第24話 頼れるボディガード

「んげ、行き止まりじゃ……」

 細い通路を全力疾走するタイガー。

 その首元に肩車される形で貼り付いていた王子は、突如目の前に現れた鉄の壁を見て顔を真っ青にした。


 背後からは自分たちを追う狼族達の足音が刻一刻と迫ってきている。


(んがー! もう終わりじゃあ!)

 頭を抱えた王子がブンブンと首を振っていると、


「あれ? ダイア王子。なんでこっちに来たんですか? さっきまでダマーラさんと手を繋いでいたのに」

不意に後ろから抱き抱えられた。


 驚いて顔を上げると、奥二重の銀髪女性が不思議そうな表情でこちらを覗き込んでいる。

 ハイエナベースの肉食獣型怪人、“ハイエナ”。

 パチクリと瞬きした王子が改めてその姿を見ると、四白眼の恐ろしい怪人の姿がダブって見えた。


「そりゃあ、いざ戦闘になったらお前達の方が頼りになるからじゃ。脳味噌は足りないが、仮にも肉食獣型じゃからの」

 ヒョイと地面に飛び降りた王子が飄々と言って除けると、


「クハッ、脳味噌が足りないですって。姉さん言われてますよ?」

口元を押さえたタイガーが噴き出すように笑う。

 それを見てハイエナが呆れたように肩を竦めた。


「やれやれ、これだから脳筋は。客観視ゼロだから困る。どう考えてもお前の事を言ってるだろうに」


(いや、お前もじゃ……)

 目頭を押さえた王子が深々と溜息を吐いていると、通路の向こうから六人の男女が姿を現した。


 前方に屈強な肉体の巨漢が四人。

 その後方に焼け肌の男女が精悍な顔つきで控えている。


「やっと追いついたわ」

「観念しろ。もうお前らに逃げ場はねぇ」

 こちらの姿を視界に捉えた瞬間、後方の二人が嗜虐的な笑みを浮かべた。


 どうやら彼らが集団のリーダーのようだ。

 どちらも凛々しい顔立ちで、ドイツ警察を思わせるタイトな黒服を纏っている。


「あんたらアレでしょ? ガーディアンズの非戦闘員部隊。よくその人数で私達のアジトに乗り込んで来たわねぇ」

「その度胸だけは褒めてやるぜ」

 女の言葉に同調した男が、目を細めて頷いた。


 そして、気怠げに命じる。


「おい、お前ら。奴らの度胸と勇気を讃えて死のプレゼントをくれてやれ!」

 それに応じて前方の四人がノソノソと歩き出した。

 直後に全員の口元から牙が覗き、全身が灰色の毛並みに覆われる。


 完全変態。

 狼ベースの肉食獣型怪人だ。


「ギャァァァ! お前達、そいつらを私に近づけるなぁぁ!」

 王子の悲鳴を聞き、ハイエナとタイガーが素早く視線を交わした。


「私が右の二人を」

「俺が左の二人を殺ります」

 互いに頷き合った二人が二手に分かれる。

 直後に、


「俺たちを殺るだと? この身の程知らずが。死ぬのはオメェらの方だよ!」

一人のウルフ族がタイガーに向かって殴りかかった。


 しかし、

「おおっと」

その一撃をタイガーがあっさりと躱す。


 連続して二発、三発。

 鋭い音を立てて男の拳が空を切った。


「うーん、いいパンチだ」

 フラフラと振り子のように上半身を揺らしたタイガーが、軽い足捌きだけで相手の攻撃を避ける。


 胸の前でファイティングポーズを取ったその戦い方は、正にボクシングスタイル。


 ヒラリヒラリと相手の拳を躱すと、カウンターの右で相手の顎を打ち砕いた。

 懐に踏み込んだの鋭いアッパー。

 思わず仰け反った敵に追撃のボディブロウを叩き込む。


 ズドンッ。

 肉に拳がめり込む音と共に、ウルフ族の男が白目を剥いた。

 そのまま、大の字で地面に倒れ込む。


「俺の拳は必殺の拳。一度喰らえば何人たりとも立ち上がることはできない」

 そう言って拳を掲げるタイガーの腕がいつの間にか丸太のように肥大化していた。


 筋肉量増加の半怪人化。


(な、なんじゃこの戦い方?人間の格闘術を使う怪人なんて初めてみたぞ……)


 格闘術とは人類が長年かけて生み出した戦闘の基本パターンだ。

 生まれつき遺伝子に戦闘技術が刷り込まれている怪人達で、これらに頼る者は非常に少ない。


(極稀に人間の格闘術と物凄く相性の良い怪人がいるというが……こいつが例のそれなのか?)

 ゴクリと唾を飲み込む王子の目の前で、ヒラリヒラリと相手の拳を掻い潜ったタイガーが、圧倒的な技術差で相手を地面に沈めた。


「最強の男とは血の滲むような努力の末に到達する極地。それ故に俺は訓練を怠らない。君達はどうだい?」

 キメ顔で言い放つタイガーの真横で、顔面に無数の血管を浮かび上がらせたハイエナが、四足歩行に近い体勢から敵二人の喉元を一気に切り裂いた。

 鋭い手刀で一人の頸動脈を切断すると、空中で身を翻してもう一人の喉元に飛びかかる。

 そのまま、太い肉を噛み千切ると、上体を反らして咆哮した。


「グガァァァァァァ!!!」

 本能剥き出しで戦うその姿は野生の獣そのものだ。


(すっげぇ! これじゃよこれ! これが本来の肉食獣型の戦い方じゃー!)

 興奮気味に手を叩く王子の目の前で、タイガーとハイエナがゆらりと前方を見据えた。

 その視線を受け、後方のリーダー二人が一瞬たじろぐ。


「バカな。こいつら全員、ひとたび街に出れば大騒ぎになる程の怪人だぞ? それを半怪人化の状態でこうもあっさりと……あり得ん」

「一体、なんの種族なの?」

 その緊張の面持ちを見て、ハイエナとタイガーが余裕の笑みを浮かべた。


「クハハ、聞かれて答えるほどお人好しではないさ。なぁ、タイガー?」

「勿論です、ハイエナの姉さん。勝負の世界とは常に非情なものですから」


 二人の会話を聞き、リーダー格の男が驚いたように目を見開く。


「……なるほど。ハイエナにタイガーか」

 その言葉が余程予想外だったのか、タイガーとハイエナがコソコソと相談し出した。


「あ、あれ? 何でこいつ私達の正体が分かったんだ?」

「姉さん、こいつきっとアレですぜ。ダイア王子と同じタイプのスペシャルです」


「な、なるほど。そりゃあ恐ろしい怪人がまだまだいたもんだ……」

「ええ、全くです」


(や、やばい。こいつら底なしのバカじゃ……)

 ワナワナと震える王子の前で、


「ククク、ハハハハハッ!」

突然、リーダー格の男が笑い出した。


「ハイエナとタイガーならば俺達の敵ではない! どれだけ腕力や咬合力が強くても、当たらなければ意味ないのだから!」


「ええ。ほんと警戒して損したわ」

 互いに頷き合ったウルフ族達がゆっくりと腰を落とす。

 次の瞬間、二人の全身から真っ赤な蒸気が噴き出した。

 直後に周囲の空気がガラリと変わる。


「気を付けろ! そいつら普通のウルフ族じゃないぞ!」

 王子がそう叫ぶと同時に二つの影が煙幕の中から飛び出した。


「ゴォラッ!」

 完全変態を終えた男の方が、タイガーに向かって一直線に突っ込む。


 その異常な速さ。

 まるで、焦げ茶色の弾丸だ。

 絶え間なく繰り出されるパンチキックの雨がタイガーを急襲した。


「む? なんだこのスピードは? 速すぎる……」

 ギリギリの所で直撃を避けていたタイガーだったが、一向に止むことのない連打にたまらず防御態勢に入る。

 両腕を顔の前に高く上げての亀ガードだ。

 稀にカウンターの拳を突き出すが、ことごとく空を切った。


 先刻、二人のウルフ族相手にあれだけ圧倒してみせたタイガーの格闘術がまるで通用しない。


「なんなのじゃこいつの正体は……」


 全身を覆う茶色の毛並みに、頭から背中まで走る漆黒の立て髪。

 二足歩行を支えるその両足は違和感を覚える程に長い。


 日頃から数多くの怪人を目にしている王子でも見た事のないタイプの怪人だ。


「ククク、俺達の正体が知りたいか? それならば教えてやる」

 余裕たっぷりに笑った足長男が後方に飛び退いて両腕を広げた。


 そして、堂々と言い放つ。

「俺達はオオカミにしてオオカミにあらず。草原のスピードスター……タテガミオオカミ様だ」


「タ、タ、タ、タテガミオオカミじゃと!? そんな馬鹿な!」

 大袈裟に驚く王子に、


「タテガミオオカミ? ……って、何ですか?」

全く聞き覚えがないという表情でタイガーが尋ねた。

 その質問に早口で答える。


「タテガミオオカミは我々ウルフ族とは全く別の生き物じゃ! 非常に恐ろしいイヌ科の怪人で、チーターにも匹敵する速さを誇ると言われておる!」

「チーターに匹敵する速さですと?」


「ああ。しかも奴らの恐ろしいところはそれだけではない。スタミナが無尽蔵なのじゃ」


 チーターは誰もが知る動物界最速のスプリンターだ。

 しかし、ネコ科の彼らは200mも走ればすぐにバテてしまう。

 それに比べてイヌ科のタテガミオオカミは長距離を得意とする生粋のハンターだ。

 イヌ科最速と言われる俊足で半日近く獲物を追い回し、確実に捉える。


「……つまり?」

「つまり、奴らのスタミナ切れは期待できないということじゃ!」

 王子がはっきりと言い切ると、タイガーが大きく頷いて背を向けた。


「そうですか。それなら一撃で仕留めるしかないようですね」

 そう言うと、大きく腰を落とす。


「俺を仕留めるだと? やれるもんならやってみろ!」

 変わらず霞むような速さで爪を振るう足長男。

 しかし、次の瞬間、タイガーが信じられない回避行動を取った。

 四本足で深く地面に沈み込むと、円を描くように全ての攻撃を躱す。


 直後に背中のバネを使って一気に相手に飛びかかった。

 その速さたるや、これまでの比じゃない。


「俺の拳は必殺の拳。一度狙いを定めれば何人たりとも避けることはできない」

 静かに呟いたタイガーが、蒸気を上げながら金色の虎型怪人へと姿を変える。


 そのど迫力の容貌に思わず足長男が飛び退いた。


「何人たりとも避けられない拳だと?そんなものはない。少なくともこの俺にはな!」

 直後に問答無用といった様子でタイガーが拳を振り抜く。

 周囲の空気を巻き込んだ太腕が、竜巻の如き勢いで男の眼前に迫った。


 しかし、鼻頭スレスレのところで僅かに届かない。


「残念、射程圏外だ。お前の腕の長さではここまで届かない。そんな事は始めから分かっていた」

 涼しい顔で拳を見送った男がそう言った瞬間、



「残念ながらそこも射程圏内だ」

タイガーの肘部分から白い刃が飛び出した。


 弧を描くように湾曲した牙だ。

 男の喉元にズプリと突き刺さり、周囲の肉を削ぎ落とす。


 そのまま、頸動脈を切断すると、派手な鮮血を床に撒き散らした。


「言ったろう? 俺の拳は避けられないと」

 ニヤリと笑うタイガーの口元には肘から生えたものと同じ長さの牙が生えている。


「ふざけんな……拳じゃねぇだろ……」

 口から血を噴いた足長男が、憎々しげに呟き、ゆっくりと真後ろに倒れ込んだ。

 その姿を見下ろしたタイガーが、軽く手をあげる。


「さらばだ兄弟。来世でまた戦おう」


 一万年前、生態系の頂点に君臨した支配者。絶滅種、サーベルタイガー。


(分かってはいたが、実際に目にすると凄い迫力じゃな……)

 絶滅種の怪人は存在自体が非常に珍しい。

 それ故、パッと見では正体が分からないことが多い。

 しかし、タイガーの正体は一目見た瞬間にすぐ分かった。


 もし生まれ変わったら成りたい怪人No. 1。

 サーベルタイガーは、その見た目のカッコ良さから子供達の絶大な支持を誇る。


 当然、その強さを証明する逸話も幾つも残っており、心配性の王子も安心して付いてくる事ができた。


 しかし、

(……本当にヤバいのはこっちじゃないのよな)

王子がゆっくり視線を横に逸らすと、虚な目をしたタテガミオオカミの女を、銀髪四白眼の艶やかな男がタコ殴りにしている。


 顔面に青い化粧を施した短髪美麗な細マッチョ。

 上裸で相手に馬乗りになり、ひたすら拳を叩きつけていた。


 そのあまりにも有名な横顔を見てゾッとする。

 ありとあらゆる理不尽がまかり通る怪人界。

 その長い歴史の中で唯一指名手配された男、“怪人殺し”。

 多くの組織の要人を殺しまくり、多方面から恨みを買っていた。

 今現在も“モンスターズ”や“ウォリアーズ”などの巨大組織が血眼になって捜しているが、一向に見つかる気配がない。


「姉さん、その人もう死んでますよ?」

 緊張感なく近づいたタイガーが、自らが着ていたウィンドブレーカーの上着を男の肩にかけると、


「……知ってるよ。後で食べ易いように柔らかくしてるの」

手を止めた怪人殺しがゆっくり立ち上がった。

 そのまま、上半身にウィンドブレーカーを纏い、一気に変身を開始する。


 スルスルと伸び始める髪に、丸みを帯び始める体。

 数瞬後にはすっかり女性の姿に戻ったハイエナがその場に立っていた。


(まさか、男の怪人ではなく女の異能持ちとは。こりゃどれだけ捜しても見つからないわけじゃ……)


 バリバリと死体を食べ始めるハイエナを見て、眉間にしわを寄せる。

 その真横で、

「美味いんすか? それ美味いんすか!?」

興味津々と言った様子のタイガーが暑苦しく騒ぎ立てた。


(うーむ、アメーバ男がこの二人をいつもそばに置いている理由も納得じゃのぉ。これだけ強力な怪人に守られていれば自分の身に危険が及ぶ事はほぼない。安心して業務に励めるというものじゃ)


 ほっと胸を撫で下ろした王子が、


「しっかし、アメーバ男の方は大丈夫かのぉ? むこうには相当な数の追手が向かったはずじゃが」

心配げに首を傾げると、こちらを振り向いたハイエナが笑いながら答えた。


「ああ、あの人なら全然大丈夫ですよ。あれでいて結構強いですから」

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