第73話 王の墓石  4

 二匹の竜の感情が移ったかのように止まらない涙を、拭い続けるゼルランディアを抱き締めて、髪を撫でて、そのこめかみと眦に頬を寄せてから、ルヴィウスは彼女の体をエルグヴィドーの方へ押し出した。エルグヴィドーは表情も変えず彼女を受け取る。

「ルヴィウス!?」

 責めるような目でルヴィウスを見たゼルランディアに、彼は背を向けた。


「これでお別れだ。幸せにおなり、シノ」


「なんで、今生の別れみたいなことを、言うんですか!?」


 涙の溜まった目を大きく見開き、ルヴィウスに掴みかかろうとするゼルランディアを、エルグヴィドーは後ろから両肩を掴んで止める。ゼルランディアは焼き殺さん勢いで、エルグヴィドーを睨み付けた。

「放して!」

「すまない」

 僅かも動揺しないエルグヴィドーに、ゼルランディアは両腕をむちゃくちゃに振り回して暴れる。しかし、魔法騎士である年上の男に敵うわけもなく、エルグヴィドーの腕から抜け出せなかった。

 ユナ・レンセがリィザを抱き上げたまま、神官衣の裾を捌いて一礼する。そのまま踵を返すユナ・レンセを、ゼルランディアは怒鳴りつけた。

「待って!待ちなさい!ルヴィウスを連れて行かないで!私のルヴィウスを連れて行かないで!」

 どんなに叫んでも、暴れても、ユナ・レンセは振り向かない。

「ゼラ、行ってくる」

 ただ一人、場違いに明るい笑みを浮かべて、片手を上げるアート。

「嫌だ!放せ!放して!どうして!愛してるって言ってるじゃない!」

 ゼルランディアの叫びにも、振り向かずルヴィウスは灰色の闇の中に消えていってしまった。

「あなたが死んだら、私も死んでやる!死んでやるんだから!馬鹿!そんなに死にたいなら、私が……私が、殺してあげるのに!」

 泣き叫ぶゼルランディアを軽々と担ぎ上げ、エルグヴィドーはアートを見つめる。アートは悪戯っぽく微笑んで、投げキッスをしてから、ルヴィウスたちを追いかけて走っていった。

「どうして行かせるのよ!放して!私も行くんだから!私は、ルヴィウスの傍にいるんだから!放っといてよ!」

 どれだけ暴れてもエルグヴィドーの腕は緩まず、ゼルランディアは肩に担がれたまま、エルグヴィドーが開いた空間の門に呑まれる。

「ルヴィウス!ルヴィウスー!」

 泣き叫ぶゼルランディアの声は、ルヴィウスには届かなかった。



 どれだけ広いのかも分からないほどに広い空間の中に、アートとルヴィウスとユナ・レンセの靴音が響く。

「良かったんですか?」

 ユナ・レンセに抱き上げられたままのリィザは、少し前を歩くルヴィウスに問いかけた。ルヴィウスは前を見据えたまま、短く答える。

「決めていたことだから」

「泣いてましたよ?」

「泣けば全てが済むような世界じゃない」

 言葉は素っ気無いのに、声音が柔らかくてリィザはルヴィウスという男の真意が掴めずに戸惑った。ルヴィウスとゼルランディアは夫婦だったのならば、妻が泣いて叫んでいるのに、どうして夫であるこの男はこんなに優しく落ち着いた声で話ができるのだろう。

「愛してなかったんですか?」

「それは、非常に難しい質問だ」

 ユナ・レンセに抱かれるリィザを見上げるルヴィウスの仮面の奥の目は、暖かかった。

 人は悲しければ泣くのだと思っていた。悔しければ怒り、楽しければ笑い、嬉しければはしゃぐ。もしかすると、そうではないのかもしれないと、リィザは少しだけ思う。本当に悲しい時、本当に怒っている時、本当につらい時……人はそれにそぐわない表情をすることもあるのかもしれないと。

「古代竜があれだったら……巨人の王本体は、もっと酷い状態かもしれないな。触れるだけで崩れるかもしれない」

 膨大な量の灰に帰した竜の欠片がふわふわと舞う中を歩き、唾をつけた指先に付く灰色の色素を見つめ、アートが顔を顰めた。

「封じた英雄への……仲間を殺した奴らへの憎悪だけで保っているんだろうな」

 怒りも何もない、ごく普通の調子で言うユナ・レンセに、ルヴィウスが細かく頷く。

「自ら終わることもできず、共に終わる相手を待っているんだ」

「終わる……?共に?」

 聞き捨てならない単語を拾い出し、繰り返すリィザに、アートが短く息を吐いた。

 少し躊躇うように眉根を寄せてから、アートは言いにくそうに口を開く。

「巨人が、あの竜みたいに灰になったら、このドームは崩れるんだ」

 言われて、ぞっとしてリィザは高い天井を見上げた。

「ここは、王城の地下……どれくらい深いのかは、私にも分からない。どれくらい広いのかも、分からない。けれど、ここを支えている巨人の体が灰になれば、この天井が崩れて、ここは全部埋まる」

「で、多分、この上にある王城もかなりの打撃を受けるだろうな」

 なんでもないことのように伸べるルヴィウスとユナ・レンセに、リィザは開いた口が塞がらない。

 リィザは今の今まで、巨人を殺すことに命をかけようと四人が行くのだと思っていたが、そうではないようだった。どうにかしなければいけないのは、恐らく、巨人との戦いではなく、崩れてくる天井、なのだ。

「魔法で、転移すればいいじゃないですか」

 言ってから、三人の魔法使いがかなりの高位であることを思いだし、リィザは顔を歪める。彼らがそんなことを先に検討していないはずもなかった。

「無理なんだよなぁ。ここ、巨人が出られないように、物凄く厳重に魔法で封じてあって、この空間から抜け出す魔法なんて……うーん、師匠、俺が全部魔法力使ったら、可能?」

 問われてルヴィウスは肩を竦める。

「死にたいなら止めはしないが」

 アートですら命を懸けても、脱出が成功するか分からないような場所なのだと理解して、リィザは本格的に青ざめた。

「巨人を倒した後に、どうにかあの入り口まで戻らないといけないわけなんだよ」

 大人の男三人の足でかなり歩いているが先に何か見える気配もないこのただ灰色の空間で、崩れる天井を避けながら『入り口』と呼ばれた竜のいた場所に戻る……それはリィザには到底不可能に思える。

「まぁ、先のことは先に考えよう」

 楽天的に言うアートに向かって、ぴたりと足を止めたルヴィウスが顔を向けた。

「お出ましだ」

 言われて視線を前に向けると、地響きを立てながら何かが近付いてくる。ルヴィウスが手を上に掲げて、光蟲を上に放つと、その灯りに照らされて前から来るものが見えた。


 幼子が粘土で作ったような、奇妙にねじれた巨大な土塊の人形ゴーレム。


「お仲間ももうどこにもいない……こんな土塊を頼りにしなきゃいけないなんて、哀れな」

 ふっとルヴィウスが笑んで、両手を胸の前に持ち上げる。ユナ・レンセはリィザを大人の淑女にするように丁寧に石の床の上に下ろしてから、構えを取った。

「質より量ってことなのかな?」

 ぞろぞろと集まってくる大量の土塊の人形ゴーレムに囲まれて、アートは両手を重ね合わせる。それをそろそろとずらしていくと、手の中から生えるように若葉色の光を放つ細剣が姿を現した。

「リィザ、俺から離れちゃ駄目だよ」

 リィザを自分の後ろに追いやるアート。リィザを真ん中にして、ユナ・レンセとアートとルヴィウスの三人が、それぞれ背を向けて輪になった。

 今にももげそうな腕を振り上げて襲い掛かる土塊の人形ゴーレムを、ユナ・レンセが長い足で一蹴りに退ける。

 横から来る土塊の人形ゴーレムに、ルヴィウスは手をかざした。ルヴィウスの手甲が変形し、巨大な蟲の顎に変わる。人間の二倍はあろうという土塊の人形ゴーレムの上半身を食い千切って、蟲の顎は素早く手甲に戻った。

「そういえばアンタ、綺麗な顔に似合わず、そんなエグイ戦い方する奴だったっけ」

 顔を顰めつつ、アートは横殴りにしようとする土塊の人形ゴーレムの胴体を切りつける。

「弾けろっ!」

 切りつけたと同時に放った魔法で、土塊の人形ゴーレムの胴体は爆薬でも埋め込まれたかのように音を立てて弾けた。

「持ってる能力は有効に使わないとね」

 ルヴィウスの微笑みに、今まで彼に向かってこようとしていた土塊の人形ゴーレムの一体がくるりと向きを変える。他の土塊の人形ゴーレムに殴りかかるその土塊の人形ゴーレムに、ユナ・レンセは少し同情した。

「焼き払うぜ!翔けろ、不死鳥フェニックス!」

 アートが叫びながら剣を振ると、その動きにあわせて巨大な炎の鳥が生まれ、土塊の人形ゴーレムを焼き尽くしながら真っ直ぐに飛んでいく。焼かれた土塊は固まり、動けなくなっていた。

「まだまだ来るぞ」

 自分の二倍はあろうかという土塊の人形ゴーレムと取っ組み合いになっても一歩も引かず、それどころか投げ飛ばしてしまうユナ・レンセに、その背中で小さくなりながらリィザは悲鳴を上げることもできないくらい驚く。

「五十や百じゃ収まらないだろう。あっちも命がけだからな」

 両手の手甲を蟲の鎌や顎に変え、次々と土塊の人形ゴーレムを切断しながら、ルヴィウスが呟いた。よく見れば、崩れた土塊の人形ゴーレムの欠片が芋虫のように蠢いて、歪な形に結合している。

「そのうち動けないくらい不恰好なのしかできなくなるさ」

 笑いながら土塊の人形ゴーレムを蹴り崩すユナ・レンセに、アートが舌を出した。

「その前に打ち止めになっちゃいそう」

「嘘付け!この魔法吸引体質が!」

 ユナ・レンセの言葉にリィザが目を凝らすと、放たれた力が引き寄せられるようにアートに戻ってきているのが感じられる。それどころか、ルヴィウスやユナ・レンセからも、力がアートに流れていっているのが分かった。

「ほら、体質は有効に使わないとって、師匠も言ってたし?」

「私のを吸っていいとは許可してない」

 そう言いながらも、どこか許す口調のルヴィウス。

「じゃあ、遠慮なく貰って、重力系の大きいの、一ついっとこうか」

 すぅっと深く息を吸って、アートが両手で緩く魔方陣を描きながら長い詠唱に入った。ルヴィウスの片手の蟲が、その間、巨大な盾となってアートとリィザを守る。

「潰れろー!」

 底抜けに明るく楽しげなアートの叫びに呼応して、四人を中心とした半径七~八メートル以内にいた土塊の人形ゴーレムたちが、見えない槌でも振り下ろされたかのように醜くひしゃげた。

「さーどんどん来い!」

 アートの笑顔に誘われるように近付いてくる土塊の人形ゴーレムたちも、その領域に入ると突然地面に押し付けられて崩れる。

 その間に、ユナ・レンセとルヴィウスは息を付き、詠唱を始めた。



 足を踏み出すたびにブーツが黄土色の粘土に埋もれて、アートが顔を顰める。汚れるからと言って下ろしてくれないユナ・レンセの腕に抱き上げられて、リィザはユナ・レンセの靴とズボンの裾を容赦なく汚していく湿った土を見下ろした。

 壊されても壊されてもその破片が結合して、何度も何度も向かってきた土塊の人形ゴーレム。その成れの果ての粘土は生き物のように、律動している。

 永遠のように思えた戦いも、小一時間程で終わった。

 壊され続けた土塊の人形ゴーレムは力尽き、ついに、互いに結びつくこともできなくなってしまったのだ。

「さすがに、ちょっと疲れたかな」

 仮面の奥で、ルヴィウスは息を乱している。

「いい加減にそれ、取ったら?」

 軽口を叩いた手を伸ばすアートの顔も、疲労の色が濃かった。ユナ・レンセも平気な顔で歩いているが、その体が汗ばんでいることにリィザは気付く。

 確かに彼らは優秀で高位の魔法使いだが、絶対ではない。

 疲れもすれば魔力も尽きる。

「今更、か」

 長く息を吐いて、コートのフードを下ろすと仮面を剥ぎ取ったルヴィウス。その顔を見て、リィザは悲鳴を飲み込んだ。


 細かな漆黒の起毛に覆われた顔、黒髪の中にぴんと尖った耳、虹彩の細い青い目。


「猫っ!?」

 ぶっと吹き出し、指を差して笑い出すアートとは対照的に、ユナ・レンセが仰け反る。

「な、何て美猫なんだ……!?ね、猫なのに、美しいぞ!?ど、どういうことだ!?」

 言われてじっと見ていると、確かにその猫は美しい。この大陸広しと言えども、こんなに美しい猫が存在するだろうかと思うほどに整ったその顔立ち。

「で、でも、猫だぜ、猫!あー駄目。呼吸困難で、死ぬ!」

 笑いが止まらず腹を抱えるアートに、漆黒の猫の顔のルヴィウスは目を細めた。

「ラージェの呪いを請け負ってあげた優しい私を、笑い飛ばすわけだ、君は。いい根性だ、アート」

 手甲の尖った指先で顎を突かれても、アートは笑いを止められずに肩を震わせている。

「ラージェの……何故?」

 ふと真剣な顔になったユナ・レンセに、ルヴィウスは尖った耳をぴくぴくと動かした。

「呪いを、集めているんだ。ヴィルセリスのことだ、意味もなく呪詛を放ったはずはない」

 双子の魔女の片割れ、ラージェがユナ・レンセの代わりに受けた呪詛と、ヴィルセリスがルインに刻んでいた呪詛。

「猫と犬を合わせる……?」

 それを端的にユナ・レンセが表現したので、視覚的に想像してしまい、アートは大爆笑した。笑い転げるアートを無視して、ルヴィウスはその平坦な胸に指を這わせる。

 触れられた先から、白いアートの肌の上に青い呪詛の文字が浮かんできた。

「これも、貰ってあげる」

 にっこりと微笑む漆黒の猫。

 体を引く暇もなく、アートの体から青い文字が引き剥がされてルヴィウスの体に吸い込まれていった。

「って、え?あれ?」

 その文字がなくなっても漆黒の髪の青年の姿のまま……アートのままの自分に驚きつつ、アートは眼を瞬かせる。姿はそのままだが、妙に高揚して苛々していた気分が失せ、霞が消えたように頭が冴えていた。

「君の魔法は今までずっと、制限セーブされていたんだ。何故なら、君には限度リミッターがない。普通の魔法使いならば自分の体を壊すほどの魔法は、無意識下で防御作用が働いて放てないものだが、君はそうじゃない。自分の力を余すところなく放ってしまう」

 だから、ケイラはアディラリアに制限をかけたのだとルヴィウスは言う。その枷が外れた今、アートは酷く鮮明に世界を感じていた。今まで膜一枚隔てて向こう側にあった世界が、どこまでも近しく感じられる。

「そんな危ないもの、取るなよ!」

 文句を言うユナ・レンセに、リィザも同意した。

「アート、無理しちゃ駄目だからね」

「分かってる、分かってる」

 軽く明るく片手を振るアートに、リィザは頭を抱える。

 浮かない顔になったリィザに、ユナ・レンセが神官衣の胸に落としていた涙型の石を取り出し、彼女の小さな手に乗せた。

「あげるよ。未来の大魔法使いに」

 手の平の上、ユナ・レンセの体温で温まった石を見つめて、リィザは首を捻る。

「でも、これ、あなたの術具じゃないんですか?」

「もう、俺にはいらないものだから」

 ユナ・レンセの表情に、リィザは彼の覚悟を知った。

「でも……」

「いいんだ。巨人が倒れるまでの約束なんだ。それが終われば、俺は魔法使いではなくなる。だから、もう、いらないんだ」

 晴やかなユナ・レンセの表情に、リィザはもう何も言えなくなる。

 彼もまた、人には過ぎた長い年月を生きてきたのだ。縛られるように。

 それから解き放たれることは、幸せなことかもしれない。

 それなのに、涙が滲んできて、リィザは透明な石を握り締めて顔を伏せた。

 泣いてはいけない。

 まだ何も終わっていない。始まってすらいないのだから。

 自分に言い聞かせても、涙が止まらなくて、リィザはユナ・レンセの肩に額を押し付けた。ユナ・レンセはリィザの嗚咽を聞かないことにしてくれる。

 いつの間にか、天井が一段と高い場所に来ていた。頭上を飛ぶ光蟲がぐるぐると天井を回り始める。


 最初は、リィザは壁だと思った。

 ドームの一番端まで自分が来てしまったのだと。

 しかし、アートとルヴィウスの緊迫した表情に、そうではないことに気付き、リィザは目を凝らす。

 よく見ると、その壁の向こうにも更に盛り上がった山があることが分かった。


「右腕か」


 言われて、二階建ての家ほどの高さのあるそれが、仰向けに寝た巨人の腕なのだと気付く。視線を横にずっとずらしていくと、なだらかな下り坂になっていて、その先に腕よりも細い長いものが伸びているのが分かった。それが指であることに気付いて、リィザは巨人のあまりの大きさにぞっとする。

 もし、これが立ち上がれば、帝都などあっという間に踏み潰されてしまうだろう。

 腕一本すらも見渡すことのできないようなその体が、僅かに震えるたびに、地響きが聞こえた。

「灰になりかけてる……それでも、立つ気か」

 巨人の指が震える。ぼろぼろと崩れながらも、地を掴み、立ち上がろうと、巨人の手が動く。動くたびに腐臭が漂い、崩れる肉の下から骨が見えかけていた。


 全ての仲間を失い、たった一人、土の下で復讐の日を待ち、気の遠くなるような時間、眠らされていた巨人の王。

 もう二度と仲間を得ることもできないのに、殺されることもなく、生かされ続けた巨人の王。


 それがどれ程つらいものなのか、リィザには想像もできない。

「終わらせてやろう」

 ルヴィウスに促されて、ユナ・レンセはリィザを石の床の上に下ろした。

「少しの間、借りるよ」

 金の目で優しく微笑み、ユナ・レンセはリィザの左手をそっと握る。その甲には十字に似た剣の紋章が刻まれていた。

「俺の剣だ」

 小さなリィザの手を優しく持ち上げ、ユナ・レンセは左手の紋章に軽く唇を付ける。

 刹那、リィザの体は炎に包まれた。


 それは正に、『赤剣』としか言いようがない。

 人の背丈ほどもある炎を纏った大剣が突如、リィザのいたはずの空間に現れた。

 目を閉じているのか開けているのか分からない。自分がどこに立っているのか分からない。それなのに、リィザにはユナ・レンセの顔がよく見えた。彼が何よりも愛しいものを見て、抱き上げるようにリィザの体を持ち上げたので、リィザは自分が剣になっていることに気付く。

「巨人にかけられた魔法を解く。解けた瞬間に切り込んでくれ」

 言いながらルヴィウスが手甲のはまった両手を体の前で交差させた。彼の体から、幾つもの魔法文字が剥がれて彼の両手に集まっていく。それと共に、ルヴィウスの姿も猫から美しい青年のものへと戻っていった。

「く……足りない……」

 舌打ちするルヴィウスの背中に、アートが手を添える。

「そのための俺だろ?分けてやるよ」

 触れたアートの手から膨大な魔法力がルヴィウスの中に流れ込んでいった。

「ゼラから貰った分も、持って行け」

 アートに言われて、ルヴィウスが片頬だけで笑う。


――全員、手を繋ごうか。力エネルギーの循環だ。足りない奴は存分に借りて、余ってる奴はありったけ分けてやれ。


 出発前にそう言ったのはルヴィウスの言葉の意味が、リィザは今になって分かった。

 彼は、助けてくれと言っていたのだ。

 ルヴィウスを助けたい。一番愛しいものを遠ざけてこの場所に来た美貌の魔法使いを、助けたい。

 ユナ・レンセを助けたい。長い長い時を耐えて生きてきたこの贖罪を求める男を、助けたい。

 アートを助けたい。自分を愛しんで育て守ってくれた、アディラリアを助けたい。

 祈るようにリィザは強く強く思った。


 赤剣が鮮烈な炎を纏う。


「行け!」

 ルヴィウスの声が響き、ユナ・レンセは走り出した。

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