第23話 奪還作戦

「とんだ失態だな。敵に包囲網を突破された挙句、現在地を見失うとは……」

 その日、国家ヒーロー軍東京本部横にある『長老御殿』で五人の老人達が顔を合わせていた。

 彼らは“長老”。国家ヒーロー軍を支える強大なパトロンだ。

 彼らなしに今のヒーロー軍は立ち行かない。


 故に彼らの発言は軍本部に対して大きな影響力を持っていた。


「そもそもミーティア一人に任せたのが間違いだったのだ。はなから全戦力を投入すべきだった」

「奴はあれでいて激情型だからな」

「いくら戦闘力が高くても、所詮はガキということよ」

「敵の大将との戦闘に夢中になって撤退のタイミングを見誤るとは、信じられん……」

 暗い顔の老人達が口々に不満を漏らす。


 彼らが文句を言っているのは、先日行われたロイヤルスロープ包囲作戦についてだ。

 その作戦の指揮を担当したヒーロー“ミーティア”は、手持ちの戦力を殆ど失って敗走した。

 今現在、ヒーロー軍はロイヤルスロープの行き先を完全に見失っている。


 ロイヤルスロープを特定害悪組織認定してから、ヒーロー軍は出し抜かれまくりだ。

 何をしても上手くいかず、連日メディアに叩かれている。


「やはり、ロイヤルスロープの特定害悪組織認定は時期尚早だったか……」

「まさか、奴らの援護にこれほど多くの組織が出てくるとは思わなかった」


「しかし、今更認定の取り消しなんぞできんぞ? それこそヒーロー軍の沽券に関わる」


 前回の作戦ではガーディアンズ。

 前々回の作戦ではモンスターズ。

 前々々回の作戦ではウォリアーズと、作戦を実行する度に名のある組織が介入してきていた。


 この求心力が怪人界の王族と言われる所以か。

 お陰でヒーロー軍の作戦は毎度滅茶苦茶だ。


「せめて、狼二巨頭のうち一体でも仕留められれば、体裁も保てるのだが……」


 狼族の王であるワルフが最後に目撃されたのは静岡と山梨の県境。

 それと同時刻に叔父であるライカンが東京の港区で目撃されている。

 しかし、どちらも数日前のことで、それ以降全く足取りが掴めていなかった。


「何か、何か手がかりはないのか? 奴らに対して先手を取る為の新しい情報は……」

 頭を抱え、押し黙る長老達。

 そんな中、一人の女性が部屋に入ってくる。


「長老様方、お話中失礼します。ただ今ヒーロー軍本部にライカンを目撃したとの匿名の通報が入りました」

「ランカンを目撃しただと?」


「はい。物凄く声の甲高い方からでして、何でも紫水町の外れにある怪しげな建物に入っていったとか」

「匿名の通報か……」

 うーむと互いに顔を見合わせた長老達。

 やがて、その中の一人が溜息混じりに呟いた。


「他に大した手掛かりもない。信用度は低いが当たってみるしかないか」


☆☆☆☆☆


(あれがライカンのアジトか。思ったより地味だな)

ティガーに指定されたポイントに足を運ぶと、そこには普通の民家が建っていた。


 家の前の通りを買い物帰りと思しき女性が歩いている。

 完全に住宅街に紛れ込んだその外装は、とても危険な怪人のアジトとは思えない。


 唯一気になる点があるとすれば、二人組のスーツ男が玄関前に直立不動で立っていることくらいか。


「あれ……完全に見張りだよな?」

「間違いなくそうですね」

 背後を振り返って確認する俺に、禿鷲がはっきりと頷き返した。


 その真横で、

「どうしますか? ダマーラの旦那。二人纏めてサクッと片付けますか?」

「狼族なら相手にとって不足なしっすね」

考えなしに突っ込もうとする脳筋二人を制止する。


「待て。タイガー、ハイエナ。そんな迂闊に突っ込むな。王子を人質にでも取られたらたまらん。奪い返すのはあくまで秘密裏にだ」


「一度裏口に回りましょう。そちらは見張りが少ないかもしれません」

 視線で促す禿鷲の後に従って裏口に回ると、案の定、見張りが一人しかいなかった。


 しかも、近くの壁にもたれて船を漕いでいる。


(こりゃラッキーだ。無駄な戦いは避けるに限る)


「おい、今のうちに行くぞ」

 忍び足で見張りの横をすり抜けた俺は、裏口からライカンのアジトに侵入した。

 ぱっと見普通の民家も、一歩踏み込むとガラリと表情を変える。


 幾重にも入り乱れた細い通路に、等間隔で配置された青のLEDランプ。

 一面鉄板で覆われた道が真っ直ぐ地下へと続いている。

 中の造りは要塞のようで、外から見た建物と同じ建造物内とは思えないくらいに広かった。


「どうやら、監視カメラやレーザーセンサーの類は無さそうだな」

「見張りは外の三人だけですか。このズボラ加減はさすが肉食獣型と言ったところでしょうか」

 周囲の様子に気を配りながら歩みを進めて行くと、やがて正面に巨大な扉が現れた。


 中から何やら愉快な話し声が聞こえて来る。

 禿鷲とアイコンタクトを交わした俺が、恐る恐る隙間から中を覗いてみると、そこには真っ赤な絨毯の敷かれた暖かみのある空間が広がっていた。


 奥には煤けた暖炉があり、部屋の中央のテーブルではつなぎ姿の狼族たちがカードゲームに興じている。


「グハハ、また俺様の一人勝ちだな!」

 豪快に笑うベレー帽の怪人。

 その中には当然、アジトの主人であるライカンの姿もあった。


「それでは一位からビリへの罰ゲームだ」

 そう言ったライカンが、ズルリと舌舐めずりして近くの怪人の頬を思い切り張る。


「フーッ! 最高ー!」

 その様子を見て周囲の怪人達が狂ったように盛り上がった。


(なんじゃこの異様な空間は? こいつら変な薬でもやってんのか……?)

 馬鹿騒ぎする二十人あまりの怪人達を見て頬を引きつらせる。

 若干気圧され気味の俺が、そこから少し視線を外すと、部屋の手前右隅にポツリと一つの椅子が置かれている事に気づいた。

 その上に一人の子供がぐるぐるに縛り付けられている。


 直後にタイガー、禿鷲、ハイエナが呟いた。


「あっ、ダイア王子だ」

「ダイア王子です」

「ダイア王子っすね」

 幸いな事に狼族達の視線はカードゲームに釘付けで、一切王子の方を見ていない。


(これはチャンスだな……)

 そう思い、部下達を振り返る。


「禿鷲、忍び足で王子を助けに行ってくれるか?」

「断固拒否します」

 しかし、あっさりと断られた。


「ハイエナ」

「嫌です」


「タイガー」

「おー断りします!」

 続けて、他二人にもバッサリ断られる。


(まあ、こいつらに隠密行動を求めるのは無理があるか……)

 深々とため息を吐いた俺は、仕方なく自ら部屋への一歩を踏み出した。

 そのまま、そろりそろりと椅子に近づいていく。


 すると、途中でこちらの存在に気付いた王子が目を丸くした。


「し・ず・か・に・し・て・ろ」

 口の動きだけで伝え、素早く椅子の後ろに立つ。

 続けて、手足を縛ってるロープを外しにかかった。


 今のところ、狼族達に気づいた様子はない。


「アメーバ男、急ぐのじゃ」

「分かってる」

 小さく頷いた俺は、硬い結び目に手間取りつつも、何とか全てのロープを取り去った。


「よし、逃げるぞ」

 そのまま、素早く王子を肩に担ぎ上げて出口へ向かう。

 チラチラと背後の様子を伺うと、狼族達は未だにカードゲームに熱中していた。


 出口まで残り五メートル。

 あと少し。

 扉の隙間から安堵の表情を浮かべた部下達が手招きする。


(危ねぇ。なんとか見つからずに済んだか……)

 ホットの胸を撫で下ろした俺が、その輪に今正に招き入れられようかという瞬間、信じられない声が耳元で聞こえた。


「ハ、ハ、ハァークションッ!!!」


 ハァクションッ。ハァクションッ――。

 耳の奥で甲高い破裂音が木霊する。


(こ、こいつ……やりやがった!?)

 それがくしゃみだと理解するのに僅かに時間がかかった。 

 驚いて王子の顔を見ると、


「コォーッ……」

完全にやらかした当の本人は白目を剥いて固まっている。

 直後に、背後から並々ならぬ殺気を感じた。


 ダラダラと冷や汗を垂らした俺が恐る恐る背後を振り返ると、カードゲームに興じていた筈の男女が立ち上がり、こちらを睨みつけている。


「侵入者だ! 殺せぇ!!!」

 その中央で腕を組んだライカンが低い声で命じると、一斉にこちらに向かって来た。


「に、逃げろ!!!」

 慌てて肩に担いでいた王子を床に下ろすと、手を引いて走り出す。

 しかし、狼族達の怒涛の追撃は凄まじく、中々振り切れない。

 それどころか、どんどん距離が詰まる一方だ。


(このままでは追いつかれる……!)

 そう思った俺が何度も横道に逸れていると、やがて行き止まりに突き当たった。


「やっべ、やっちまった」

 慌てて背後を振り返ると、そこには禿鷲しかいない。


(ん? 途中で逸れたか?)

 いつの間にか手を握っていた筈の王子の姿もなくなっていた。


「ダマーラさん、覚悟を決めて下さい」

「チッ、仕方ねーな」

 禿鷲と言葉を交わしている間にも、ドタドタと複数の足音が近づいてくる。

 次の瞬間、ギラついた目をした獣人達が角から飛び出して来た。

 涎をダラダラと垂らし、一気に周りを包囲をしてくる。


 全員が黄色い眼をした歴戦の狼族だ。

 その後方で人間の姿のままのライカンが、獰猛な笑みを浮かべて吐き捨てた。


「グハハッ。やっと追い詰めたぞ姑息な鼠共め。楽しい鬼ごっこはここで終わりだ……ついでにお前達のつまらない人生もなぁぁぁ!!!」

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