第三章 非戦闘員部隊、戦う
第15話 スーパーヴィラン会議
バキ、ボキ、ドス。
空の青く澄み切った気持ちの良い朝。
住宅街の中にある狭い公園に鈍い打撃音が響く。
「アッ、イテッ、グフッ……」
上下黒のジャージを着た俺は同じく地味なジャージを着たサツキにボコられていた。
クマムートの事件から既に半年。
サツキはすっかり全快している。
あの件以来サツキはますますストイックに。
最近は朝早起きして学校に行く前に俺と組手をするのが日課だ。
サツキの動きは鬼のように速く、目で追うのが精一杯。
先程から両手両足を使って何とかクリーンヒットを避けているが、それもそろそろキツくなってきた。
筋肉疲労で体が鉛のように重い。
「ま、参った。もうやめてくれ」
体力の限界を感じた俺がギブアップ宣言をした瞬間、ガードをすり抜けたサツキの拳が俺の顎に炸裂した。
「うがッ!」
素っ頓狂な声を上げて盛大に引っくり返る。
そんな俺を見て、
「もー! しっかりしてよ〜! お兄ちゃん、仮にも元町内会の空手チャンピオンでしょ?」
サツキが怒ったように目尻を吊り上げた。
(いや、そんなしょぼい経歴でハイスペックと戦えるかーい!)
☆☆☆☆☆
「アイテテテ、また転んじまったなー」
周囲に聞こえるように大袈裟にため息を吐く。
最近、冬仕様に模様替えしたガーディアンズの事務所内。
目の横に青痣を作った俺が、澄まし顔で自身の席に着くと、
「ダマーラさん、また妹さんにボコられたんですね?」
隣の席のハイエナが呆れたように片眉を上げた。
俺の嘘が完全に見透かされている。
「ま、まあ……そうとも言うな」
「いや、そうとしか言わないでしょう」
ジト目のハイエナを無視してパソコンに向き直る。
「あぁ、痛ぇ……」
キンキンの缶ジュースを青痣に当てた俺が、だらだらと仕事をこなしていると、
「ダマーラさん、ボスが呼んでいます」
不意に禿鷲に声を掛けられた。
「やべ、何かやらかしたかな?」
咄嗟に考えを巡らせるが、特に思い当たる節はない。
小首を傾げた俺がフロア奥の社長室を訪れると、そこには既に蛇柄スーツのティガーがいた。
(相変わらず趣味の悪いスーツを着るなぁ。こいつは)
入口で一瞬立ち止まった俺に、
「ダマーラ、早くこっちに来い」
デスクに腰掛けたボスが手招きする。
そして、落ち着いた声音で話し始めた。
「実はな、来週、年に一度の『関東スーパーヴィラン会議』が箱根で開かれるんだ。そこでお前たち二人に付き添い人として参加してほしい」
その言葉を聞き、鼻にシワを寄せる。
(関東スーパーヴィラン会議?)
『関東スーパーヴィラン会議』とは、その名の通り、関東圏にアジトを構える巨大組織のトップ達が一堂に解して話し合うビッグイベントだ。
この会議に参加できるのは超一流の怪人だけ。
「付き添い……俺で大丈夫ですか?」
「大丈夫も何も幹部で暇なのはお前とティガーしかいないからな」
(うわっ、行きたくねぇ……)
会議の場には悪名高い怪人ばかりが集まる。
頭を抱える俺の気も知らず、ティガーが親指を立てた。
「やったね相棒! 箱根に一泊二日の温泉旅行だよ!」
☆☆☆☆☆
鉄の骨格剥き出しの人型ロボットが強烈な前蹴りを放ってくる。
純白のバトルスーツを纏ったサツキは、大きく後方に飛び退く事でその一撃を回避し、お返しとばかりに頭を蹴り抜いた。
ガコーン。
『10ポイント!』
急所を突くたびに場内に響くコール。
『40ポイント!』
続けて、喉元を手刀で突く。
最後に回し蹴りでロボットを後方にふっ飛ばすと、
『ビービー! 100ポイント!!!』
訓練終了のブザーがなった。
直後に人型ロボットの目の奥の光が消え、動かなくなる。
「ふぅ〜」
ヘルメットを外すと、体育館の周囲をぐるりと取り囲む同級生達の姿が目に飛び込んできた。
今は『バトルスーツ適応訓練』の時間。
バトルスーツを纏った生徒達が、一人ずつ順番に訓練用ロボットと戦っている。
自分の番を終えたサツキが体育館脇で、水分補給をしていると、
「お疲れ〜」
タオルを持ったユナが笑顔で駆け寄ってきた。
「合計720ポイントだったよ! 流石サツキだね!」
その言葉に釣られてスコアボードを見るとクラスで上から四番目の成績だ。
「うーん、流石私っ。何をしても人並み以上にできちゃうなぁ〜」
「この、生意気だぞ?」
キラリと歯を見せたサツキに向かってユナが飛びかかってくる。
クマムートとの一戦以来、サツキは凄く調子が良い。
元々得意だった勉強面で常に学年トップの成績なのはもちろんの事、超が付くほど苦手だったバトルスーツを使った戦闘訓練でもクラス上位のスコアを叩き出せるようになっている。
ただ一つ問題があるとすれば、
(うーん、何かが違うなぁ。クマムートと戦ったときはもっと強い力が出せたはずなんだけど……)
当の本人が全く満足していないという事だけだろう。
(何か……何か違いがあるはずなんだけどなぁ……)
サツキが一人物思いにふけっていると、
「ねぇ、サツキ。明日までのレポート終わった?」
不意にユナが話しかけてくる。
「レポート? まだだよ」
「それなら、今日の放課後、図書館で一緒にやろうー!」
嬉しそうに手を叩くユナ。
「……よかったらウチくる?」
サツキが提案すると、更に嬉しそうな顔をした。
「え? 良いの?」
「うん。お兄ちゃん今日から出張で家にいないんだぁ」
手元のヘルメットを弄りながらユナの言葉に頷く。
(お兄ちゃん今頃箱根に着いた頃かなぁ?)
☆☆☆☆☆
「ここが会議会場か。デケェ〜」
真っ赤な金属屋根にその周囲を支える大理石の柱。
箱根コンベンションセンター。
その足元に立った俺は、目の前にそそり立つ巨大建造物のあまりの迫力に思わず声を漏らした。
「この施設の西棟はかつて始まりの怪人“ホワイトタイガー”が日本を訪れた際に隠れ家として使ったという歴史ある建物なんだ」
「へぇー」
ティガーの説明にぼんやりと頷く。
その後もたわいも無い会話を繰り返していると、
「おい、お前ら。観光じゃないんだぞ? 早く来い」
全身黒尽くめのボスがしかめっ面で手招きした。
三人で建物内に入ると、受付嬢が声を掛けてくる。
「ガーディアンズの皆様ですね? お待ちしておりました」
受付で簡単な署名を済ませて奥へ。
赤絨毯の敷かれた綺麗な廊下を抜けると、突き当たりに重々しい木扉が見えてきた。
箱根コンベンションセンター第四会議室。
「それじゃあ俺は行く。会議が終わるまでここで待っていてくれ」
そう言ったボスが扉の向こうに消えて行く。
会議室前は震えるほどに剣呑な雰囲気だ。
それぞれの組織のボスについてきた護衛役の怪人達が舐められないようにと威嚇し合っている。
(この場で二時間以上待つのか。勘弁してくれよ……)
周囲を見回した俺がゲンナリしていると、
「おい、見ろよあいつ。変顔してこっち見てるぞ。面白いなぁ。ハハハ」
隣のティガーが一人の怪人を指差して笑った。
「お? なんだなんだ? 俺にも見せろよ」
その言葉に釣られて俺も笑顔で顔を上げる。
すると、歯を剥き出しにしてひどく顔を歪めた男と目があった。
(いや、めっちゃ睨んどるやないかい!)
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