第19話 暴君ライカン

「うーむ、暇じゃあ……」

 その日、ロイヤルスロープの王子、ダイア・スロープは暇を持て余していた。


 既にガーディアンズに預けられて三日目。

 ずっと事務所内に閉じ込められており、頭から湯気が出そうだ。

 外出の機会は宿泊先の家に向かう時しかない。


「おーい、アメーバ男ぉ。どっか遊びに行きたいのじゃ〜!」

 我慢できなくなったダイアが声を掛けると、


「だーめだ。お前を勝手に連れ出したりしたらボスに何を言われるか分からん」

窓際の席に座る不健康そうな男が顔を上げた。


 黒髪碧眼の青年、怪人ダマーラ。

 ガーディアンズの非戦闘員を纏め上げるリーダーだ。

 少し視点を変えると、臓器剥き出しの異様な姿のアメーバがダブって見える。


「どうしても遊びに行きたかったらボスに直接言ってくれ。俺は今忙しくてそれどころではない」

 それだけ言うと、再び机に向き直った。

 そのまま、真剣な表情でヒーローフィギュアの塗装を再開する。


(ムキャーッ!!! どこが忙しいんじゃー! ただ遊んどるだけじゃないかー! 何でこいつが幹部なのかさーっぱり分からん!)


 明らかに戦闘力はゼロ。

 その上、遅刻もするし、勤務態度も酷いものだ。

隙あらばヒーロー関連のグッズや雑誌を眺めている。

 ダマーラ曰く、

『怪人とは怪人衝動に忠実に生きてこそ怪人なのだ』という事だ。

何を言っているのかは全く分からない。


(こんなんで部下達は不満を持たないのだろうか?)

 心配になり周囲を見回してみるが、すぐにその懸念は吹き飛んだ。


 そもそもまともに仕事をしている者が一人しかいない。

 奥の席に座るワックスガチガチの眼鏡男だ。

 濃紺の修道服にN型の銀ネックレスをしている。


 少し見方を変えると、真っ赤な頭をした鷹目の怪鳥であることが分かった。


「ほう、猛禽類か。これはまた珍しいのぉ」

 猛禽類型の怪人は日本で非常に数が少ない。

 海外では“死神”の名で呼ばれ、最も忌むべき怪人として嫌われている。

 なんでも息をするかのように人を殺すのだとか。

 怪人が恐れる怪人。超危険なサイコパスだ。


(猛禽類型にはキレ者が多いと聞くが、確かに仕事ができそうじゃのぉ。それに比べて……)

 手前に視線を移すと、銀髪の特攻服女が簡単な計算を前に頭を抱えていた。

 小学生でも解ける易しい計算式だ。

 とても経理部の一員とは思えない。


 奥にいるタンクトップ男に至っては問題外だ。

 何故か立ち上がってエアロビクスを踊っている。


(ほんと、肉食獣型はアホばっかじゃの)

 二人とも変身後の姿は大柄な四足獣ベースだ。とても事務仕事が向いているようには見えない。


(一番頭がおかしいのはこんな人事をしている組織のボスじゃな……)

 ダイアが胸中でそう思った瞬間、


ドンっ!

物凄い勢いでフロア脇の社長室の扉が開いた。

 噂をすればと言うやつか、続けて部屋の中からガーディアンズのボス、タイタンが出てくる。


 一呼吸置き、ぐるりと事務所内を見回すと、険しい顔で命じた。

「今正にロイヤルスロープから緊急の援助要請があった! 戦闘員は即座に出撃の準備をしろ!」


「む? 父上達に何かあったのか!?」

 驚いたダイアが声を上げるが、


「王子はここに留まって下さい! ダマーラ、留守の間のことは任せたぞ!」

それだけ言い残して、慌ただしく事務所を出て行く。


(一体、なんなのじゃ……)

 呆然とするダイアの目の前でぞろぞろと席を立つ戦闘員達。

 気づくと、事務所内には非戦闘員四人とダイアしか残っていなかった。


☆☆☆☆☆


 バタバタとコートの裾が翻る。

 強い風が吹き付けるビルの屋上で、怪人“ライカン”は静かに向かいの建物の様子を伺っていた。


 目の前に佇むのは悪の組織『ガーディアンズ』の事務所が入る六階建てのオフィスビル。

 双眼鏡を使って四階を覗いてみるが、特殊ガラス製の窓で中の様子が全く見えない。

 そのまましばらく待っていると、やがて一階の出入口から黒尽くめの一団が出てくる。

 全員が口元をマスクで覆っているが、中に数人有名な怪人が混じっているのが見て取れた。


(ガーディアンズの戦闘部隊か。ここまでは計画通り……)


「おい、あの中にダイアの姿はあるか?」

 左後ろを振り返ったライカンが尋ねると、


「さ、さぁ? 全員顔が隠れてて分かんないよ」

オドオドした言動で一人のアラフォー男が答えた。


 ウルフ族の王“ワルフ”の弟、ラルフ。

 ヒョロヒョロの見た目通り、戦闘力が低く、鈍臭い。

 そのくせ野心はあるというライカンが一番嫌いなタイプだ。


 ウルフ族の王には伝統として家元の者しかなれない。

 にっくきワルフを始末した後は、仮染めの王としてこの男を推し出すつもりだ。

 それならば、一族の者も納得するだろうし、裏から好きに操れるだろう。


「本当に使えないやつだな」

 ラルフの返答を聞いたライカンが短く吐き捨てると、


「あの中にダイアのチビはいないよ。あのサイズなら流石に分かる」

右隣に陣取っていた若い男がさも当然といった声音で答えた。


「そういうこっとー」

 それに続けてベリーショートの雄々しい見た目の女性が相槌を打つ。


 ライカンの息子であるヘンリーと娘のアンリーだ。

 二人とも幼い頃から戦闘の英才教育を受けた生粋のバトルマニアで、ライカンが誰よりも信頼を置く相手だ。


(つまり、ダイアはまだあの中か……)

 ガーディアンズの戦闘員達は、既に視界の外へ去った。

 もうライカン達の計画を阻める者はいない。


「まずはワルフのアキレス腱を切る。狙いはガキだ」


 ライカンが本日の計画を思いついたのはつい二日ほど前のこと。

 裏世界一の情報屋を名乗る男からとある垂れ込みが入ったのだ。

『二日後ガーディアンズの主戦力が首を揃えて出掛けるよ。全員でヒーロー軍を迎え撃つんだってー』

 声が甲高く、やけに耳煩い男。

 彼が言うには、二日後ガーディアンズの事務所には非戦闘員とダイア王子しか残らないらしい。


「奴は本当に信用できるのか?」

 ライカンは疑ったが、


「あいつとはこれまで何度も仕事をしたけど、一度も嘘をついた事はないよ」

息子がそう言うので信じる事にした。

 そして、今確信する。


(……俺の判断は正しかった)


「次、奴が外に出てきた時が好機だ。確実に誘拐作戦を実行する。準備をするからついて来い」


「あいよ」

「ほーい」

 気の抜けた返事をする子供達と共に静かに踵を返す。

 そのまま、階段を下りるとビルの前に停めてあった白いバンに飛び乗った。


(覚悟しておけよ、ワルフ。この俺様を怒らせたらどうなるか教えてやる)

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