2
野上の予想に反し、店内はほとんどの席が埋まっていた。それでも運良くテーブル席が空いており、そこに案内される。
「こんな時間でも混んでるんだな」
「日曜日ですからね。でもお年寄りが多いから、みんな暇なのかな」
そう悪戯っぽく笑いながら、ドリンクメニューを開く。野上はホットコーヒーを、結衣はホットココアを注文した。
「甘いもの好きなの?」
結衣は、うん、とすこし恥ずかしそうに頷いた。
「スイーツ巡りとかも、けっこう好きで。このあいだも、タルト食べ放題のお店に連れていってもらって」
「友達に?」
「友達?」
「うん。いや、べつに誰でもいいんだけど」
「友達っていうより、知り合いって感じかな。それこそ、私と野上さんみたいな」
結衣の言葉に適当な相槌を打ちながら、野上は、この子はけっこう遊んでるのかもしれないな、と思った。
見た感じは育ちの良さそうな女子大生だが、実際はどんな人間なのかなんて外見だけでは判断できない。
「私、まだ上京してきたばっかりで」
野上の思考を遮るように、結衣が言った。
「だから、友達とかほとんどいないんですよね」
「そうなんだ。ちなみに、出身はどこ?」
「博多です」
「そんな遠くから?」
「好きな先輩を追っかけてきたんです」
そう言った結衣の頬は赤く染まっていた。それを見て、野上は考えを改めた。こんなに一途な子が遊んでるわけないじゃないか。心の中で結衣に詫びる。
「じゃあ、今は一人暮らし?」
「そう! 念願叶ってようやく、て感じです」
「念願?」
「うん。ずっと、実家から出たくて。両親と、あまり仲良くないから」
「大変なんだね」
「ちょっとね。でも今は離れて暮らせてるから平気。学費も自分で稼ぐって言ってあるから、むこうもそれ以上は私にとやかく言ってこないし」
「それはすごいな。俺なんて大学で遊びまくってたのに」
「あはは。でも、べつにすごくなんかないですよ。学費だって、奨学金である程度はなんとかなったりするし」
結衣は終始、穏やかな笑みを浮かべながら話していた。苦労してるんだろうな、と野上は彼女をねぎらう。
「今日は、アルバイトとかなかったの?」
「え?」
「いや、自分で稼ぐって言ってたからさ」
「大丈夫。ていうか、バイトすっぽかすわけないですよ、生活かかってるんですから」
「それもそうだな」
「野上さんって優しいですね。こんな初対面の人間を心配してくれるなんて。モテそう」
最後の一言に、野上は危うく口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。
「全然。優しいなんて言われたことないよ。それに、もし仮に俺が優しいんだとしても、それだけで恋愛対象に入れるってわけじゃないだろ」
「まあ、たしかにね。でも私はいいと思うけどな、野上さん」
平然とそんな
「優しさって罪だよね」
呟くように、結衣が言った。それは真正面に座っている野上ですら、聞き逃してしまいそうになるほどの声量だった。
「あんまり優しくしすぎても、かえって損するだけじゃない?」
「どうだろうな。否めない部分はあるけど」
「たとえば?」
結衣はココアを飲みながら、興味深そうに尋ねた。
「学生の頃に『野上くんは私のことべつに好きじゃなかったんだね』って泣かれたことがあったよ。こっちはただの女友達としか思ってなかったんだけど、俺の態度が思わせぶりだったとか言われてさ。さすがに、あれにはまいったな」
「なんとなくわかる気がする」
結衣の言葉に、野上は、そうか、と頭を
「女って面倒だな」
「ねえ野上さん、私が女だってこと忘れてないですか?」
「あ、そうだよな。ごめんごめん」
「ひどいなあ」
そう言いながら、結衣はあどけない笑顔を見せた。
いつのまにか、二人のカップは空になっていた。店の壁に掛けられた時計は、午前十一時を告げていた。
「お昼はどうする?」
「もうこんな時間だったんだ。野上さんと話してたら、あっという間だね」
素直に感想を述べる結衣に、野上は礼を言う。
「お昼ごはんは、そうだなあ。私、
「わかった」
野上は頷くと、伝票を持って席を立った。
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