第9話 ヒーロー流の訓練

 三枝サツキは快活で器量の良い少女だ。

 幼い頃はいつも兄の後ろに隠れているような大人しい性格だったが、自身がハイスペックだと分かった事をきっかけに次第に明るくなっていった。

 中学の時には自ら進んでクラス委員を務めたほどだ。


 そんな彼女は今、30人以上の同級生達と共に広い体育館にいる。

 ここは国家ヒーロー軍高等工科学校の校舎裏にある訓練所。

 今日は授業で初めてバトルスーツを装着する日ということもあり、皆一様に興奮した面持ちを浮かべていた。


(なんかパツパツ。サイズ間違えたかも……)

 サツキが自らの纏った白色のバトルスーツのズボンを引っ張っていると、


「サツキ、私達いよいよバトルスーツを動かせるんだね! 夢見たい!」

不意に向かいの女の子が話しかけてきた。

 彼女は五木ユナ。サツキとは小学校からの幼馴染でヒーローになる為の修行を一緒に積んだ仲だ。

 ダークブルーのバトルスーツに身を包み、艶のある黒髪を肩口で揃えている。


 常に裏表のない柔らかな笑みを浮かべる彼女は誰からも好かれる優しい性格で、入学してからの数日で既に多くの友達を作っていた。


「うん、ユナ! 一緒に頑張ろうね!」

 サツキがそんな事を言っていると、先生が体育館に入ってきて本格的に授業が始まる。


「バトルスーツの制御は感覚的な部分が多く、慣れと経験が全てです。早速、動かしてみましょう」

 先生の言葉を合図に体育館中に散らばった生徒達が一斉にフェイスヘルメットを装着した。


 少し出遅れたサツキが慌ててフェイスヘルメットを被ると、途端に体が動かせなくなる。

 直立不動のまま微動だにできない。唯一動かせるのは口と目だけだ。


(これがバトルスーツシステムによる人体制御? いつもと同じ感覚で体を動かそうとしても全く動けないや……)


「ふん! ううううん! はっ!」

 その後も何とか体を動かそうと色々なイメージを試してみるが、ビクともしない。


(うーん、先生の言うバトルスーツと体をリンクするって感覚が全然わからないや……)


 初日で半数以上の生徒が動かせるようになったようだが、サツキは結局最後まで動かせなかった。


 訓練二日目。


「わあ! できたー!」

 また近くで喜びの声が上がる。

 既に殆どの生徒がバトルスーツを動かすことに成功していた。

 一人、また一人と動かせていく度に焦りが募る。

ハイスペック測定の主席と言うこともあり、周囲の視線が痛い。


 遂には、

「見てー、サツキ! 動いたよー!」

それまで苦戦していたユナも成功した。


「よ、よかったね!」

 満面の笑みを浮かべる彼女に何とか祝福の言葉を掛ける。

 親友の成功を素直に喜べない自分に少し嫌気が差した。


 訓練三日目。


 とうとうスーツを動かせないのサツキだけになってしまった。

 皆が歩行訓練をするのを横目に、体育館の隅でひたすら指先を動かす訓練をする。


「コップから水をこぼさないイメージで慎重に力を入れるんだ。言葉じゃ伝わりにくいかな?」

 銀縁の眼鏡を掛けた如何にも頭の良さそうな風貌の先生がマンツーマンで指導してくれる。

 彼は雨木ダイゴ先生、今年で25歳になる若い男性で『オーシャン』の名を持つ現役のヒーローだ。

 一般の人には浸透していないが、ヒーロー好きの人なら聞いたことがある程度の知名度を持つ。


「バトルスーツへの適応速度は個人差があるから焦らないでいいよ」

 雨木先生は事あるごとにそう言ってくれたが、どうしても焦りは募っていった。


「ハァ……」

 深々とため息を吐く。

 結局、今日もサツキはバトルスーツを動かすことができなかった。


「ただいまー」

 落ち込んで家に帰ると、既に帰宅していた兄が居間でヒーロー雑誌を読んでいた。


「あっ、サツキ。おかえり」

 サツキに気がつくと、ニンマリと笑って顔を上げる。

 そして、すぐにまた紙面に視線を落とした。


(また月間バトルスーツ?お兄ちゃんはホントに悩みがなくていいなぁ……)


 兄の三枝アマスケはオタク気質の人間だ。

 好きな事には夢中になるが、それ以外の事にはまるで興味がない。

 というか、だらしない。放っておけば体に悪いものばかり食べるし、衣服や髪型もかなり乱れる。

 仕方なくサツキが全てを管理していた。


 しかし、ヒーロー関連の事柄にだけは他にない熱量を見せる。

 暇があれば常にバトルスーツの雑誌を読んでいるし、テレビのニュースも欠かさずチェックしている。

 この前などヒーローの天敵である憎っくき怪人のフィギュアに落書きをして博物館からつまみ出されていた程だ。

 有り余るほどのヒーロー魂。そして、正義感。


(でも、私がヒーローになるって言った時は危険だからって最後まで反対してくれたんだよね。根は優しいのかな?)

 そこまで考えた所でブンブンと首を振り、どうでもいい思考を振り払う。


「そんな事よりバトルスーツの練習しなくちゃ!」

 手早く夕食を済ませたサツキは、居間の中央に陣取って目を閉じた。

 バトルスーツを自在に動かせるようになるには何よりイメトレが大事だと雨木先生が言っていた。


「ええっと、コップから水をこぼさないイメージで……慎重に力を入れる?」

 地べたに座ったサツキが目を閉じてブツブツ呟いていると、


「コップから水をこぼさないというよりは掌に載せた葉っぱを落とさないようにってイメージだな。こう、風から覆い隠すように常に体の前にスーツを置く感じで」

不意に背後から声が聞こえた。

 驚いて振り返ると、アイスバーを咥えた間抜け面の兄がこちらを覗き込んでいる。


「なんでそんなこと知ってるの?」

 不思議に思ってサツキが尋ねると、


「ざ、雑誌で読んだんだ」

明らかにやっちまった顔の兄がぎごちない笑みを浮かべて居間を出て行った。


(何あれ? ……変なお兄ちゃん)


 翌日、バトルスーツを装着したサツキは再び雨木先生にマンツーマンで指導を受けていた。


「ええっと、水をこぼさないイメージで――」

「そうそう」

 雨木先生は今日も親身になって教えてくれるが、なかなか上手くいかない。

 訓練開始から2時間ほどが経った頃、


「一旦、休憩を入れようか」

雨木先生がそう言って離れていった。

 その後ろ姿を見送り、深々とため息を吐く。


(あれだけ丁寧に教えてくれてるのに結果を出せなくて申し訳ないなあ……)

 ヘルメットを外したサツキがペットボトル片手に給水していると、ふと頭の中で声が響いた。


『コップから水をこぼさないというよりは掌に載せた葉っぱを落とさないようにってイメージだな。こう、風から覆い隠すように常に体の前にスーツを置く感じで』


(これ、お兄ちゃんが言ってたんだっけ? 雑誌で読んだとか)

 試しにヘルメットを被り、イメージしてみる。

 すると、ピクリピクリと指先が震えた気がした。


(あれ? もしかして……)

 胸の内にポッと明かりが灯った気がして更に強くイメージする。

 次の瞬間、開いていた拳がゆっくりと閉じた。


「わー、動いたー!」

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