第21話 彗星隊

「うーん、そろそろかなぁ」

 黒塗りの高級車の後部座席に一人で腰掛けたティガーは、手元の携帯電話を見ながら静かに目を細めた。

 現在、ウルフ族の一団は十台近い車で列を成して新アジトへ移動中だ。

 王であるワルフは前の車両に乗り、ティガー以外のガーディアンズメンツは少し離れたところで待機している。


「そろそろってなにがですか?」

 ティガーの呟きを拾った運転手が不思議そうに尋ねた。

 彼は最近完璧な怪人化が出来るようになったばかりの新米だ。


「友人からの電話さ」

 ティガーがそう答えた瞬間、


ピロリン。

手元の携帯電話が軽快な音を立てた。


(ほらきた)

 スピーカー部分に耳を当てると、聞き慣れた掠れ声が聞こえてくる。


「ああ、もしもしティガー? 俺だけど……」

「やあ、相棒。どうしたんだい?」

 ティガーの質問に電話越しの男が言い辛そうに答えた。


「ああ、ええっと、大変言いづらいんだが、その……ウルフ族の王子が拐われた」

「お、王子が拐われたー!? それはとってもまずいね! 困ったね! もしボスに知られたらクビだよ?」

 白々しく驚くティガーに、


「ええー!? や、やっぱりか?」

電話越しの男、ダマーラが悲壮感漂う悲鳴を上げる。


「まあ、拐われた相手が相手だからね。しかし、一体なにがあったんだい?」


「それが、実は――」

 ダマーラから事の経緯の説明を受け、何度も肯く。


「なるほどぉ。パーティで会った傭兵風の怪人ねぇ。勿論知ってるよ」

「ほ、本当か!?」


「ああ、彼の名は怪人ネーム“ライカン”。ロイヤルスロープの最高戦力である新月団を率いる有名な怪人さ。確か彼は個別のアジトを紫水町の外れに構えていたような……」

「紫水町の外れだな? 分かった!」


 それだけ言い、ガチャリと電話が切れた。


 ツーツー。


(ふむ。相変わらずせっかちだね)

 胸元に携帯電話をしまい、前髪をかき上げる。


「さて、これであちら側は解決。残るはこちら側だけか……」

 満足気に目を細めたティガーがそう言った直後、


ドンッ。

突然、車に衝撃があり、車体がスピンした。

 そのまま、近くの民家の石壁に激突する。


 落ち着き払ったティガーが窓から首を出すと、周囲を大勢のヒーローに囲まれていた。


「ヒッ!?」

 ビビったように悲鳴を上げる運転手。


 全員が同じ濃紺のコスチュームを纏っており、見ただけで恐ろしい練度の一団である事が分かる。


(濃紺のバトルスーツに星形のエンブレム。彗星隊……か)


 現ヒーロー軍を支える七人の最強ヒーロー。

「神剣七王」の一人であるヒーローネーム“ミーティア”が率いる超精鋭部隊『彗星隊』。


 他の車両も同様にスピンさせられたのか、中から強張った表情を浮かべたウルフ族達が続々と出てくる。

最高練度の怪人軍とヒーロー軍。


(これは中々に面白い戦いが見れそうだね)

 相変わらず、後部座席で寛ぐティガーに、


「あの……あなたは降りて戦わないんですか?」

顔を真っ青にした運転手が尋ねてくる。


「ん?」

「だって、ティガーさん。一応ガーディアンズのナンバー2ですよね?」

 運転手からの質問に頭の後ろで手を組んでクールに答えた。


「僕は戦わないよ。弱いものイジメは趣味じゃないんだ」


☆☆☆☆☆


「ロケットランチャー、全弾命中を確認しました」

「……そう」

 副官からの報告を受けた蒼木シュン大佐は、消え入るような声で小さく頷いた。


 氷のような無表情に、彫刻のように整った顔立ち。

 今年で19歳になるヒーローネーム“ミーティア”は、若くして国家ヒーロー軍最強の一角と呼ばれるようになった男だ。


 双眼鏡片手に、近くの建物の屋上から着弾地点を眺めると、黒塗り外車の列がめちゃくちゃになっているのが見えた。

 その周囲を海色のバトルスーツを着たヒーロー達が取り囲んでいる。


 彼らはシュン自身が全国から集めた直属の精鋭で、一人一人が実戦経験豊富な強ヒーローだ。


「ミーティアさん。車列の中央、ワルフです」

 副官である女性の言葉を受け、真ん中の車両を見ると、ちょうど中からスーツを着た恐ろしく風格のある紳士が出てくるところだった。


(月光のワルフ。危険度Sの怪物か……)


「ねぇ、レイカ……僕はこれからどうしたらいいと思う?」

 一切表情を変えないシュンが若干眠た気な声で尋ねると、


「知りませんよ。そんなの自分で決めて下さい」

副官である女性、レイカにピシャリと切り捨てられてしまった。


「ほんと君は冷たい人だね……」


 深々とため息をつき、手元の無線機を口に当てる。


「彗星隊に伝達。三人一組で下っ端の怪人を一体ずつ排除せよ。その間、ワルフは僕が抑え込む。決して数的優位を取られるな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る