第4話 アンチヒーロー
薄い路地裏に下卑た笑い声と小さな呻き声が響く。
金色のバトルスーツを纏ったヒーロー“クラウン”は気心の知れた仲間達と共に地面に蹲った怪人を蹴っていた。
怪人の名はバロール。羊型の怪人で、最近、世間を賑わせていた凶悪な怪人だ。
ここ数日、目についた筋肉質な人間を片っ端から襲うという奇行に及んでおり、死傷者は20人にものぼっていた。
彼曰く、「ゴツゴツとしたものは嫌い! マッチョは全員殺す!」とのことだ。
しかし、そんな凶悪な怪人も期待の新人ヒーロー『クラウン』の前では無力だったようで、今では使い古したボロ雑巾のようになり地面に転がっている。
「弱ぇなぁ! 怪人ってやつはどいつもこいつも!」
吐き捨てるように言ったクラウンが血塗れのバロールの腹に全力の蹴りを叩き込む。
すると、それまで呻き声を上げていたバロールがピクリとも動かなくなった。
「なんだ? 死んだのか?」
「うひょ、蹴りで怪人殺すとかウケるー」
それを見ていた仲間達が手を叩いてはしゃぐ。
「はは、ほんと無様な死に様だぜ」
仲間達につられて自然と口角を上げたクラウン。
その後も散々仲間達と馬鹿笑いして怪人に背を向けた。
「さて、仕事も早く片付いたことだしキャバクラでも行くか」
「ギャハハ! お前、ヒーローになってからそればっかじゃねぇか!」
「やっぱり怪人と遊ぶより女の子と遊んだ方が楽しいよな!」
クラウンの提案に仲間達が小躍りを始める。
すっかり祝勝気分の一行が路地裏から出ようとしたその時、
コツリ。
不意に背後の暗闇から小さな足音が聞こえた。
「!?」
突然の事に全員が一斉に足を止める。
鋭く目を細めたクラウンが振り向くと、いつの間にか羊の怪人の死体の前に一つの人影が立っていた。
真っ黒なバトルスーツを纏った細身の男。
羊の怪人を劬わるようにして瞼を閉じさせる。
「なんだお前?」
鼻に皺を寄せてクラウンが尋ねるが、男からの返答はなかった。
代わりに素早く腰のブレードを引き抜く。
柄から刀身まで銀に輝く美しい短剣だ。
そのままゆっくりとこちらに近づいてくる。
「おい、なんのつもりだ? それ以上近づいたら無力化するぞ?」
最終警告の意を込めて呼びかけるクラウン。
それでも相手の足取りは止まらない。
(チッ、一般人の悪ふざけか? よく居るんだよなぁ。分も弁えずヒーローに喧嘩売ってくる馬鹿が!)
「……仕方ない。武力行使だ。おい、お前ら。そいつを無力化しろ!」
クラウンの号令と共に仲間達が一斉に地面を蹴った。
その数全部で5人。
全員がハイスペックの新人ヒーローだ。
「オラァ!」
一気に距離を詰めた先頭の一人が気合のこもった声と共に手刀を放つ。
しかし、それを黒尽くめの男があっさりと躱した。
直後に鋭い回し蹴りを放つ。
その一撃は仲間の右頬を見事に捉え、一瞬で意識を刈り取った。
続いて殴りかかった他の仲間達も次々と無力化されていく。
黒尽くめの男の動きは速すぎて目で追うのすら困難だ。
右手に握った銀のブレードは一切使用しない徒手格闘。
気づくと、クラウンの仲間全員が地面に沈んでいた。
「な、何者だお前!?」
その一部始終を見ていたクラウンが弾かれたように腰のブレードを抜く。
直後に鉄色の柄からビーム性の刃が飛び出した。
アメリカのライラック研究所が開発した新型兵器ビームソード01。試験モデルを特別に取り寄せた非売品だ。
薄暗い路地を青白い光が照らす。
改めて相手の顔を見るが、黒のヘルメットで覆われていて表情は窺い知れない。
ただ、その下にある顔が人間のものでない事だけは分かった。
闇の中に浮かぶ立ち姿から得も言われぬ恐怖を感じて冷や汗を垂らす。
(この俺がビビっているというのか……怪人如きに!?)
「ありえねぇ……ありえねぇ! ありえねぇ! この俺は将来この国を背負って立つヒーローになる男だ!」
空に向かって吠えることで自らを奮い立たせたクラウン。
一気に腰を落とすと、低姿勢のまま敵に突っ込んだ。
両手で握ったビームソードを素早く上段に構え、全体重を乗せて振り下ろす。
ブンッ!
しかし、接触の瞬間に黒尽くめの男の姿がブレた。
僅かに体の位置をズラすことでクラウンの剣先を躱すと、柄の根元を蹴って吹き飛ばす。
(なっ!?)
思わず剣を取り落としたクラウン。
慌てて身を引こうとするが、勢い余った体を止めれない。
ガラ空きになった首元を黒尽くめの男に片手で絞め上げられた。
地面が足から離れ、息が苦しくなる。
「くそ! 離せ!」
フェイスガード裏の電子版に表示されたクラウンの心拍数がどんどん上昇していった。
両腕に力を込めて何とか首元の拘束を外そうとするがビクともしない。
視界の右端に踊る数字はスーツへの適合率40%。
(外れロォォォォ!!!)
体へかかる負荷を無視してスーツの出力を上げる。
スーツの適合率か40%から45%まで上がる。
ヒーローは適合率1%を上げる為に血の滲むような努力をするのだ。
その過程を飛ばして身に余る力を行使すれば、脳も身体も耐えられない。
「あ゙ァァァ!!!」
目から。鼻から。耳から。血の筋が流れる。
それでも手元の拘束は外れない。
「ア゙ア゙ァァァァァァァァァ!!!」
フェイスガード裏の電子版が赤く点滅し、適合率50パーセントの文字が画面脇で光る。
ブチリ。
直後に全身の力が抜けた。
視界が薄暗くなり、敵の姿も見えなくなる。
(なんだ……何なんだこの化け物は……)
ゴポリと口元から血を吐いたクラウンは底知れぬ寒さを覚えながら意識を失った。
☆☆☆☆☆☆
「ビームソードぉ〜♩ ビームソードぉ〜♩」
薄暗い路地裏には金色のヒーローとその仲間達が力なく倒れている。
全身真っ黒のバトルスーツを纏った俺は、鼻歌混じりに足元の新型ブレードを拾い上げた。
花柄の紋様が刻まれた鉄色の剣柄。
その中央に作られたボタンを押すと、ビーム性の青白い刃が飛び出す。
「テレビで見た時から欲しくて仕方なかったんだよなぁ。やっぱりかっこいいなぁ」
試し切りしてみると、片手で持つにはかなり重い。
そこはまだ試作品といったところか。
しかし、斬りつけたコンクリートの壁は何の抵抗もなく崩れ落ちた。
実践に使うにはもう少し改良が必要なようだが、威力自体は申し分ない。
「うしし、やべぇ」
ここ数日、恋い焦がれていた一品を手に入れて思わず気持ち悪い笑い声をこぼす。
そんな俺の視界の端ではスーツとの適合率100%を示す真紅の文字が光り輝いていた。
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