第5話 幹部会議
期待の新人ヒーローを倒した翌日、俺はいつもと変わらない朝を過ごしていた。
新聞を片手に、サツキが作った料理に舌鼓を打つ。
今日のメニューは味噌汁と肉野菜炒めだ。
新聞の表紙には「期待の新人ヒーロークラウンまさかの敗北」の文字がデカデカと踊っていた。
その記事を読み飛ばしてほかの記事を読む。
「アメリカ軍、怪人コブラを討伐」
アメリカ軍が遂に怪人コブラの討伐を果たした。コブラはかつてよりアメリカ軍が追っていた危険な怪人で被害者総数は500人とも言われていた。
(ふーん、そりゃおっかない怪人がいたものだ)
米や野菜を平らげた俺が最後に味噌汁を飲みかけたその時、突然向かいに座ったサツキが口を開いた。
「お兄ちゃん……私、国家ヒーローになる!」
「ブゥッ!!!」
予想外の発言に思わず口の中のものを噴き出す。
「汚い!」
その煽りを受けたサツキが酷く嫌そうな顔をした。
「わりぃわりぃ。お前が突然ヒーローになるとかいうから……」
「突然じゃないでしょ! 前からずっと言ってたでしょ!」
頬を膨らませたサツキがガバリと椅子から立ち上がる。
ヒーローには『国家ヒーロー』と『民間ヒーロー』の二種類がある。
国家ヒーローは国が組織する軍隊で国家公務員として働き、
民間ヒーローは『ヒーロー事務所』と呼ばれる一般の会社でサラリーマンとして働く。
国家ヒーローはヒーローとしてノウハウを一から教えてくれるため、最初は国家ヒーローから始めて後に民間ヒーローとして活躍する人が多い。
「というか、お兄ちゃんいつも『お前がヒーローになる? ああ、いいよ……万が一……いや、億が一にでもヒーロー資格が取れたらな! デュフフッ!』って言ってたよね?」
「ギクッ!」
こちらに身を乗り出したサツキが大仰な身振り手振りで俺の真似をする。
(し、しまった! サツキがヒーロー資格を取れるわけないと思って散々煽っていたのが裏目に!?
しかし、サツキがヒーローになってガーディアンズと戦うのは困るな……)
窮地に追い込まれた俺は、
「い、田舎の父さんと母さんには言ったのか?」
最終兵器父ちゃん母ちゃんを出すことにした。
母さんはまだしも父さんは非常に気難しい男だ。
そのうえサツキを溺愛している。
(危険なヒーローになるなんて絶対許さないはずだ!)
しかし、予想に反してサツキが元気に答える。
「勿論! 娘の夢なら応援するって言ってくれたよ!」
「うそーん」
愕然とする俺を残してさっさと妹が家を出ていった。
その後ろ姿を見送り、深くため息吐く。
壁際のカレンダーを見ると、今日は月一の幹部会議だ。
(だる……)
足元の仕事鞄を持ち上げた俺は、再び深いため息を吐いた。
☆☆☆☆☆☆
足早に出社した俺は、朝一番で会議室に向かった。
フロアの最奥にある広い部屋に入ると、既に俺以外の幹部全員が揃っている。
どうやらボスはまだ来ていないようだ。
(ふぅ、今日はなんとか間に合った。昨日の今日で遅刻したら流石にボスにぶっとばされるからな)
ホッと息を吐いた俺が円形の机を回り込み、自身の席に着くと、
「やあ、相棒。昨日のニュース見たよ。期待の新人ヒーローを絞めたのは君だろ? 流石だね」
隣の席の金髪オールバックの男が馴れ馴れしく腕を回してくる。
オシャレなスーツを完璧に着こなしたどこか陰のあるイケメン。
こいつは組織のナンバーツー。“ティガー”だ。
「別に絞めたわけじゃねーよ。というか、暑苦しいから離せ」
露骨に顔をしかめた俺は首元に回された腕を雑に払った。
俺は基本どんな怪人も怖いがこいつだけは怖くない。
ティガーの怪人衝動は『自分より強い奴と戦うこと』だ。
これだけ聞くと好戦的に思える。
しかし、実はこの男人生で一度も戦ったことがない。
なんでも戦いたいと思う相手が現れても、実際に向かい合った瞬間に何となく自分の方が強いような気がして、戦う気が削がれてしまうとか。
結果、0戦0勝0敗。自称、無敗の男の完成である。
実に間抜けな話だ。
では、なぜこんな大馬鹿勘違い野郎をボスが雇っているのか。
実はこのティガー超優秀な戦略家なのである。
有事の指揮を任せられるからのナンバーツーだ。
無駄に馴れ馴れしいのは鬱陶しいが、俺が幹部の中で唯一気兼ねなく話せる相手である。
俺とティガーが腕を回す、振り払う、腕を回す、振り払うを繰り返していると、
「全然さすがじゃないわよ!」
不意に向かいに座った紫髮の女が怒鳴ってきた。
彼女は“スコーピオン”。組織のナンバーファイブで俺の同期である。
ツインテドリルの狐顔美人。
両目を吊り上げて何やら酷く怒った様子だ。
「な、何怒ってんだ?」
そのあまりの剣幕に頬をひきつらせる。
スコーピオンはサソリ女の異名を持つ非常に恐ろしい女だ。
こいつの毒で攻撃されると全身が溶け出して酷い死に方をする。
絶対に敵に回したくない怪人の一人だ。
怒り心頭のスコーピオンが腰に手を当てて俺を責め立てる。
「あのヒーローがあのまま暴れていればうちに依頼が来たかもしれないでしょ! もし、依頼として倒せばかなりの額になったのにそれをあんたは!」
「た、たしかに!?」
「経理のくせにそんなことも分からなかったの? 先走って倒してほんと使えない愚図ね」
「ガビーン」
あまりにも攻撃力の高い言葉に思わずフリーズする。
心はズタズタだ。
俺がピクピクと痙攣していると、
「スコーピオン言い過ぎだよ!」
不意にティガーが横から口を出してきた。
その瞬間、
「な、何よ。私間違ったこと言ってないんだから!」
突然スコーピオンがタジタジになる。
スコーピオンはティガーに惚れているのである。
これは周知の事実。気づいてないのはティガーだけだ。
(まあ、こいつは底抜けの馬鹿で鈍感だからな……)
「君、何を赤くなってるんだい?」
「なってないわよ!」
「なってるだろう?」
「なってないって!」
身を乗り出して言い合うティガーとスコーピオン。
そのやり取りを他の幹部たちが恐ろしいほど冷めた目で見ている。
二人の言い合いがいよいよ見ていられなくなったその時、
「おい、お前たち! 話し声が外まで響いてるぞ!ほかの社員に示しがつかんだろうが!」
ドタドタと足音を立ててボスが会議室に入ってきた。
それを合図に月一の幹部会議が始まる。
最初は決算報告からだ。
そして、話は今後の方針について。
机に両手をついたボスが幹部全員を見回して口を開く。
「最近、何やら国家ヒーロー軍に嫌な動きがあるようだ! 何でも怪人から抽出した猛毒サンプルをアメリカ軍から入手し、兵器への転用実験をしているとか。他の組織では既にその毒物兵器の試用による被害者が出ているようだ。十分に注意しろ!」
「「はい!」」
ボスの忠告に幹部全員が頷いて会議終了となる。
何やら世間ではとんでもない毒物兵器が出回っているようだ。
(まあ、俺には関係ないか。非戦闘員だからな)
頭の上で腕を組んだ俺は、天井を見上げて口笛を吹いた。
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