第20話 ヒーローショー

「よく来てくれたな、タイタン」

 外行きのロングコートを着たタイタンがウルフ族のアジトを訪れると、トップであるワルフが直々に出迎えてくれた。


 二人で石造りの螺旋階段を上り、ベランダに出る。

 ウルフ族のアジトは、アジトとは名ばかりの立派なお屋敷だ。

 一等地のど真ん中にカモフラージュもせず、堂々と建てられている。


 少し前にウルフ族のアジトにヒーロー軍が迫っているという情報を聞いて駆けつけたのだが、どうやら既に周囲を取り囲まれているようだ。


 現在、ウルフ族の面々は地下に作った隠し通路を利用して新アジトへ荷物や人員を移動中。

 完了まではもう少し時間がかかる。


 もはや血みどろの開戦は免れない。


「敵の数は全部で200人? いや、300人と言ったところでしょうか」

「随分と多いな」

 タイタンの言葉にワルフがゆっくり頷く。


 鉄柵の向こうには、色とりどりのバトルスーツを着たヒーロー達が列を成して待機していた。


 視線をずらし、ベランダ下の中庭を見下ろすと、相対するように綺麗に整えられた芝生の上に数十人の戦闘員が並んでいる。


 ウルフ族のみの単独部隊。

 ガーディアンズの主戦力は別場所に待機中だ。


「我々ロイヤルスロープは荷物の運び出し完了後、新アジトへと向かう予定だ。タイタン、道中の護衛はそなたに任せたぞ」

「お任せ下さい。必ずや期待に応えてみせます」


 そんなことを言っていると、

『先鋒部隊突撃! 先鋒部隊突然せよ!』

高い鉄柵を乗り越えて次々とヒーロー達が突入してくる。

 それを迎え撃つようにして走り出したのは一人の狼族。

 ガリガリの如何にも頼りなさそうな男だ。


 しかし、

 スパンッ!

 接敵した瞬間に相手のヒーロー五人がまとめて輪切りになった。

 まさに一瞬。いつの間にかガリガリだった男が筋骨隆々の狼人間に変貌している。

 銀色に輝く鮮やかな毛並み。


「ヷァォォォォん!!!」

 男が空に向かって吠えると同時に他の狼族達も一斉に動き出した。

 地を這うように接敵し、凄まじい速さで飛び掛かる。

 あっという間に相手を組み敷くと、一気に首元を噛み千切った。


 まるで、野生の狼による狩りだ。

 その余りにも一方的な虐殺に思わず引いてしまう。


(や、やばいなこれは……。流石肉食獣型といったところか。とてもワシ達の助けが必要とは思えん)

 頬を引きつらせたタイタンが眼下の光景に目を奪われていると、


「悲しいものだな。敵とは言え、心の清い戦士達がむざむざと命を散らせる様を見るのは」

優雅にシャンパンを飲みながらワルフが静かに呟いた。

 そして、こちらに期待するような視線を寄越す。


「本当にこの状況から上手く事を収めることができるのか? 害悪組織認定した以上ヒーロー軍もそう簡単には引けないと思うが」

 その言葉に胸を張って答えた。


「心配には及びません。狼族側にとってもヒーロー軍側にとっても最良のシナリオを準備してあります。どうか大船に乗ったつもりでお待ち下さい」

「ほほう、それは頼もしい」


「………………………………………………………………………………………………と、ティガーが申しておりました」


 サラッと最後に付け加えたタイタンに、ワルフが胡散臭い物を見るような目を向ける。


(だって、ティガーが言ってたんだもん)


☆☆☆☆☆


「東京観光したい! 東京観光したい! 東京観光したーい!」


 バンッ!

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 机を思い切り叩いた俺は、大声を上げる同時に勢いよく椅子から立ち上がった。

 先程からずっと耳元で王子が駄々を捏ねていて仕事にならない。

 まあ、真面に仕事はしていないのだが。


(ほんとしょうがないな……)

 ため息混じりに尋ねる。


「東京観光……東京タワーでいいか?」

「うむ!」

 元気に頷いた王子が意気揚々と出口に向かった。


 東京タワーは事務所からかなり近く、お散歩気分で見回れる。


「禿鷲、付いて来い! タイガー、ハイエナ、しっかり仕事しとけよ!」

 短く指示を飛ばすと、足早に事務所を後にした。


 王子と禿鷲を伴い、東京タワーの足元へ向かう。

 すると、その脇で『全国茶碗蒸し祭り』と銘打った催し物が開催されていた。


「これはラッキーじゃ! ワシは茶碗蒸しが大好物なんじゃ!」

「はしゃぎ過ぎて迷子にならないようにしてくださいね」


「分かっておる。グワハハハーッ」

 禿鷲の注意を軽く聞き流した王子が飛行機ポーズで走って行く。


「本当に分かってるんですかねぇ……」

 その後ろ姿を禿鷲が呆れ顔で見送った。


 その後も三人で周囲を見て回っていると、やがてヒーローショーがやっているのを発見する。


 派手な衣装を着た民間ヒーロー達が見事なアクロバットを披露しているが、平日なのでガラガラだ。


「観たい! 観たい! 観たい! 観たい! 観たーい!!!」

 王子があまりにも連呼するので仕方なく客席に着いた。


(やはり、こいつ手に負えんな……)

 顎に手を当て、ぼんやりとステージを眺める。

 すると、それまで行われていたアクロバットショーが終わり、舞台上でヒーローの活躍を描いた子供向けの活劇が始まった。


「凄ぇー!!!」

 空中で何度も体を捻りながらド派手に戦うヒーロー達を見て王子が大はしゃぎする。


(やめろ目立つだろ……)


 あくまでシナリオは子供向け。一時間近く続くと流石に退屈だ。

 眠気を堪えた俺がうつらうつらしながら舞台を観ていると、やがて演目は最終局面へと突入した。

 最後に怪人役の男にヒーロー役の男がドロップキックをきめて演目は終了となる。


「やっと終わったか」


 会場の子供達は大盛り上がりだ。

 中でも王子が一番デカい声を上げている。


「あなた、怪人でしょう……」

 流石の禿鷲も呆れたように肩を竦めた。


「さて、そろそろ事務所に戻るか」

 大きく伸びをした俺が腰を浮かしかけたその時、


トテトテトテ。

不意に一体の着ぐるみが近づいてくる。


(なんだこいつは?)


 継ぎ接ぎだらけの安っぽいうさぎ。

 全然可愛くない。というか、片目が取れかけでかなり不気味だ。


「なんじゃなんじゃこやつは? 民間ヒーローのマスコットキャラクターか?」

 不思議そうな顔で呟く王子を見てウサギが手招きした。


「イッショニあそぼー」

 不気味な見た目に、可愛らしい声音。

 そのアンバランスな魅力に惹かれたのか王子が一緒に遊ぼうと歩み寄って行く。

 二人が互いに触れられる距離まで近づいた時、それまで大きく手を広げていたウサギが、戯れると見せかけて王子を一気に肩に担ぎ上げた。

 そのまま背を向けて猛ダッシュする。


 子供ひしめく客席を抜けて大通りへ。


(これはまさか……誘拐?)


「ダマーラさん!?」

「追うぞ!!!」

 ハッと我に帰った俺と禿鷲は一斉に走り出した。

 しかし、走れども走れども距離が一向に縮まらない。

 それどころか、離される一方だ。


(な、なんだあのウサギ! 足が速すぎる!?)

 ゼェゼェと息を切らす俺たちの目の前で通りを渡り終えたウサギが白塗りのバンに飛び乗った。

 そのまま、物凄い勢いで走り去る。


「くそ! やられた!」

 車の後ろ姿を見送り、悔しげに吐き捨てる禿鷲。

 その横で鋭く目を凝らすと、通りの先で急ハンドルを切る白バンの助手席に乗っている男の姿がチラリと見えた。


 黒のハンチング帽に薄汚れた軍服。

 まるで、歴戦の傭兵のような出立だ。


(あれ? あいつ何処かで……)

 不確かな記憶を辿り、静かに目を細めた。

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