第69話 王の墓石  序

 凛と顔を上げて高らかに告げた言葉。


「我々は月の下に庇護された民。同じ月の下に生きるものを守る力を持っている」


 英雄譚のように語り継がれる、レンセ王の即位式。


「傷付けただけ助けよう、奪っただけ育てよう」


 生成り地の神官衣。南の地にあって決して豊かではない『月の谷』では、輝くような純白の布は織れない。王という地位にありながら、『月の谷』の粗い織りの神官衣を身に纏い、宝石の一つ、金箔の一枚も身に付けず、緩やかに波打つ黒髪を長く伸ばし、一生を喪に服した王。


「これから、贖罪の年が始まる。どれだけの人が俺に唾を吐き、どれだけの国が俺に暗殺者を差し向けるか分からない」


 額に巻くべき、自らの神の描かれた聖布も、ほんの数日前まで振るっていた剣も、何も持たず、彼は国民の前に立っていたという。


「その全てを、俺は受けよう。どんな憎しみも、悲しみも、どんな報いも、俺は恐れない。許されるまで頭を下げ続ける。こんな情けない王だが、しばらくの間、俺についてきてくれ」


 即位から二十年以上経った後、彼が自ら命を断ったことを、誰も驚きはしなかった。


 『月の谷』最後の王、ユナ・レンセ。

 彼は今も尚、『月の谷』の民にとって、永遠にして唯一の王だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る