【ボイスドラマ化記念☆書き下ろしショートストーリー】新曲つくろう


「今から第三十九回、新曲会議をやりまっす!」


 カズさんが練習後に叫ぶ。

片付けが終わってスタジオを出た瞬間だった。背後ではガラスの自動ドアがガタガタと音を立てて閉まっていく。


「おい、そういうことは事前に言えよ。みんなにも都合があるだろうが」


 じゅんさんが嫌そうに眉間に皺を寄せる。

 確かに、練習後にもし予定を入れていたら大迷惑だろう。僕は何にも予定ないから別にいいけど。


「だって今思いついたんだもん」

「もん、とか言うな。カズが言っても可愛くない」

「えー、言えとか言うなとか、マジうざぁ」


 カズさんが半目の腹立つ顔で、順さんの怒りを煽っている。


「こんのやろう……!」


 順さんの歯ぎしりの音が聞こえそうだ。歯ぎしりの音はちょっと苦手だから離れていようかな。


「はい、リーダー!」


 痴話喧嘩のような空気を切り裂いたのはようくんだ。元気よく手まで挙げている。


「陽、なんだ?」

「順兄はごちゃごちゃ言ってるけど、気にしないで良いっすよ。俺も順兄もこのあと予定ないんで」

「陽、なんで俺の予定をお前が語るんだよ」

「だって、俺ら今日はもう家帰って晩飯食うだけじゃん」


 陽くんが実弟ならではの事実を暴露する。

 順さんは相変わらず大変そうだ。カズさんも陽くんも自由人だから。でも、このわちゃわちゃした感じが、クライズシンドロームなんだよなぁと、しみじみ思う。


「りーく、お前も来るよな?」


 ガバリと肩を組まれた。勢いが良すぎて傾いてしまう。


「は、はい。大丈夫です」

「そうこなくちゃ。俺さ、今回ちょっと気合い入れた曲作りたいんだよ」

「もしかして……佐藤さんとこのバンドが新曲披露するからですか?」


 次のライブで対バンするバンドのSNSに、新曲を披露するという告知が先ほど上がっていたのだ。


「お、陸も告知見た? そうなんだよ。向こうがそう来るなら、こっちも負けない何かを用意したいじゃん」


 負けず嫌いな子どものように、カズさんは意気込んでいる。

 佐藤さんは僕がクライズシンドロームに入る前に、サポートメンバーとしてベースを弾いていた人だ。今は新しいバンドを組んで活動していて、次のライブで初めて対バンすることになっている。


「確かに! 佐藤さんには俺たちの今を見せつけたいっすよね」


 陽くんがカズさんとは逆側から肩を組んできた。二人とも僕より背が高いから、肩を組むというよりは、のし掛かられているような状態である。


「だろ? だから新曲会議すんの。で、どーするよ順。一人だけ帰るのか?」


 カズさんが挑発するかのようにニヤリと笑う。

 僕に寄りかかるように二人がいて、順さんを見る。まるで三対一のような構図だ。


「行くよ、行けばいいんだろ。どうせ俺がいなきゃグダグダになって話がまとまらないんだしな」

「そうそう。順がいなくちゃ俺たち何も出来ないから。いつもありがとな。頼りにしてるぜ!」


 調子よくカズさんが順さんに感謝を伝える。

 こういう風に、さりげなく「ありがとう」って言っちゃえるから、順さんもきっと怒りきれないんだろうなぁ。



 ***



 新曲会議のため、僕たちはそのままファミレスに来た。夕食にはまだ早い時間帯なので、さほど混み合ってはいない。


「せっかく新曲つくるんなら、いつもと違うことしてみんなを驚かせようぜ」

「例えば?」


 順さんがメモの準備をしながらカズさんに尋ねる。


「んー、楽器を交換するとか」

「却下。練習時間が圧倒的に足りない。お客に聴かせるレベルにならないのならやるべきじゃない」

「マジレスつら……」


 カズさんがシュンとうなだれてしまった。


「はいはいはいはーい!」

「陽、『はい』は一回で十分だ」

「はいはい。んで――」

「だから、一回だと言ってるだろうが!」


 いきなり幼児と先生のやりとりみたいなことが始まった。


「見た目で新鮮さを出すとかは?」


 陽くんは流れをバッサリ無視して話し出す。


「衣装を作るってことか」

「そうっす。みんなでメイドの格好したらウケると思う!」

「なんでメイドなんだよ! 却下だ!」


 僕もメイド服は遠慮したいなぁ……。


「却下ばっか、じゃあ順も何か案だせよ」


 カズさんが恨めしそうに順さんを見る。


「俺の案か…………久しぶりにカズがギター弾くとかどうだ? 楽器を交換するのは無理だが、これなら観客も喜ぶだろ」


 普段カズさんはボーカルに専念しているが、ギターの腕は一流だ。ギターの順さん、ドラムの陽くん、ベースの僕が、それぞれ新しい楽器に手を出すよりは現実的だろう。


「ギターかぁ、たまには良いかも。でも、前にも客前で弾いたことはあるから、新鮮味っていうとちょっと物足りない気がする」


 順さんの案はなかなか良さそうだが、カズさん的にはもう少し欲しいようだ。


「はいはーい、リーダー! ツインギターだけなら前もやったことあるから、ボーカルも二人にしちゃうとかはどうっすか?」

「ツインボーカルか。確かにやったことないな」


 カズさんが目を瞑って考え込んでいたかと思うと、急に僕の方を見て来た。


「陸はどう思う?」

「えっと、僕は、面白そうだと思います」

「よし。じゃあツインボーカルで作るか」


 ツインボーカルの方向で決まったらしい。どんな曲になるのかな。でも、きっとカズさんと順さんのツインボーカルは、いつもの会話みたいにポンポンと軽快なやりとりになりそう。


「じゃあ、誰と誰が歌う?」


 えっ……?

 カズさんの問いかけに、僕の頭の中は疑問符が舞う。


「どうしたよ、りく。そんな不思議そうな顔して」

「い、いえ、その、カズさんは当然として、順さんが歌うとばかり思っていたので」

「俺もギター弾こうと思ってるし、みんな楽器持ってるなら誰が歌ってもいいじゃん。順はどう思う?」

「まぁ新しいことをして驚かせるっていうなら、それくらいした方が挑戦してる感が伝わっていいかもな」

「だろ?」


 話がどんどん進んでいるが、じゃあ、もしかして僕が歌う可能性もあるってこと?


「リーダー、ならここは平等にあみだくじでどうっすか?」

「いいね。運に任せてみるか」


 え、歌う可能性が二分の一なんですけど。


「ほら陸、どこがいい?」


 五線譜のルーズリーフに雑に書かれたあみだくじの線。正直選びたくない。だって半分の確率で歌うんだから。人前で歌うとか、荷が重すぎなんですけど。

 震える指で、端っこの線を選んだ。


「よーし、当たりは誰かなぁ」


 カズさんが楽しそうに赤ペンで線をなぞり始めた。


「おっ、一人目は俺じゃん。やっぱり俺はボーカルの星に生まれついてんだな」

「さすがリーダー!」


 陽くんが盛り上げている。

 三分の一になった。お願いだ、当たらないでくれ。いや、むしろ僕にとっては当たりが外れなんですけどね!


「二人目は……へぇ、いいじゃん」


 カズさんの声がいたずらな響きを含んだ。嫌な予感がする。


「陸兄じゃないっすか! え、めっちゃ客に受けそう」

「うそ、本当に僕なの?」


 恐る恐るあみだくじの線を辿る。

 間違いなく僕のところにたどり着いてしまった。


「よし、俺と陸が歌うことに決定な」


 僕は助けを求めるように順さんを見る。


「そんな不安そうな顔するなって」

「で、でも、コーラスで歌うのとは訳が違いますよ。僕の声として響くなんて……」

「陸はキーも安定してるし、心配することないよ。それに陸の歌声ってさ、ファンはちゃんと聞いたことないから良い機会になるって。絶対ファンは喜ぶと思う」


 順さんも乗り気なようだ。これは、本当に歌わなきゃいけないってこと?


「大丈夫だって陸。俺と一緒に歌うんだから、絶対に楽しいって!」


 ――楽しい?


 笑顔のカズさんの言葉に、なんだか毒気が抜かれてしまった。


 そうか、楽しいかどうかが判断基準なんだ。いろいろ考えると不安で怖くて無理だって思っちゃうけど。純粋にカズさんと一緒に歌う、それだけを考えてみたら、確かにすごく楽しそうだ。


「僕、やってみます」

「おう、そうこなくちゃ!」



 こうして新曲の方向性は決まった。そして、曲の内容について打ち合わせを進めていると、カズさんの携帯が鳴った。


「え、誰だろ?――――はい、そうです。クライズシンドロームです」


 話し始めた口調からすると、相手は友達とかではなく、どうやら偉い人な感じだ。


「ラジオ? え、本当ですか? はい、もちろんやります!」


 カズさんはそのまま話を受けてしまった。また勝手に決めて順さんに怒られるぞと思いつつ、意味深な『ラジオ』という言葉が気になる……。

 

 まさか、本当にラジオやるの?!




(了)


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【ボイスドラマ化】音風シンドローム 鳴らせ、運命のイントロダクション 石川いな帆/角川ビーンズ文庫 @beans

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