第6話 非戦闘員の日常

 非戦闘員の主な仕事は経理だ。しかし、時には雑務もこなす。

 その中でも最も面倒くさいのが戦闘の後処理だ。


 ガーディアンズのボス「タイタン」は自分達の組織の名前が新聞や雑誌に載るのを極端に嫌う。

 そのため、戦闘員がヒーローと戦った現場からはガーディアンズが関わったという証拠を全て消さなければならないのだ。


「それで……何で二人しかいないんだ?」

 掃除用のブラシとバケツを持った俺がガーディアンズのオフィスビル前に集合すると、既に二人の部下が待っていた。

 いや、二人の部下しか待っていなかった。


 一人は特攻服を着た銀髪女、ハイエナ。

 そしてもう一人は艶のある黒髪をワックスでガチガチに固めたロングコートのメガネ男、“禿鷲”である。


「レオンはボスに頼まれて調査任務中。タイガーはジムに行くと言って早退。アゲハは無断欠勤です」

「そ、そうか……」

 冷静な声音で告げる禿鷲になんとか返事を返す。


(いや、調査任務中のレオンはともかく後半二人どうなってんだっ! 今度会ったらとっちめてやろうかっ!!!)

 心の中で激しく突っ込むが表には出さない。

 上司というのは常に威厳を保たねばならないのだ。


 仕方なく二人だけを引き連れて戦闘が行われたという現場に向かう。

 今回の現場は街中にある公園脇の雑木林。

 好き放題伸び切った木々の間に複数人のヒーローと怪人の死体が入り乱れて倒れていた。


 普段全く人が訪れないこの雑木林でもこれだけ派手に散らかっていればすぐに戦闘が行われた事が表沙汰になるだろう。


「人が来る前にさっさと片付けるぞ」

 俺がそういうや否や、


「待ってました!」

ハイエナが近くの怪人の死体に歩み寄った。

 そして、その腕にガブリと齧り付く。

 そのままムシャムシャと全身を貪り出した。


 彼女の怪人衝動は『怪人の死体を食べる』ことだ。かつてはその為に同族の怪人を殺し回っていたとか。


 顔に無数の血管を浮き出させ、人間の姿のまま死体にむしゃぶりつく光景は何度見ても慣れない。


(どうせ死体を食べるなら完全に怪人化して食べろよ……)

 今のハイエナは半怪人化といった状態だ。

 力のコントロールが上手い怪人は段階的に化け物に変化できる。

 俺にはとても真似出来ない芸当だ。


 ハイエナ曰く、『完全な怪人化をすると大事な一張羅が内側から弾け飛ぶからしたくない』とのことだ。

(まあ、俺からしてもこんな街中で素っ裸になられても困るのだが……)


 鼻に皺を寄せる俺の前で、ハイエナが肉を食い尽くした人骨に禿鷲が緑色の唾を吐きかけた。

 禿鷲の唾やヨダレは超強力な酸性でありとあらゆる物質を溶かしてしまうのだ。


 ジュワッ。

 禿鷲の唾が触れた骨から白い煙が上がり、数秒後には跡形もなく消え去ってしまった。


 俺はそれを横目に地面に飛び散った血を処理していく。

 処理すると言っても上から柔らかい土を雑にかけるだけだが。


(ああ、力仕事だりぃ……)

 深々と溜息を吐いた俺がダラダラと近くの木についた血液をブラシで擦っていると、


「ダマーラさん、少しよろしいでしょうか?」

不意にメガネをクイっと上げた禿鷹に呼ばれた。

 その隣ではハイエナが嫌そうに顔をしかめている。


(……なんだ?)

 二人の様子がなんだかいつもと違う。

 不思議に思った俺が近づいていくと、足元に一つの怪人の死体が倒れていた。


 全身が紫色に変色してぐちょぐちょの怪人の死体だ。


「流石にこれは食えないっすよ」

 然しものハイエナもこれにはお手上げのようで顔を青くしている。


(もしかして、これが幹部会議でボスが言ってた毒物兵器の被害者か?)

 一瞬逡巡した俺は、顎に手を当てて命令した。


「とりあえずこの死体を事務所に持って帰るぞ。袋に詰めろ」


☆☆☆☆☆☆


 戦闘現場から戻った俺は、ボス、スコーピオンと共に社長室の真ん中で紫色の死体を見下ろしていた。


「これは蛇の毒ね。それも超強力な。自然界ではまず発生し得ないわ」

 変色した死体をじっくり眺めたスコーピオンが難しい顔をして言う。

 彼女は毒のエキスパート。彼女が言うなら間違いないだろう。


「つまり、何なのだ?」

「……怪人の毒です」

 ボスの質問にスコーピオンが丁寧に答えた。

 その後も二人の問答が続く。


「どれくらい危険なんだ?」

「カスっただけでも即死です。傷口から毒が全身に回って壊死してしまいます」


「何!? つまりこれが国家ヒーロー軍の新型毒物兵器か……。これは早急に何とかする必要があるな」

「はい。情報解析班の話では幸い国家ヒーロー軍はまだ毒サンプルの調合による再現には成功していないそうです。つまり保管されているオリジナルの猛毒サンプルさえ奪えれば兵器の実用化は防げるでしょう」


「そうか。それなら今日中にでも毒薬研究所の襲撃計画を立てるぞ」

「はい!」

 険しい顔をした二人が、連れ立って部屋を出ていく。


 ぼーっ。

完全に取り残された俺はその後ろ姿を一言も発さず見送った。


 ぼーっ。


☆☆☆☆☆☆


後日、自身のデスクで俺が事務作業をしていると、


「ダマーラさん、聞いてくださいよー」

 不意に隣の席のハイエナが話しかけてきた。


「先日から戦闘部隊の奴らの引き抜きがしつこいんですよー。なんとかしてくれませんかね?」

 それを無視して仕事に打ち込む。

 極限までパソコンの画面に集中した俺が夢中でキーボードを叩いていると、昼前には仕事が終わってしまった。


(今日暇だなぁ)

 手持ち無沙汰になり、足元の鞄から雑誌を取り出そうとすると、不意に正面の机に置かれた新聞紙の記事の見出しが目に入った。


『国家ヒーロー軍の毒物兵器研究所が怪人に襲撃されて被害甚大!』


(あっ、もう襲撃したんだ……いつの間に……俺幹部なのになんにも知らされてねーや……)

 首を捻り、バトルスーツの雑誌を開く。


「まっ、非戦闘員だから関係ないか」

 口元にニヤリと笑みを浮かべた俺は、手元の資料に静かに目を通した。


(あっ、このスーツいいなぁ)

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