ラヴァーズ・ジャーニー

木見 花

二〇一七年 春

1

 花冷えの空は、薄く曇っていた。

 今日のために革のジャケットを新しくおろしたが、やはりコートを着てくるべきだったかと野上のがみは軽く後悔した。昨日の雨で、路上には桜の花びらが散りばめられている。花見の時期が終わりに近付いていた。

 目的地に着くと、野上は辺りを見回した。待ち合わせの相手は、顔の知らない女子大生だ。最近流行りの出会い系サイトで知り合った。

 指定された場所は、思っていたよりも人通りが多かった。事前にだいたいの服装を聞いていて良かった、と思いながら、野上はスマートフォンを操作して彼女とのメッセージを確認する。

『白のブラウスに、ピンクのスカートです。バッグの色は黒。』

 それと同じ服装をした少女を見つけ、すみません、と野上は声をかける。

「はい」

 こちらを不審がるような目で見ながら、彼女は返事をした。しかしすぐに、あ、と小さく声をあげる。

「もしかして、野上さんですか?」

 不安げな声だった。胸まで伸ばした栗色の髪を、どこか落ち着かない様子で触っている。

「はい、野上慎也しんやです」

「よかった。初めまして、結衣ゆいです」

 先ほどよりも、心なしか声色が明るくなった。伏せていた目がこちらに向く。

 フルネームで名乗らない彼女に違和感を覚えつつも、まあいいか、と野上は聞き流すことにした。

「初めまして。今日はよろしく」

「こちらこそ」

 互いに頭を下げ、何の打ち合わせもしないまま、どちらからともなく歩き出した。

 まだなんとなくぎこちなさの残る距離を埋めるように、桜の花びらがちらちらと舞いながら二人の間をすり抜けていく。

「結衣さんって、大学生だっけ?」

「はい、今年から。ていうか、私のことは呼び捨てでいいですよ」

 そう言って、結衣は柔らかく微笑む。くるくると忙しく変化する彼女の表情に、野上はかすかな好意を抱いた。

「今日、どうしますか?」

 結衣に尋ねられ、野上は返答に困る。そういえば、デートプランなど全く考えていなかったことに今さらながら気付く。

「お花見とかどうかなって思ってたんですけど。思ったより散っちゃったなあ。しかも今日ちょっと曇ってるし」

「どこか、行きたいところは?」

「うーん。正直、このへんは私もよく来るんですよね。だから、特にないっていうか」

「そうだよなあ」

「野上さんって、あんまり女の人と出かけたりしないんですか?」

「普段は仕事もあって忙しいから、なかなかね」

 痛いところを突かれたな、と野上は苦笑しながら誤魔化ごまかす。

「そういえば、何のお仕事されてるんですか?」

「旅行代理店で働いてる。ただのサラリーマンだよ。大したことない」

「自分は旅行しないのに?」

「君って、けっこう思ったことそのまま言っちゃうタイプなんだね」

「あはは、ごめんなさい。つい」

「でもたしかに、君の言うとおりだ」

 話しているうちに、二人は桜並木を抜け、小さな商店街に来ていた。すこし先のほうに、カフェの看板が見えた。

「とりあえず、お茶でもどう?」

 提案しながら、まだちょっと早いかもしれないな、と野上は思ったが、結衣はそれを快諾した。

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