二〇一七年 夏
1
燦々と降り注ぐ陽の光に
所属しているテニスサークルの飲み会まで、まだすこし時間があった。夏樹が暇を持て余していると、まるでそれを察知したかのようにスマートフォンが鳴った。
「もしもし」
電話の相手は、サークル仲間の
「夏樹、今どこ?」
「今? 駅前だけど」
「もし時間あるなら、先に軽く一杯どう?」
普段なら酒が弱いことを理由に断るところだったが、今はちょうどすることもなかったので、夏樹はその誘いに乗った。いつもの店にいるから、と言うと裕輔は電話を切った。
行きつけの居酒屋は、駅からすぐのところにあった。夏樹が店に入ると、すぐに店員が出迎える。
「何名様ですか?」
「あ、えっと」
返答に困っていると、店の奥から裕輔に名前を呼ばれた。店員は、どうぞ、と言って夏樹を奥へと案内する。
「お疲れ」
そう言った裕輔の左隣には、見知らぬ少女が座っていた。夏樹は困惑しながらも、案内してくれた店員にビールを注文して席に着いた。
「初めまして」
夏樹に向かって、少女が声をかけた。
「
「初めまして、小橋夏樹です」
結衣は確認するように夏樹の名前を復唱すると、よろしくね、と言って微笑んだ。その笑顔を見た夏樹の頭の中には、一目惚れ、という単語が浮かんでいた。
「こいつさ」
二人が互いに自己紹介を終えたのを見て、裕輔がふたたび口を開く。
「今年からウチのサークルに入ってて、今日の飲み会にも行くんだけど、俺以外にまだ知り合いいないんだ。だから夏樹、仲良くしてやって」
話している途中にビールが運ばれてきたので、夏樹はそれを胃に流し込むのと同時に、うん、と曖昧に頷いた。
「夏樹くんは、裕ちゃんと同い年なんでしたっけ」
ふいに、結衣がそう尋ねた。夏樹は、裕ちゃん、という言葉の響きに面食らった。その様子を見て、裕輔が代わりに質問に答えていた。
本人たちは何も言わないが、おそらく二人は恋人同士なのだろう。裕輔は酔うと彼女の話をする、面倒な癖があったことを夏樹は思い出した。
「おーい、夏樹?」
「あ、ごめん。なに?」
「そろそろ出ようぜ」
手首に巻きついた時計の文字盤は、午後五時二十五分を指していた。
飲み会の集合場所は、二つ先の駅だった。電車に乗ろうと三人で改札を抜けたところで「俺、今日ちょっと用事あるから」と裕輔は反対方面へ向かう電車に飛び乗ってしまった。
「裕輔、ひどくないですか?」
電車を待つ間、結衣と二人きりで気まずくなった雰囲気をなんとかしようと、夏樹は冗談っぽく話しかけてみる。しかし、彼女の思い詰めたような表情は動かない。
「大丈夫、ですか?」
「あの」
「はい?」
「追いかけても、いいですか?」
夏樹の目をまっすぐに見つめながら、結衣が言った。その強い眼差しに
反対側のホームに移動し、裕輔が乗ったのと同じ方面へ向かう電車を待つ。
「何か飲みますか?」
沈黙に耐えきれず、夏樹はすぐそこの自販機を指差して結衣に尋ねた。けれど彼女は、ありがとう、と答えるだけだった。仕方なく、夏樹は麦茶を一本だけ買って、結衣のもとへと戻った。
しばらくして、電車がホームへと滑り込んできた。車内は冷房が効いていて、体じゅうの汗が一気に引いていくのを感じた。
「ごめんね」
結衣の声は、ドアの閉まる音にかき消されてしまいそうなほど小さかった。
「裕ちゃん、いつもこうなんだ。デートしてても、途中で『用事があるから』って帰っちゃう。まあ、もう慣れたんだけどね」
「それで結衣さんは、いつもこうして追いかけるの?」
「ううん。いつもは、そのまま帰る。でも今日は、夏樹くんが一緒にいてくれてるから」
そう言って、結衣は笑顔を向ける。しかしその言葉の真意がわからず、夏樹はただ戸惑うことしかできなかった。
「もし何かあっても、夏樹くんなら私のこと、慰めてくれるでしょ?」
「まあ、うん。その時はね。でも裕輔にかぎって、そんなことないと思うよ」
言いながら、夏樹は自分がえも言われぬ感情にとらわれているのを感じていた。
ラヴァーズ・ジャーニー 木見 花 @87_
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