妹の『ヒーロー』としての活躍が目覚ましすぎて『悪の組織幹部』の俺の立場がヤバイ件!!!

鯵fly

第一章 悪の組織での日常

第1話 プロローグ/始まり

 西暦2030年1月1日。


 その日、世界で初めて『怪人』の存在が確認された。

 始まりの怪人「ホワイトタイガー」は人間の姿から体長3メートル超えの白虎へと姿を変え、多くの人々を襲ったという。


 この時に出た死者の数は千人以上。

 アメリカ軍、ロシア軍、ドイツ軍の協力によりホワイトタイガーは何とか討伐されたが、それ以降世界各地で怪人による被害が多発した。


 その度に人類は多くの死者を出し、疲弊していった。

 そんな人類が反撃に転じたのは、2040年を過ぎた頃。


 突如、人類の中にこれまでの人類とは比べ物にならない程の運動能力を持った超人、『ハイスペック』が現れ始めたのだ。


 また、それと同時期にアメリカ軍が対怪人用の兵器、『バトルスーツ』の開発に成功する。

 バトルスーツは装着した者の運動能力や耐久力を爆発的に跳ね上げてくれる。


 ハイスペック×バトルスーツ。

 この二つの掛け合わせにより、遂に人類は一対一で怪人を圧倒できるまでの力を手に入れるに至ったのだ。


 時は2090年3月末。

 人類は既に怪人が現れる前の平穏を取り戻し、バトルスーツを着て怪人を倒すハイスペック達は『ヒーロー』として人々に崇められていた……。


☆☆☆☆☆


 ジリジリジリ。

 枕元で目覚ましが鳴る。


(……もう朝か。早すぎる)

 薄眼を開けた俺はそのままの体勢で目覚まし時計に手を伸ばすと、その電源を切った。


(やっと、静かになったか。眠いからもう一度寝よう)

 そして、再び枕に頭をもたげ、目を閉じる。


 眠気が再び俺を包み込むまではあっという間で、正に眠りに落ちようかという瞬間、

「お兄ちゃん! 早く起きないと会社に遅刻するよ!」

甲高い声が俺の耳を貫いた。


(う、うるせぇ。朝からなんて声出しやがる……)

 再び目を開けると、今年で16歳になる妹のサツキがこちらを覗き込んでいた。

 癖のあるライトブラウンの髪を複数のピンで留めたショートボブの少女。パッチリとした目元が特徴的で、猫のような愛らしい顔をしている。


「ほら、早く支度して」

「わかったよ」

 ベッド脇に仁王立ちして動かない妹に急かされて布団から出た。


 その足で洗面所に向かい、歯を磨く。


 ぼうっと歯ブラシを動かす俺が顔を上げると、鏡の中に顔色の悪い男が立っていた。

 目元のクマが酷い吸血鬼のような不気味な男。

 俺、三枝アマスケは今年で23歳になるサラリーマンだ。


 そして、人間社会に溶け込んだ怪人である。


 怪人と聞くと、自然発生して所構わず暴れまわる人型の化け物を想像するかもしれないが実際はそうではない。


 人類は進化によって三つの形に分岐した。

 それまでの人類を示す『ヒューマン』、超人的な身体能力を有する『ハイスペック』、そして、社会に害をなす『怪人』だ。

 近年、とある学者の研究により、怪人は化け物に「変身」する能力を持った人間である事が解明された。


 怪人が人間を襲う理由は『怪人衝動』と呼ばれる強い欲求があるからだ。

 怪人達はそれぞれが特定の物や行為に強い執着を持っており、その誘惑に抗えない。

 例えば、車好きの怪人は欲しい車の為なら平気で盗みをするし、必要なら殺しも厭わないのだ。


 なんでも、とある大学の統計によると怪人が0歳〜20歳までに犯罪に手を染める確率は100パーセントだとか。


 因みに俺の変身後の姿は青みがかった半透明のアメーバだ。アメーバ型の怪人は例外なく戦闘力が低い。

 そして、俺が怪人であることは妹にも知られていない。


 身支度を済ませた俺が居間に戻ると、既に食卓に朝食が並べられていた。

 食事の準備はいつもサツキがしてくれる。


(サツキの奴、また料理の腕を上げたな?)

 朝からしっかり作り込まれた卵料理に俺が舌鼓を打っていると、


「お兄ちゃん。今日私、能力測定の日だから! 夕食作れないから仕事帰りに弁当でも買ってきてね!」

向かいに座ったサツキが箸先をこちらに指して言ってきた。


「……おう」

 それに生返事を返す。


 妹のサツキは先日中学を卒業したばかりのハイスペックだ。

 ハイスペックは定期的に能力測定を受けることが義務付けられている。

 能力測定とはいわゆる体力測定みたいなものだ。

 どれだけ速く走れるか。どれだけ重い物を持ち上げれるか。動体視力はいかほどのものかなど、国によって決められたテストを幾つもこなす。

 ここでいい結果を残すと、国家資格である『ヒーロー資格』を得られるのだ。


 この資格を得るために多くのハイスペック達が血の滲むような努力をしている。

 妹のサツキも例に漏れずその一人であった。


 ここ数年、学校から帰って来ては毎日外で友達と特訓しているようだ。


「よーし、今回のテストこそいい結果を出してやるぞぉ〜」

 意気込んでガッツポーズをするサツキに、


「無理無理。お前、昔から体弱かったし、血とか苦手だったじゃん。ヒーロー向いてないって」

食事を終えた俺が半笑いで横槍を指すと、


「うっさい! それは小学生の時の話でしょ! もう三年前とは違うんだから!」

むくれ顔のサツキがピシャリと言い返してきた。

 三年前の能力測定でサツキはそれはそれは低い結果を出している。

 よくあれでヒーローを諦めなかったものだと感心するほどだ。


「見てなさい? 今回のテストで絶対ヒーロー資格を取ってやるんだから! あとで吠え面かいても知らないからね?」

 大層ご立腹の様子のサツキが手早く食器を片付けて、学生鞄を手に取る。


「それじゃあ、私もう行くから!」

 そう言うと、肩を怒らせて玄関を出て行った。


「車に気をつけろよー」

 その後ろ姿に気の抜けた声を掛ける。


(ほんと、ヒーローの何が良いんだかねぇ……)

 小さく首を傾げた俺が壁際を見ると、思ったよりも時計の針が進んでいた。


「やべ、俺も早く仕事行かないと!」

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