第22話 月光のワルフ

「彗星隊に伝達。三人一組で下っ端の怪人を一体ずつ排除せよ。その間、ワルフは僕が抑え込む。決して数的優位を取られるな」


『了解』

 シュンの指示で散開していたヒーロー達がヌルリと動き出した。

 それに応じるようにしてウルフ族の怪人達も遠吠えを上げる。


 直後にこちらの視線を感じたのか、ワルフがゆっくり振り向いた。

 そして、双眼鏡越しに手招きする。


『かかってこい』

 確かにそう動いた口元に鋭く目を細めた。


(面倒くさいなぁ。好戦的な相手と戦うのは。でも……)


「そんなに死にたいなら望み通りにしてあげるよ」

 冷たい表情で呟いたシュンが首元のボタンを押すと、折畳式のヘルメットがバトルスーツから飛び出して頭を覆う。


「ミーティアさん、気をつけて下さい」

 そのまま、レイカの声を背に思い切り走り出した。

 勢いをつけると、ビルの屋上から一気に身を投げ出す。

 空中で一回転すると、ワルフの目の前にゆらりと降り立った。


「覚悟はいい? 今から死ぬけど?」

 シュンの言葉を聞き、ワルフが薄く笑う。


「威勢がいいな人間。その言葉、そっくりそのまま返すぞ」

「……あっそ」

 興味なさげに呟いたシュンは、ゆらりと腰を落とした。


 それに合わせてAIの声が頭に響く。

『敵の危険度判定――ランクS。これよりAIバトルモードタイプαに移行します』

 次の瞬間、淡い青に数度点滅したバトルスーツが、シュンの意思とは無関係に走り出した。


 そのまま、人間離れした速度で一気にワルフとの距離を詰めると、神速の手刀を放つ。


「!?」

 そのあまりの速さに一瞬驚いた表情を浮かべたワルフが、なんとか手元の杖で手刀を払いのけた。


 しかし、すぐさま逆の手がワルフの体を強襲する。


 史上最速のヒーロー“ミーティア”。

 その戦闘スタイルはAI任せの全自動戦闘だ。


 脳回路の一部をバトルスーツシステムに委ねる最先端技術で、全身をコントロールする荒技。

 この技術は以前、脳への負担が大き過ぎて実用的ではないとして封印されたのだが、脳の処理速度に優れたシュンが、自分なら使えると言って無理やり実用化させた。


 通称:AIバトルモード。

 他の者が使用したら一発で還らぬ人となる危険な代物だ。


 ズバッ! ズバババッ!

 耳を叩くような風切音と共に正確無比な手刀を何度も繰り出す。

 その全てをワルフが杖先で冷静に弾いた。


 しかし、徐々にその反応が遅れてきている。

 コンマ数秒ずつだが、こと戦闘時において、その遅れはでかい。


(知ってるよワルフ。あんたは月が出ていなきゃ狼化できないんだ……)


 中央で激戦を繰り広げるシュンとワルフの周囲では、部下のヒーロー達がウルフ族を一体また一体と駆逐していっている。


 狼型怪人“ワルフ”。

 最強の怪人は誰かという議論をすれば、必ずと言って良いほど名前の挙げられる有名なスペシャル。

 月の下で彼に勝てる者はいない。そうとまで言わしめる力は絶対的で、どんなヒーローでも十秒と保たないという。

 なんでも世界的に有名なヒーローを視線だけで焼き殺したとか。

 あまりにも強く、圧倒的。


 しかし、そんな彼には一つ大きな噂があった。


ー 月が出ていなければ狼の姿になれない ー


 とある研究者の学説によると、ワルフの正体は実は『狼型の怪人』ではなく、『狼人間型の怪人』なのだという。

 なんでも変身時間を自ら制限する代わりに、爆発的な力を得ているのだとか。

 ワーウルフ。あくまで空想上の生物。

 そんなものをベースとした怪人が本当に存在するのかは疑問だが、この学説の信憑性は高い。


 如何せん、これまで誰一人としてワルフが昼間に変身したところを見た事がないのだ。


(だから、作戦は昼に決行した。そして……その判断は間違っていなかったようだ)


 ズパンッ。

 遂にシュンの伸ばした手の爪先が、ワルフの頬をギリギリで掠め、皮膚の下の肉を削ぎ落とす。


(このままなら勝利を収めるのも時間の問題か)

 シュンがそう思った瞬間、ワルフが大きくバックステップを踏んで距離を取った。


 即座にAIが追撃行動をしようとするが、


「……止まれ」

違和感を感じて静止する。

 シュンの声に合わせてピタリと足が止まった。


 静かに顔を上げると、少し離れた位置に立ったワルフが興味深気に自らの頬の血を拭っていた。


 そして、品のある笑みを浮かべて言う。


「君は強い。けど、弱いな」


(……は?)

 予想外の言葉に思わず耳を疑った。


「僕が弱い?何言ってるの?」

 不愉快気に歪む口元。

 この日、初めてシュンの感情が表にでる。


「感情がないのだ行動に。判断に――」

 そこまで言ったところでワルフが一度言葉を切った。

 そして、ガラリと声のトーンを変えて尋ねてくる。


「ヒーロー“ミーティア”。何故その腰の剣を抜かなかった? 仮にも七剣神王の一人だろう」


「……何? これを抜いて欲しいの?」

 その質問に目を細め、剣の柄を撫でた。


 ダークブルーの刃をした二十本のショートブレード。黒い剣柄がベルト全体にぐるりと配置されている。


 ブルーコメットダガー。

 シュンをヒーロー最強の一角にまで至らしめた神剣。

 ミーティアの名の由来でもある。


「変身してないあんたに使うつもりはなかったんだけど、そんなに死にたいならいいよ……」

 そう言いつつ、腰元のショートブレードを抜き放つ。

 同時にフェイスガード裏の電子版が青く染まった。


「AIバトルモードβに移行せよ――」

 続けて、AIに向かって指示を出しかけるが、


「残念、時間切れだ」

その言葉をワルフが途中で遮った。


 直後に耳元に伝令が入る。

『ミーティアさん、何者かが高速接近中です! 注意して下さい!』

 何やら切羽詰まったようなレイカの声。


(なんだよ。人が珍しくやる気になったって言うのに……)


 バタバタ。

 上空から聞こえてくる布がはためくような音に、深々と溜息を吐いたシュンが顔を上げると、雲を突き破るようにして一つの人影が落ちてきた。


 そのまま、物凄い勢いで地面に突っ込む。

 けたたましい音と共に砕けたコンクリートの粉塵が空へと巻き上がった。

 視界を遮った濃い煙が晴れると地面にできたクレーターの中央に一人の男が立っている。


 襟元ファーの黒ロングコートにボルサリーノ帽。そして、血のように真っ赤なマフラー。

 まるでマフィアのボスを思わせる強面の偉丈夫だ。


 その禍々しい迫力に戦場の空気が凍りつく。

 驚きで目を見張るシュンの真横で、部下の一人がポツリと呟いた。


「なんで……なんでこんな化け物がここに居るんだ……」

 余りにも強く、余りにも有名な怪人。


『敵の正体を確認! 怪人組織ガーディアンズのボス、タイタンです! 繰り返します! 敵の正体はガーディアンズのタイタン! タイタンです!』

 ヘルメット内のスピーカーから既に分かり切った事実が伝えられる。


 次の瞬間、戦場に重々しい声が響いた。


「求めよ、されば与えられん。そう唱えたのは人間の偶像か……」

 それと同時にクレーターの端に足を掛けたタイタンがゆっくりと道路へ降り立つ。


「怪人は怪人の理をもって義を成す。求めよ、然ては奪え。その道を阻もうと望むのならば命を差し出すのは必然。そうは思わんかね?」

 そして、静かに歩みを進め出した。


「うっ、うわぁぁぁ!!!」

 その鋭い眼光に睨まれて居ても立ってもいられなくなったのか、先頭のヒーローが弾かれるように走り出す。


「馬鹿! パニックになるな!」

 慌てて振り向いたシュンが制止するが、間に合わない。

 革手袋に包まれたタイタンの指先が突っ込んできたヒーローの首元をあっさりと切断した。


「まず、一人……」

 気づくと、先程まで強面の男が立っていた場所に白黒の化生が立っている。

 スーツ姿の愛くるしいジャイアントパンダ。


 次の瞬間、止まっていた戦場の時間が動き出した。

「殺せぇぇぇ!!!」

 それまで劣勢だったウルフ族達が息を吹き返したように、ヒーロー達に襲いかかる。


(まずい。このままでは形勢が引っくり返る!?)


「おい、レイカ! 今すぐ近くの駐屯地から援軍を呼べ! 大至急だ!」

 焦ったシュンが無線機に向かって叫ぶが、


『ダ、ダメです! 先程から何度も試していますが、近隣駐屯地と連絡が取れません! 向こうも何者かによる襲撃を受けているものと思われます!』

即座に望まぬ答えが返ってきた。


(何者かによる襲撃? ガーディアンズか!?)

 この場にいるのはボスであるタイタン一人のみ。

 ただ、その一人がどうしても止められない。


「斯くなる上は僕が止めるしか……」

 そう思ったシュンが走り出そうとするが、


「どこへ行く」

不意に真横から鋭い杖先が伸びてきた。

 その一撃をギリギリの所で躱す。


 前傾姿勢でたたらを踏むシュンの前にワルフが立ち塞がった。


「くっ、こんな時に! 邪魔だよ!」

 部下達が殺られるのを目の端で捉えたシュンが、その脇を強引に突破しようとするが、視線を上げてハッと足を止めた。


 いつの間にか、目の前に立つワルフの姿が禍々しく変化している。

 額に走る薄いヒビに、口元から覗く鋭い牙。

 縦に大きく開いた瞳孔は、内側から真っ赤に光っている。


(なっ、馬鹿な! なんで変身して――)

 咄嗟に空を仰ぎ、息を飲む。

 いつの間にか、雲の隙間に白い月が見えていた。


「居待ち月……」

 呆けた目で呟くシュンを前にワルフが両手を広げる。


「まさか、今日の襲撃タイミング。そちらが選んだつもりか?だとしたら、勘違いも甚だしい。選択するのは常に王であるこの私だ」


 愕然とするシュンの耳元でレイカが大声で叫んだ。

『ミーティアさん! 南側の包囲網が突破されました! 敵の逃走、止められません!』


 目に見える範囲内でも戦況はどんどん悪くなっている。

 一度崩れ始めた情勢はそう簡単には立て直せない。


(うるさい……うるさいよ……)

 ギリギリと歯軋りをし、頭を抱える。


「ア゙ア゙! もう! ヴルサイヨォォォ!!!」

 苦悶の表情で怒号を吐き出した。

 そのまま、腰のダガーを空中に放り投げて目を青く光らせる。


「AIバトルモードβに移行! 舞え! コメットダガー!!!」

 空に向かって吠えると、目の前のワルフに向かって飛ぶように襲い掛かった。

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