第10話 隣国の怪人

 今日は六月の幹部会議の日だ。

 鏡前でネクタイを締め、髪を雑にセットする。


「さて、仕事行くか……」

 暗い声で呟いた俺が居間を横切って玄関に向かおうとすると、


ディロリロリーン♩

ちょうどテレビからどでかい音が聞こえてきた。


『緊急速報』

 画面上に真っ赤なバナーが表示され、画面内のアナウンサーが緊迫した表情でニュース原稿を読み上げる。


「ええっ、先程、隣国の巨大怪人組織『キャンサー』のボスが日本国内に逃げ込んだという速報が入りました! この男は全世界で指名手配されており、かなりの警戒が必要です!」


 それと同時に画面上に二枚の顔写真が表示された。


 キャンサーのボス、怪人ネーム“クマムート”の変身前と変身後の姿だ。

 香港マフィアを思わせる強面の男と、ずんぐりとした見た目の岩のような怪人。

 全身が薄茶色で内側に向かって牙の生えた綺麗な丸口をしている。


(うわ、怖っ! てか、厳つっ……)

 その如何にも凶悪怪人という容貌に思わず苦笑した。


「これが全世界で指名手配されている怪人か。世の中にはこんなヤバそうな奴がいるんだなぁ」

 感嘆の声を漏らし、テレビを消す。

 フワリと欠伸をした俺は、完全に他人事気分で家を出たのだった。


☆☆☆☆☆


 しかし……、


「皆もう知っていると思うが、今現在、キャンサーのボスが日本国内に逃げ込んだということで、日本国家ヒーロー軍と隣国の軍隊が協力して包囲網を敷いている」

幹部会議でさっそくその話題が上がる。


 ボス曰く、クマムートのために敷かれた包囲網で日本の悪の組織が動けなくて困っているらしい。

 怪人組織もあくまで営利企業。

 現在進行形で莫大な損害が出ているとか。


「そこで我々ガーディアンズに早急にクマムート始末して欲しいとの依頼が殺到している。この任務は非常に危険を伴うが、達成できれば見返りはでかい……」

 そこまで言ったところでボスが一旦言葉を切る。

 そして、幹部全員の顔を見回して続けた。


「今回の任務受諾についての是非を問う。賛成の者は挙手を」


 バッ!

 ボスの投げ掛けと同時に幹部全員が一斉に手を挙げる。


「うむ。皆の意思は相分かった」


 それでその話題は一旦終わりとなる。

 その後も延々と続くつまらない話を俺が聞き流していると、


「そういえば、ダマーラ。お前の妹がヒーローになったらしいな」

会議の終わり際にボスの口からそんな言葉が飛び出す。

 突然幹部全員の視線を浴び、わざとらしい笑顔でごまかしておいた。


「まだまだ見習いですけどね。あははは〜」


☆☆☆☆☆☆


「なんだか先生達ピリピリしてるね」

 その日、ぼーっと外を眺めたサツキが教室の窓際に立っていると、不意に背後からユナが抱きついてきた。


「今逃げ回ってる怪人って、そんな凄い怪人なの?」

 そんなユナを引き剥がしつつ尋ねる。


 国家ヒーロー軍高等工科学校の講師は皆現役のヒーローだ。常に怪人の動向を気にしている。


「やばい怪人だよー。サツキ、ニュース見てないの?」

「うーん、あんま興味なくて。今は自分のことでいっぱいいっぱいだし」


「そうだよね。私たちがどうこうできるレベルじゃないもんね。今は目先のことを頑張ろっ」

「うん」


 そんな事を言っていると、次の授業が始まる。

 次の授業内容は理想のヒーロー像だ。

 今日の主題はどんな戦い方を目指すか。

 それぞれが自分の目指す理想の戦い方を原稿用紙に書くことになった。


「うーん、理想の戦い方かぁ。難しいなぁ……」

 クルクルとペンを回し、唸り声を上げる。


 既に高校入学から三ヶ月。

 サツキは親友のユナと毎日居残りでバトルスーツの練習をしている。

 そのお陰かなんとか全身を動かせるようになっていた。まだぎこちないが。

 担任の雨木先生は親切で、いつも遅くまで練習に付き合ってくれる。


(雨木先生が担任で本当に良かったぁ)

 理想の戦い方と聞き、好きなヒーローの名前を書き出してみるが、あまりしっくりとこない。


 未だに白紙のサツキの元に、

「自分の強みを考えてみたら?」

授業の講師を務める女性ヒーローがアドバイスをくれる。


(私の強み……集中力とか? よくわかんないなぁ)

 結局、その日は書けないまま授業が終わる。


「書けてない人は来週までの宿題でーす!」

 女性ヒーローの明るい声が教室内に響いた。


☆☆☆☆☆


 時刻は夜の八時過ぎ。

自主練習後のサツキが疲れて家に帰ると、兄が食卓に料理を並べていた。

 サツキの帰りが遅くなった影響か、最近は兄が家事をしてくれている。


「今日の夕食はイカ墨パスタ?」

 皿に盛られた真っ黒なパスタを指差して尋ねると、


「ミートソーススパゲッティだ!」

兄がドヤ顔で答える。


(これがミートソーススパゲッティ!? どうやったらミートソースが真っ黒になるの!?)

 兄の料理の腕は壊滅的だ。

 そして、本人にその自覚はない。


「へ、へぇ。美味しそうだね」

 覚悟を決めたサツキは、黒い細麺を無理やり胃袋に押し込んだ。

 そのまま、手早く入浴を済ませて自室へと向かう。

 今日家に帰ったら『理想のヒーロー像』の授業で出された宿題を終わらせると決めていた。


(よぉーし! 頑張るぞー!)

 自主練で疲れた体に鞭打ってデスクと向かい合う。

 原稿用紙を広げると、勇んでペンを握った。


 しかし、


「ダメだぁ。全然書けない!」

一時間ほどですぐに音を上げる。

 未だに原稿用紙は真っ白だ。


(少し休憩しよ……)

 ノロノロとした動きでペンを放り出したサツキは、スマホ片手にベッドに横たわった。


 しばらく適当にネットを検索していてふと思い出す。

「そういえばユナが逃亡中の怪人が凄いって言ってたなぁ〜」

 少し気になって調べてみると、思った以上に恐ろしい怪人であることが分かった。


・単独で隣国のヒーロー軍500人を抹殺

・一万人以上の部下と共に小国を壊滅


 調べれば調べるほど出てくる悪行の数々。


「へぇ、最後に目撃されたの結構近くなんだぁ。全然実感ないや……」

 力なく呟き、スマホを手放す。

 無意識にまぶたを閉じたサツキは、その日、疲れに任せてそのまま寝てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る