第11話 強者の影

 満月の夜。

 30人あまりの部下を引き連れた怪人“クマムート”は東京湾沿いの港に放置された廃倉庫に籠っていた。


 日本の国家ヒーロー軍が展開する包囲網はかなり厳しく、抜け道はない。

 完全に袋の鼠だ。ここに隠れているのが見つかるのも時間の問題だろう。


 噂ではヒーロー軍だけでなくガーディアンズという怪人組織も命を狙っているらしい。

 少数精鋭のかなりやばい集団だとか。


「『レイダーズ』や『モンスターズ』からの増援はまだ来ないのか!?」

「それがどちらの組織も今回は傍観を決め込んでいるようで……」


「全く! どいつもこいつも使えない!」

 以前より友好関係にあった幾つかの日本の組織に匿ってくれるように要請しているがなかなか良い返事がもらえない。


(くそ! 日本のゴミ共め! あれだけよくしてやったというのに! いざとなったら見捨てるのか!?)

 ギリギリと歯を軋ませたクマムートがガバリと顔を上げると、その拍子に倉庫入口に細身の人影が立っていることに気付いた。


 金髪オールバックのビジネススーツ漢。

 月の光を背負い一人で堂々とこちらを眺めている。

 その凄まじいオーラにクマムートが思わず腰を浮かしかけたその時、


「またハズレか……」

それだけ言い残して男が去っていった。


☆☆☆☆☆


 その日、ガーディアンズの本部が入ったオフィスビルの四階で緊急幹部会議が開かれていた。


「昨晩、ティガーがクマムートの潜伏場所を突き止める事に成功した。場所は東京湾沿いの廃倉庫。30人以上の部下を引き連れているらしい」

 会議室の最奥に立ったボスがスライドに映し出された地図を使って説明する。


 星で示された敵の潜伏場所は、赤で示されたヒーロー軍の包囲網のど真ん中だ。


「敵の人数も予想以上。潜伏場所もヒーロー軍の包囲網のど真ん中。報酬や名誉は惜しいが、流石に今回は手を引かざるを得ない」


(まあ、そうだよなぁ。てか、この場所……サツキが通ってる学校の近くだな)


「なぁ、ティガー。クマムートって何の怪人なんだ?」

 会議後、俺が話しかけると、


「奴はクマムシの怪人さ。何でも変身後の姿から更にもう一段変化することができるらしくて、その姿を見たものは一人残らず殺してしまうらしい」

ティガーが大袈裟に肩をすくめながら答えた。


「へぇ、最強生物とも呼ばれるクマムシの怪人か。そりゃおっかないな」

 クマムートの正体は世間では不明という扱いになっている。


(そんな情報を当たり前のように知っているこいつの情報収集能力もおっかないがな……)

 そんな俺の気持ちを読んだかのように肩を組んだティガーが耳元で囁いた。


「ついでに相棒だけにとっておきの情報を教えてあげるよ。今日のボスのパンツの色……赤らしいぜ」


☆☆☆☆☆


 東京湾沿い。港脇の倉庫前。

 その日、クマムート一団の潜伏場所を突き止めた国家ヒーロー軍は遂に怪人の掃討作戦を実行しようとしていた。


『廃倉庫内にクマムートを含む30体以上の怪人の姿を確認。AM特殊殲滅部隊は直ちに突撃し、倉庫内を制圧せよ』

 現場指揮官を務める仁田シロエ大尉の静かな指令が無線を介して飛ぶ。

 それと同時に100人余りのヒーローが倉庫内に雪崩れ込んだ。


「敵襲だぁぁぁ! ヒーローを殲滅しろぉぉぉ!!!」

 直後に中から声が上がり、けたたましい音が聞こえてくる。

 倉庫外の仁田シロエが待機する位置からでは中の様子を窺えない。


 彼女は“ディパーチャー”の名を冠する冷酷な女ヒーローだ。

 性格は酷く感情的で怒ると手がつけられない。

 その名の通り白色の髪をしており、ザ・白ギャルと言ったチャラい見た目をしていた。


 生粋のバトルマニアである彼女はその腕っ節だけで現在の地位まで登り詰めた日本国家ヒーロー軍のエースとも言える存在だ。


 今回、彼女が現場指揮官に任命されたのは、先鋒のヒーロー隊100人が万が一クマムートに全滅させられた時に足止めを任せられるため。

 上層部はあくまで万が一の措置と言っていたが、シロエの予想では十中八九全滅する。


(今回の怪人の強さは異常よ。たった100人の雑魚ヒーローの手に負える敵じゃないわ。そんなこと一眼でわかるのに、上層部の連中の目は節穴ね……)


「まっ、そのお陰で私が戦えるからいいんだけどね♪」

 手元の小型ブレードを弄んだシロエがずるりと舌舐めずりをしていると、不意に倉庫内の戦闘音がピタリと止んだ。

 どうやら中での戦闘が終わったようだ。


(さて、ようやく私の出番ねぇ)

 大きく伸びをしたシロエがゆっくり倉庫に向かって近づいていくと、一人の部下が駆け寄ってきた。


「報告します。時刻20時12分、怪人クマムートとその仲間全ての死亡を確認しました。ヒーロー軍側の犠牲者は50名以上にものぼると思われます」

 その口から取り出した報告に思わずポカンと口を開ける。


「……は?」

 我に帰ったシロエが慌てて倉庫内に駆け込むと、そこには地獄のような光景が広がっていた。

 血塗れの床に天井。

 多くの死体が積み上げられた倉庫のど真ん中に体調2メートル超えの巨大怪人が大の字で倒れている。


 薄茶色の肌をした二足歩行の怪人、クマムートだ。

 多くのヒーロー達にブレードで斬りかかられたせいか、全身が切り傷だらけになっている。


 しかし、ぱっと見致命傷らしき大怪我は見当たらない。


「……こいつの死因はなに?」

 ピクピクと目蓋を震わせたシロエが気になって尋ねてみると、


「それがよく分からないんです。戦闘中、突然苦しみ出したかと思ったら白目を剥いて倒れてしまいました。恐らく心臓麻痺や心筋梗塞の類かと……」

部下がとても曖昧な事を言った。


(戦闘中に心臓麻痺?何かの病気持ちだったというの……?)

 脈がないのを確認し、念のため瞳孔に光を当ててみるが対光反射はない。

 確実に死んでいる。


 そう確実に死んでいる。その事実が酷くシロエを苛立たせた。


「私と戦う前に何勝手に死んでのよ! このゴミ! クズ! 死ね! 死ね!」

 怒りに任せて動かない怪人の死体を蹴りまくる。

 肉を強く打つ鈍い音が倉庫内に連続して響いた。


 十分ほどするとようやく怒りが収まってくる。

 なんとか正気を取り戻したシロエが背後を振り向くと、その様子をずっと見守っていた部下が真っ青な顔をしていた。

 その今にも泣き出しそうな表情を睨みつけて荒い息で命令する。


「さっさとこのクズの死体を解剖班に回しなさい! 二度と私の目に触れさせないで!」

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