを育成して戦わせるシュミレーションRPGゲームだ。


 制作会社の本来のターゲット層は人間の子供達なのだろうが、何故か怪人達の間で大流行している。


「やっぱり、“ジャスティス”か“ブラック”が欲しいよなー」

 ガチャのピックアップ欄を見ながら期待に胸を膨らませる。


(よっしゃ、引くか)

 気合いを入れた俺が、液晶をタッチすると、七色の光が画面上に踊った。


「最高レアの確定演出きた〜」

 ガッツポーズ

 画面を食い入るように見つめる

 雑魚、雑魚、雑魚、凡、凡、凡、中レア、中レア、中レア……。

 正直、最初の9連は消化試合みたいなものだ。

大切なのは最高レアが確定している最後の一体。


(ジャスティス来い! ジャスティス来い! ジャスティス来い!)

 強く念じ、画面を凝視する。

 すると、その思いに応えるように七色の光が弾けた。

 ピックアップヒーローの確定演出だ。


「いっけー!!!」

 直後に獲得したヒーローの名前がデカデカと表示される。


 デデンッ!!!

《ヒーロー界の超新星 クラウン》!!!


………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


「いや、金ピカ野郎じゃねーか!」

 思わずスマホをぶん投げる。

 肩を怒らせた俺がゲシゲシとスマホを踏んでいると、


「そんなにジャスティスが欲しいなら課金すればいいでしょう。せっかく高い給料貰っているんですから」

正面に座る禿鷲がさも当然のように言った。


「それは無理だ。ゲームに課金したなんて妹にバレたら殺されちまう」

「……情けない」


「情けなくねーわ。あいつ、怒らせたら怖いんだぞ」

 スマホを拾い直した俺が、仕方なくクラウンを育成していると、


「おーい、ダマーラ。こっちに来い。仕事の話がある」

不意に社長室からボスの声が聞こえてきた。


(仕事の話? なんだ?)

 スマホをポケットにしまい、社長室へと向かう。

 すると、


「よぉ、ダマーラ! 久しぶりだな!」

 扉を開けた瞬間、10歳くらいの少年が出迎えてくれた。


 カエルを模した黄緑のレインコートに紺色の長靴。

 顔には可愛いライオンのお面をつけている。


「ダマーラ“さん”な」

「にひひ」

 俺の指摘にレインコートの少年が楽しそうに笑った。


 彼は怪人ネーム“レオン”。

 非戦闘員部隊の一員にしてボスの一人息子。

 所属としては俺の部下にあたるが、普段はボスの直接指示で隠密任務なんかをこなしている。


 ボスはあの性格、あの見た目で、かなりの子煩悩だ。一人息子のレオンくんのことを物凄く可愛がっており、超が付くほど過保護に育てている。


「ダマーラ。今回お前に特別に頼みたい仕事がある」

「特別な仕事ですか?」

「ああ」

 俺の言葉に社長室最奥のボスが大きく頷いた。


「実はな、今、我々ガーディアンズとジークリンズの間で業務連帯の話が持ち上がっている」

「はぁ」


 ジークリンズは対ヒーロー用の兵器販売を行う怪人企業だ。


「そこで、お前にその交渉人を務めて欲しいんだ」

(うわっ、だる……)

 思わず死んだ魚のような表情を浮かべる。

 そんな俺の気も知らず、思い出したようにボスが付け加えた。


「今回の任務にはレオンも同行させてくれ。いい勉強になるだろう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る