第13話 ヒーロー気質

「フンフンフーン♪」

 鼻歌を歌いながら容器にお湯を注ぐ。

 3分待ち、後入れスープを入れれば、無事カップラーメンの完成だ。


「おお、旨そう〜」

 二人分のプラスチック容器を持った俺がキッチンから居間へ向かうと、険しい顔をした妹のサツキが食卓の前をウロウロしていた。

 その表情は真剣でこちらに気づいた様子はない。


「おーい、サツキ。カップラーメン出来たぞ?」

 手を振りながら呼びかけてみるが、反応はなかった。


 一時間前、真っ青な顔で家に帰ってきてからサツキはずっとこの調子だ。

 なんでも、帰宅中にヒーロー軍によって殺されたはずの怪人“クマムート”と遭遇し、友達をさらわれてしまったとか。


 ズルズルとカップ麺を啜りながら思う。


(クマムートは間違いなく異能持ちスペシャルだろうなぁ)


 スペシャルとは怪人社会独自の言葉で、瞑想によって異能に目覚めた怪人を指す。

 クマムートの異能はおそらく“完全仮死”。


 変身のベースとなっているクマムシ自体が仮死化の能力を持っている為、それを発展させたものだと容易に予想がついた。


 現在、サツキと何とか一命を取り留めた雨木先生からの通報を受けた国家ヒーロー軍がクマムートを追跡中である。


 彼らが再びクマムートを捕縛するのは時間の問題だろう。

“完全仮死”は種さえ割れて仕舞えば恐るるに足らない能力だ。


(もし、問題があるとすればティガーの言っていた変身能力の方か……)


『奴はクマムシの怪人さ。何でも変身後の姿から更にもう一段変化することができるらしくて、その姿を見たものは一人残らず殺してしまうらしい』

 異能を二つも持つ怪人がいるとはにわかに信じがたいが、ティガーの情報が間違っているとも思えない。


(奴の言葉が真実で前回の戦闘時にクマムートが本気を出していないのなら……今回はヒーロー軍側の全滅もあり得るかもしれないな)

 そんなことを考えていると、手元のカップ麺が空になった。


「うんめぇ……」

 箸を置き、チラリとサツキの様子を伺う。

 すると、未だにカップラーメンに一切手をつけず、居間をウロウロしていた。


(このラーメン食べないのか? だったら俺が食べたいんだが……)


「怪人を前に何もできなかった」「私、ヒーロー向いてないのかなぁ」

 さっきから同じことを呟いてはため息をついている。

 さらわれる友人を前に一歩も動けなかった事が余程ショックだったようだ。


「まあ、そんなに気に病むなよ。お前はよくやったさ。友達が拐われたあと直ぐに国家ヒーロー軍に通報したんだろう?」

「う、うん」


「だったら問題ない。それが最善の選択さ。ヒーロー見習いのお前が巨大怪人組織のボスに挑んでも百パーセント勝ち目はないんだ。策なき特攻は無謀。勇気と履き違えてはいかんよ」

「そ、そうなのかなぁ」


「ああ、そうさ。分かったら今日はもう寝ろ。怪人の追跡は現役のヒーロー達が全力でやってくれる」

「…………分かった」


 時刻は既に深夜1時過ぎだ。

 俺の言葉に素直に頷いたサツキがトボトボと寝室へ向かう。

 その後ろ姿を見送った俺は、待ってましたとばかりにもう一つのカップ麺に食いついた。

 あっという間に平らげ、煙草を一服する。


(しかし、さっきのサツキの落ち込み様は尋常じゃなかったな。変な気を起こさなければいいが……)

 そのまま、無音の部屋でぼーっと天井を眺める。

時間が経つにつれて少しずつ不安が募ってきた。


「いや、あいつに限ってないと思うが、まさかまさかということもあるしな。家族も気づかない内に思い詰めていたなんて話もよく聞くし……」

 心配になってサツキの部屋の前に立つ。


(そういえば、あいつの部屋に入るの久しぶりだな)

 若干の緊張を持って扉を開けると、花のように甘い香りが鼻腔に飛び込んできた。

 それと同時に息を飲む。


 ピンクの壁紙に花柄のカーペット。

 そして、空のベッドに開け放たれた窓。

 清潔感に溢れたサツキの部屋は、完全にもぬけの殻だった。


「あいつ、まさか!?」


☆☆☆☆☆


「ハァ……ハァ……」

 気がつくと、サツキは夜の街を夢中で走り回っていた。

 西へ東へユナの居場所を探し回る。

 しかし、どれだけ頑張っても見つけ出すことは出来なかった。

 当然だろう。手掛かりゼロなのだ。


 元々可能性なんてない。


「私、なにやってるんだろう……」

 真っ黒な空を見上げ、一人呆然と街中で立ち尽くす。

 無力感がとめどなく胸の奥から湧き上がり、涙となって目元から溢れた。


『一緒に立派なヒーローになろう!』『どっちが先に一人前になれるか競争ね!』

 日頃からユナと交わしていた言葉の数々が鋭い刺となってサツキの心に突き刺さる。


(ああ、私は大切な友達一人守れないんだ……)

 そう思うと無性に悔しくて、情けなくて、自分自身にすごく腹が立った。

 酷い自己嫌悪に陥ったサツキが、諦めて家に帰ろうとしたその時、不意に手元のスマートフォンが軽快な音を立てる。

 聞き慣れたメールの着信音だ。


 ノロノロとその画面を見たサツキは、表示されている内容に一瞬呼吸が止まりそうになった。


 差出人“五木ユナ”。


 慌ててメールを開くと、文面は、


ー 倉庫 ー

その一言だけ。

 しかし、その一言で全てを悟る。


「ユナが助けを求めてる……行かなきゃ!」


☆☆☆☆☆


 タワーマンションの最上階。


「やあ、相棒。君から電話なんて珍しいね」

 一面ガラス張りの部屋から東京の夜景を見下ろしたティガーは、ワイン片手に優雅に電話に出た。


 電話相手の言葉に頷きつつ、真っ黒な部屋で一人、滔々と言葉を紡ぐ。

 向かいのビルを彩る白い電飾が金のガウンをぼんやりと輝かせた。


「ん? 怪人が生き返った? もちろん知ってるさ。ガーディアンズの情報部は優秀だからね」


『――』

「何? 怪人の居場所? 勿論、もうとっくに報告が入っているよ。ちょうど今スコーピオンの部隊を派遣しようと思っていたところだよ。今ならヒーロー軍の包囲も緩いだろうからね」


『――』

「え? 君が行くのかい? そりゃ君が行ってくれたら僕としても助かるけど……いったいどんな風の吹き回しだい?普段は極力戦闘行為は避けるのに」


『――』

「ああ、分かった。分かったよ。さっさと言えばいいんだろう。少し前に以前潜伏していた港脇の倉庫付近に設置しておいた監視カメラに奴の姿がうつっていたよ。でも、君がわざわざ出向くような相手じゃないよ? どうせ戦うなら僕と――」

 

ブチッ。ツー。ツー。


「あっ、切れた」

 夜景を見ながら首をかしげる。


「彼が自ら組織のために動くとは思えないな……あの怪人、皮膚の下にバトルスーツでも着てたかな?」

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