第二章 妹、ヒーローになる!

第7話 ヒーロー軍高等工科学校

 桜の木が立ち並ぶ校門前、

「お兄ちゃん早く早く」

テンション高めのサツキがこちらを振り向いて手招きした。


 ここは国家ヒーロー軍高等工科学校。

 中学卒業後、国家ヒーローを目指す人々が進学する国立教育機関である。勉学とヒーロー業を両立できる環境が整えられている。


 この学校に入試はない。

 ハイスペック能力測定の結果が、基準値に達したものに与えられる『ヒーロー資格』があれば誰でも入学できるのだ。

 中学卒業直後の測定で破格的な高結果を叩き出したサツキも当然入学を認められていた。


(しかし、怪人の俺がヒーローの育成機関に来ることになるとは夢にも思わなかったなぁ……)

 国家ヒーロー軍高等工科学校に入学する生徒は皆15〜16歳。保護者同伴が入学式の決まりだ。


『私達は仕事が忙しいから代わりに行ってきて!』

 田舎の母に頼まれて仕方なく付いてきたが、とにかく足取りが重い。


(やべぇ、あの校門脇にいるの『ジャスティス』じゃねぇか? げっ、あっちにいるのは『フライヤー』だ)

 連日テレビで目にする有名なヒーローの実物に顔を強張らせる。

 身を小さくした俺が校門をくぐると、校舎横の巨大な講堂に案内された。


 入口でサツキと別れ、後方の保護者席に向かう。

 並べられた簡素なパイプ椅子の一つに腰掛けてしばらく待っていると、やがて入学式が始まった。

 最初は『開会の辞』から。


(そういえば、あいつなんか前に出て喋るって言ってたな)

 ふと思い出して手元のプログラムを見る。

 すると、『閉会の辞』の前に『新入生代表の挨拶』の文字が。


(サツキのやつ昔から人前に出るの苦手だったけど、うまくできるのか? なんかこっちまで緊張してきた……)


 ドキドキ。

 入学式はプログラムに沿って順調に進んでいく。

 祝電の紹介が終わり、いよいよ新入生代表の挨拶となる。

 国家ヒーロー軍高等工科学校の入学式ではその年の主席がこれからの目標と抱負を語るのが伝統だ。


『2090年度ハイスペック能力測定主席、三枝サツキさんお願いします!』

 場内のアナウンスに従い、緊張した面持ちのサツキが登壇した。


 そして、若干震えた声で話し始める。


「あ、暖かな春の訪れとともに、私たちは国家ヒーロー軍高等工科学校の入学式を迎えることとなりました。本日はこのような立派な入学式を行っていただき大変感謝しています――」

 決まり文句のような文章から始まり、やがて自身のエピソードへ。


「私は元々体が弱く、とてもヒーローを目指せるような成績ではありませんでした。そんな私が今この場に立てているのは一重に家族や仲間の支えのお陰です――」

 そこまで言って口を閉じるサツキ。客席の俺と目が合った。

 そして、覚悟を決めたように口を開く。


「私は彼らに恥じない最強のヒーローになります! そして……卑怯な闇討ちで多くのヒーロー達を傷つける根暗怪人『反英雄アンチヒーロー』をぶっ倒します!」


 どよめく会場。

 最初はサツキの担架に圧倒された様子だったが、

「よく言った! 反英雄アンチヒーローをぶっ倒せ!」

どこからか野次が飛ぶと、まばらに拍手が起こり、やがて大きな波になった。


 俺も舞台上のサツキに向かって頷き、拍手に加わる。


(あの弱気だったサツキが最強のヒーローとは、また大きく出たものだ……)

 妹の成長した姿に並々ならぬ感動を覚える。


 ホロリ。

思わず込み上げてきた目元の涙を拭った。


 怪人ネームが割れていない怪人はその外見や特性からヒーロー軍にコードネームを付けられる。


 因みに『反英雄アンチヒーロー』とは怪人ダマーラさんこと俺である。


☆☆☆☆☆☆


 入学式後、無事大役を果たしたサツキと合流した俺は、隣の敷地にあるヒーロー博物館へ来ていた。

 この施設は国家ヒーロー軍が運営しており、今日だけ新入生とその保護者の入場が無料となっている。


 白を基調とした小綺麗な施設内には歴代のヒーローを象った等身大フィギュアがあちこちに立ち並び、近くのガラスケースには彼らが実際に使っていたというバトルスーツやブレードが飾られていた。


 その詳細を入口からガイドさんが一つ一つ説明してくれた。

 ガイドさんの話を聞きながら集団で移動する。


「これはヘルメット折り畳み式のスーツで……」

「違う。それはヘルメット着脱式のスーツだ」


「これはアメリカ式のZ55型のブレードで」

「正しくはZ55型の02ブレードだがな」


「このブレードはイタリア式の伊045ブレードで通称『ミカヅキ』です。このブレードがこのように呼ばれるようになった由来はその名の通り刀身が三日月形になっているからです!」

「と、一般的には言われているが実際は開発者の名前であるミカヅキ・チェザーレから取ったものである」

 ガイドさんの説明を聞きながら、俺がブツブツと口を挟んでいると、


スパーンッ!


「うっさい!」

突然、サツキに後ろから引っ叩かれた。


 気づくと周りの客がドン引きし、ガイドさん涙目になっている。


「お兄ちゃん、恥ずかしいからあっち行ってて!」

 そのまま、顔を真っ赤にしたサツキに蹴り出すようにして追い払われた。


(なんだよ。人が親切に説明してあげたのに……)

 胸の内で文句を言った俺が行くあてもなく歩いていると、いつの間にかヒーローエリアを抜けて怪人コーナーへ迷い込んでしまった。

 迫力のある等身大の怪人フィギュアが所狭しと並ぶ。


(怪人は興味ないんだよな……)

 完全にテンションが下がった俺がぼうっと眺めていると、一番隅に見知った姿の怪人を発見する。

 漆黒のバトルスーツに身を包んだ人型の怪人。


「げっ、俺のフィギュアだ……」


 その説明欄を見てジト目になる。

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反英雄アンチヒーロー』危険度S

孤高の怪人。単独行動を好み、有名なヒーローを闇討ちして回っている。非常に姑息で汚い。


☆実際に会ったヒーローの3言感想(byクラウン)☆

・実際に会ってみるとオーラが無くて一般人かと思った

・マジで強い。二度と戦いたくない。

・実際に会ってみるとオーラが無かった。

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(あの金ピカ野郎……さては馬鹿だな? 一文目と三文目同じこと書いてやがる。親切に消してやろう)

 ポケットから油性マジックを取り出して三文目に横線を引く。


「ついでに一文目も消しちゃおーっと。ぐへへ」

 一文目も真っ黒に塗り潰し、自身への悪評を完全に消し去った俺は満足して周囲を見回した。

 すると、他にも見知ったフィギュアを発見する。


「あっ、ボスだ」

 変身後の雄々しいジャイアントパンダ姿。

 しかめっ面でこちらを睨みつけて固まっていた。


(……こうして見るとなんだか滑稽だな)

 ツンツン。

 指でつついてみても当然のように動かない。


(近くで見ると益々似てるな)

 そう思ったところで不意に悪戯心が芽生えた。


(そうだ。日頃こき使われてる恨みを込めて落書きしてやろう。ぐへへ)

 再びポケットから油性マジックを取り出して両頬に派手な三本線を引く。


「あーひゃっひゃっ。あのボスを猫型の怪人にしてやったぜ」

 腹を抱えた俺が天井を仰いで馬鹿笑いしていると、


ジィー。

急に背後から冷たい視線を感じた。


(な、なんだ……?)

 恐る恐る振り向くと、真後ろに見た事がないくらい大柄の警備員が立っている。


「君、ちょっと来てくれるかね」

「コォー……!?」

 口から乾いた息を吐き出した俺は、問答無用で外に放り出された。

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