第2話 悪の組織

 チン。

 エレベーターのランプが点灯し、四階に到着したことを示した。

 ぎごちない音とともにドアが開く。

 目の前に続くのはグレーのカーペットが引かれた簡素な通路だ。


 ここは怪人達が働く会社。

 世間一般で言う所の『悪の組織』だ。


 悪の組織と聞くと物騒で無秩序な反社会組織を思い描くかもしれないが、実態は全然違う。

 怪人社会も人間社会と同様に雇用被雇用の関係が成り立っており、働きに応じて給料をもらえる。


 怪人の会社が人間の会社と唯一違うのはその業務内容に『ヒーロー本部襲撃』や『ヒーローの暗殺』が含まれること。

 因みに俺は非戦闘員契約で雇われている為、会社の命令で戦うことはない。


(荒事は戦闘特化の怪人達に任せるに限る。俺みたいなか弱い怪人は後方で安全な事務作業だっ)

 軽い足取りの俺が鼻歌交じりに受付横を通ると、


「あっ、ダマーラさん! おはようございます!」

通り際に受付嬢に挨拶される。

 “ダマーラ”というのは俺のいわゆる怪人ネームというやつだ。


 その場で足を止めて振り向くと、一人の受付嬢が笑顔で手を振っていた。

 彼女は鹿目マイ。組織のマドンナ的な存在で、男なら誰でも目を奪われるような美しい見た目をしている。


(ああ、マイさんは相変わらず可愛いなぁ。こんな陰気な俺にも毎朝声をかけてくれるなんて天使だ……)

 相好を崩した俺がデレデレしながら手を振り返していると、


「おい、ダマーラ。五分の遅刻だぞ?」

不意に背後から重々しい声が聞こえてきた。

 続けて、どデカい手で頭を掴まれて強制的に後ろを向かされる。


 すると、目の前に岩のような顔をした大男が立っていた。

 子供が見たら泣いて逃げ出しそうなこの男は俺が所属する組織『ガーディアンズ』のボスだ。

 怪人ネーム“タイタン”と呼ばれており、超一級の怪人として指名手配されている。


 日本全国に一万以上の悪の組織が存在する中でガーディアンズはそれなりに有名な方だろう。

 その一番の理由がボスのタイタンにある。

 多くの組織が『世界征服』や『怪人の地位向上』を掲げて戦う中、ガーディアンズは『弱い怪人達の味方』という非常に曖昧な信念を掲げている。


 怪人は怪人であるというだけでヒーローに殺害されるが、中には非戦闘型で大人しく暮らしている者もいるのだ。

 そんな怪人達に代わってヒーローと戦う。

 それがガーディアンズの目的だ。


 主な業務内容は『弱い怪人を狙うヒーローの抹殺』や『バトルスーツ開発工場の破壊』など。

 これだけ聞くと、高尚な志に思えるが、実際の内情は酷い。

 その性質上、ガーディアンズの戦闘員は対ヒーローの戦闘が多いため、『ただ強い奴と戦いたい!』『この世は強さこそが全て!』などと本気で考えている戦闘狂ばかりが入ってくる。


 そんな中、数少ない非戦闘員として雇われている俺の肩身は狭いものだ。


「いいか? ダマーラ。お前は仮にも非戦闘員を纏める幹部なんだ。毎日遅刻では下に示しがつかんだろう?」

「いや、しかし……今日は電車が五分遅れていて……」


「お前、昨日も電車が遅れたって言っただろう?」

「 え? そうでしたっけ……」


「ああ、因みに一昨日も遅れたらしい。お前がいうにはな」

「へ、へぇ。それはよく遅れる電車ですね。こりゃ管理会社に電話しないといけないなぁ……アハハ……」


「グハハハッ。そりゃあ本当にどうしようもない会社だなぁ」

「本当に勘弁して欲しいですよ。ハハッ……!」


「ガッハッハ!」

「あーひゃっひゃっ!」

 散々二人で笑いあった後にボスがスマホの画面を見せてきた。

 電車の運行状況:『本日の事故・遅延はありません』


「カァ……」

 魂の抜けた顔であんぐりと口を開く俺に、ボスの怒りの鉄拳が飛んできた。


「嘘つくなこのたわけがぁ!!!」


 ゴツン。

 その後、別室に連れていかれた俺はボスに一対一でこってりと叱られた。


☆☆☆☆☆☆


 ガーディアンズの本部は普通のオフィスビルの中にある。

 ワンフロアを丸々貸し切っており、パッと見は普通の事務所と変わらない。


(ああ、痛ぇ。首が千切れるかと思ったぁ……)

 腫れた頬を押さえた俺が重い足取りで自らの席に着くと、それと同時に隣の席に座るだらしない格好の女性が話しかけてきた。


「ダマーラさん、聞いてくださいよー」

 彼女は“ハイエナ”。非戦闘員をまとめ上げる俺の数少ない部下の一人だ。

 視線だけで人を殺せそうな三白眼が特徴で、首元にゴリゴリのシルバーチェーンを下げている。


 漆黒の特攻服を纏ったその姿はザ・ヤンキー女といった感じだ。

 肩まで届くストレートな銀髪を七三に分けた彼女は今年で19なのだが、とても二十歳前とは思えないほどの迫力がある。


「先日から戦闘部隊の奴らの引き抜きがホントしつこいんですよー。私は戦う気は無いって言ってるのに。ダマーラさんなんとかしてくれませんかね?」

「いやいや、そんなこと言われても……そんな事して俺が戦闘部隊の奴らに目をつけられたらどうするんだ……絶対嫌だよ」


「そんなぁ。私が社内で頼れるのダマーラさんしかいないんですから」

 その後もしつこく頼み込んでくるハイエナを何とか振り払って机と向かい合う。


 ハイエナは元超武闘派の怪人だ。

 変身するとその名の通り、二足歩行のハイエナ人間になるらしい。

 肉食獣をモチーフにした怪人は例外なく戦闘力が高い。

 いや、マジで鬼強い。

 肉食獣型と知った瞬間にヒーロー達が裸足で逃げ出すほどだ。


 そして非常に厄介なことにめちゃくちゃ癇癪持ちが多い。

 それはハイエナも例外ではなく、前勤めていた会社では口論になった上司を八つ裂きにしてクビになったらしい。


(いや、こいつマジで怖いんだよな。さっさと戦闘部隊に行ってくれないかなぁ)

 深々と溜息を吐いた俺は、気を取り直して仕事に向かった。


 俺はガーディアンズに六人しかいない幹部の一人だ。

 ボスから経理の全てを任されている。


 直属の部下は全部で五人。全員が非戦闘員だ。


 気合いを入れた俺が黙々とパソコンをいじっていると、昼前にはやる事がなくなってしまった。


(今日マジで暇だな……)

 手持ち無沙汰になり、足元の鞄から一冊の冊子を取り出す。


『月刊バトルスーツ!』

 俺の愛読書であり、退屈な人生に彩りを与えてくれる最高のアイテム。

 ヒーローが纏うバトルスーツの最新情報があます事なく網羅されている。

 因みにバトルスーツの見た目はプロテクター付きのライダースーツ(つなぎ)にフルフェイスのヘルメットを着用したようなものだ。


(ほぇ〜。アメリカのライラック研究所がまた新しいブレードを開発したのか。すげぇ……)

 目の中に飛び込んでくる数々の情報に感動を覚える。俺はバトルスーツやブレードを含めたヒーローが扱う武器にとにかく目がない。


 デスクの上に堂々と冊子を広げた俺が興奮気味にその中身を眺めていると、


「ダマーラさん。またバトルスーツっすか? ほんと好きっすねぇ」

不意に横からハイエナが覗き込んできた。

 その苦笑顔の前に読んでいた冊子を掲げる。


「見ろよハイエナ。このブレード、アメリカのライラック研究室が開発した新型だってよ! エネルギー放出系のプラズマ刃で最高温度2000℃にもなるらしい! こんなので斬られたらひとたまりもないよなぁ」

 その後も俺がブレードの凄さを滔々と語っていると、


「ああ、はいはい。私、そういうのぜんぜん分からないので続きは“禿鷲”にでも語ってください」

また始まったとばかりにハイエナが逃げるようにして席を立った。

 そのまま、足早に去っていく。


「おーい……」

 完全に話の腰を折られた俺は、その後ろ姿を呆然と見送ることしかできなかった。

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