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 野上の予想に反し、店内はほとんどの席が埋まっていた。それでも運良くテーブル席が空いており、そこに案内される。

「こんな時間でも混んでるんだな」

「日曜日ですからね。でもお年寄りが多いから、みんな暇なのかな」

 そう悪戯っぽく笑いながら、ドリンクメニューを開く。野上はホットコーヒーを、結衣はホットココアを注文した。

「甘いもの好きなの?」

 結衣は、うん、とすこし恥ずかしそうに頷いた。

「スイーツ巡りとかも、けっこう好きで。このあいだも、タルト食べ放題のお店に連れていってもらって」

「友達に?」

「友達?」

「うん。いや、べつに誰でもいいんだけど」

「友達っていうより、知り合いって感じかな。それこそ、私と野上さんみたいな」

 結衣の言葉に適当な相槌を打ちながら、野上は、この子はけっこう遊んでるのかもしれないな、と思った。

 見た感じは育ちの良さそうな女子大生だが、実際はどんな人間なのかなんて外見だけでは判断できない。

「私、まだ上京してきたばっかりで」

 野上の思考を遮るように、結衣が言った。

「だから、友達とかほとんどいないんですよね」

「そうなんだ。ちなみに、出身はどこ?」

「博多です」

「そんな遠くから?」

「好きな先輩を追っかけてきたんです」

 そう言った結衣の頬は赤く染まっていた。それを見て、野上は考えを改めた。こんなに一途な子が遊んでるわけないじゃないか。心の中で結衣に詫びる。

「じゃあ、今は一人暮らし?」

「そう! 念願叶ってようやく、て感じです」

「念願?」

「うん。ずっと、実家から出たくて。両親と、あまり仲良くないから」

「大変なんだね」

「ちょっとね。でも今は離れて暮らせてるから平気。学費も自分で稼ぐって言ってあるから、むこうもそれ以上は私にとやかく言ってこないし」

「それはすごいな。俺なんて大学で遊びまくってたのに」

「あはは。でも、べつにすごくなんかないですよ。学費だって、奨学金である程度はなんとかなったりするし」

 結衣は終始、穏やかな笑みを浮かべながら話していた。苦労してるんだろうな、と野上は彼女をねぎらう。

「今日は、アルバイトとかなかったの?」

「え?」

「いや、自分で稼ぐって言ってたからさ」

「大丈夫。ていうか、バイトすっぽかすわけないですよ、生活かかってるんですから」

「それもそうだな」

「野上さんって優しいですね。こんな初対面の人間を心配してくれるなんて。モテそう」

 最後の一言に、野上は危うく口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。

「全然。優しいなんて言われたことないよ。それに、もし仮に俺が優しいんだとしても、それだけで恋愛対象に入れるってわけじゃないだろ」

「まあ、たしかにね。でも私はいいと思うけどな、野上さん」

 平然とそんな台詞せりふを口にする結衣に、野上はすこし戸惑った。彼女が社交辞令的にそう言っていることは分かっているが、それでも悪い気がしない。

「優しさって罪だよね」

 呟くように、結衣が言った。それは真正面に座っている野上ですら、聞き逃してしまいそうになるほどの声量だった。

「あんまり優しくしすぎても、かえって損するだけじゃない?」

「どうだろうな。否めない部分はあるけど」

「たとえば?」

 結衣はココアを飲みながら、興味深そうに尋ねた。

「学生の頃に『野上くんは私のことべつに好きじゃなかったんだね』って泣かれたことがあったよ。こっちはただの女友達としか思ってなかったんだけど、俺の態度が思わせぶりだったとか言われてさ。さすがに、あれにはまいったな」

「なんとなくわかる気がする」

 結衣の言葉に、野上は、そうか、と頭をいた。

「女って面倒だな」

「ねえ野上さん、私が女だってこと忘れてないですか?」

「あ、そうだよな。ごめんごめん」

「ひどいなあ」

 そう言いながら、結衣はあどけない笑顔を見せた。

 いつのまにか、二人のカップは空になっていた。店の壁に掛けられた時計は、午前十一時を告げていた。

「お昼はどうする?」

「もうこんな時間だったんだ。野上さんと話してたら、あっという間だね」

 素直に感想を述べる結衣に、野上は礼を言う。

「お昼ごはんは、そうだなあ。私、てん麩羅ぷらが食べたい」

「わかった」

 野上は頷くと、伝票を持って席を立った。

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