第25話 怪人“反英雄”
「これは夢か? 俺は悪い夢を見ているのか……」
目の前で繰り広げられる信じられない光景に、自らの正気を疑ったライカンは思わず自身の頬をつねった。
直後に感じる鈍痛。
その痛みをもってようやく目の前で起きている出来事は現実だと理解する。
細い通路の奥で一人、また一人と倒れていく部下達。
彼らはそのうちの一人でも表に出れば、世間を恐怖のどん底に突き落とす事ができる恐ろしい怪人達だ。
それがまるで子供をあやすが如く、軽くあしらわれている。
牙を剥き出しにして襲い掛かるウルフ族達の中心に佇むのは漆黒のバトルスーツを纏った謎のヒーロー。
前後左右から繰り出される爪や牙を難なく躱すと、竜巻のように手足を振り回す。
その荒々しい一撃を食らった五人の怪人達が四方の壁に纏めて叩きつけられた。
全員が苦しげな表情を浮かべてあっという間に意識を失う。
気づくと、15人の部下全員がズタボロで地面に沈んでいた。
(なんで……なんでこうなった?)
敵を行き止まりに追い詰めた当初、確かにライカン達が狩る側だった筈だ。
相手はガーディアンズの非戦闘員二人。
ぱっと見どちらも大した怪人には見えないし、一方的に嬲って終わりだと思っていた。
それがどうだ?
『仕方ねぇ……戦うか』
疲れ顔の男が溜息混じりにそう言った瞬間、上着を脱ぎ捨ててバトルスーツ姿になった瞬間、一人目の部下があっさりと殺された瞬間、全てを悟った。
――ああ、こいつは関わっちゃダメなやつだ。
重々しくも流麗な一挙手一投足にビリビリと痺れるような圧を感じる。
ライカンを怪人とする動物的な部分が全力で逃げろと叫ぶのだ。
「な、なぜガーディアンズにヒーローが紛れているんだ? 怪人とヒーローが共存なんてあり得ないだろう! それにこの強さ……七剣神王の比じゃ……」
パクパクと口を動かすライカンを見て半狂乱状態のラルフが叫んだ。
「叔父さん! なんで分かんないだ!? 相手はガーディアンズの一員だよ? 怪人に決まってるじゃないか!」
続けて、訴えかけるような目で断言する。
「
(何ぃ?
甥の口から飛び出た名前にハッと我に帰った。
その名前は当然ライカンも知っている。
夜な夜なヒーローを闇討ちしているジメッたい怪人だ。
世間では怪人界最強の一角などと持ち上げられているが、その実力の程はかなり怪しい。
正面戦闘を好むライカンから見るとかなり胡散い存在だ。
(まさか、こいつがその
思わず耳を疑うライカンに、
「
顔を真っ青にしたラルフがさも当然のように言い切った。
その言葉を聞き、胸の内で消えかかっていた感情に火が灯る。
肉食獣型怪人としてのプライドが、軍人としての誇りが、こんな奴に舐められて溜まるかと一斉に火を噴いた。
「俺があんな奴に勝てないだと? ふざけるな! 速攻で血祭りに上げてやるからそこで見とけ!」
怒鳴り声を上げる共に、道を遮ろうとするラルフを思い切り突き飛ばす。
そのまま、肩を怒らせて真っ直ぐ敵の元へ歩みを進めた。
敵は通路の真ん中で仁王立ちする漆黒のヒーローただ一人。
どうやら、後方の壁に寄り掛かった眼鏡男は全く戦闘に参加する気がないようだ。
(ふざけやがって! ふざけやがって!!!)
心を怒りで満たし、脳内の警告音を一切無視する。
目をギラつかせたライカンの全身を真っ黒な毛並みが覆った刹那、漆黒のヒーローと目があった。
永遠にも感じられる一瞬を振り切り、大股の一歩を踏み出す。
「死ね! アンチヒーローォォォ!!!」
牙を剥き出しにしたライカンは、地を這うような低姿勢で一気に相手に突っ込んだ。
戦闘とは野生の爆発だ。
本能を振り回し、圧倒的強さで相手を蹂躙する。
「ウガァァァァァァ!!!」
繰り出した爪が、牙が、まるで相手に当たらない。
それどころか、突き出した右手に肩を入れられて骨を折られた。
それでも止まれない。
「死ねぇぇぇ!!!」
左目が、右耳が、前歯が、鋭い正拳突きで破壊される。
それでも止まれないのだ。
一瞬だけ漆黒のヒーローが腰の剣に手を掛けたのが見えた。
直後に頭を揺らす鈍い衝撃。
反転する視界に自らの敗北を知る。
(ちくしょう。こんな事なら逃げりゃよかった.…)
出来もしない事を思い、過去の自分を呪う。
走り出したら止まれない。
戦闘とは野生の暴走だ。
虚な目で天井を眺めたライカンは、白目を剥くと同時に、大の字で地面に倒れ込んだ。
☆☆☆☆☆
「あっぶねぇ。とんでもない野郎だったな」
目の前で伸びた黒毛の狼怪人を見て、ホッとため息を吐く。
危険度S級怪人“ライカン”。
どれだけ殴り付けても止まらないヤバい奴だったが、鞘付きの剣で後頭部を強打したら意識を失った。
そのまま、ヘルメットを外し、バトルスーツシステムを解除する俺の元に、
「流石ダマーラさんです。あれほどの怪人を難なく倒してしまうとは」
何やら興奮気味の禿鷲が歩み寄ってくる。
「いや、お前も少しは戦えや……」
呆れ顔の俺が抗議を口にするがどこ吹く風だ。
やれやれと面を上げると、顔を真っ青にした一人の狼族と目があった。
金刺繍のマントを纏った金持ちそうな中年。
ワルフの弟のラルフだ。
ウルフ族の王位継承権を持つ男で、資料で何度か目にしたことがある。
俺と目が合った瞬間、
「ひぃー!!!」
悲鳴を上げて逃げ出した。
しかし、角を曲がるや否や、
バキ、ボキ、ボコ。
ズルズル。
嫌な音が聞こえてくる。
やがて、角の向こう側から顔がパンパンに腫れ上がったラルフを引きずったハイエナと、ダイア王子を頭に乗せたタイガーが現れた。
「こいつそこの角で捕まえたんですけど、殺して喰ってもいいですか?」
「やめろ。そんなんでも一応ウルフ族の要人だぞ。流石に殺すのはまずいだろ……」
出会い頭に物騒な事を言うハイエナを諫め、様子を眺める。
ハイエナ、タイガー、王子の三人共全くの無傷だ。
以前と変わっている点は服装くらい。
(どうやら向こうの敵も問題なく片付いたようだな)
部下の無事を確認してホッと胸を撫で下ろす俺の横で、
「一応ってなんだよぉ〜! 皆んなして僕を馬鹿にしてぇぇぇ! うわぁぁん!!!」
「うるせぇ」
泣き叫ぶラルフを問答無用でハイエナが殴っていた。
バキ、ボキ、ボコ。
(いや、そんなに殴ったら本当に死んじまうぞ……)
その余りの容赦の無さに思わず顔を引きつらせる。
その背後では、
「凄ぇ! 本当にライカン大叔父さんを倒しちゃうなんて!」
タイガーの頭に乗った王子が興奮気味にはしゃいでいた。
床で伸びている10人以上のウルフ族達を見て禿鷲が尋ねてくる。
「こいつらどうしますか?」
「さて、どうしたものか……」
俺が倒した敵の処遇に迷っていると、
プルプル。
不意に携帯電話に着信があった。
着信相手はティガーだ。
迷いなく出ると、意外な提案が聞こえてくる。
「ん? こいつらを生かしておく? 別に構わんが……」
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