第63話 時待ち  序

「君のやっていることは傲慢だ」

 フィオにそう言われて、シャーザーンはただ目を伏せた。

「僕の力だってね、多分、一代限りのものに違いないさ。エジェリカだって、ずっと継承者を探し続けるわけにはいかない」

 それでも。

 そう言い募ろうとしても、シャーザーンは言葉を喋るだけの力が残っていなかった。シャーザーンの細い両腕は石の中に沈みこみ、下半身は石と同化している。

「ユナは泣くと思うよ。ユナは誰よりも君を愛してたんだから」

 エジェリカも責める口調になっていて、シャーザーンはますます何も自己主張ができなくなってしまった。

 褐色の肌に長い黒髪、長身で凛々しい『月の谷』の狂戦士、ユナ。長い睫毛に縁取られたアーモンド形の金色の目が、涙に濡れるのを思うと、シャーザーンは生まれてから一度も開いたことのない目から涙を零す。

「何千年も、何千年も、君は子離れできない親みたいに、この大陸を過保護に守り続けようって言うんだ?それが、誰を泣かせるとしても」


 泣かせたくなどない。

 誰も泣かせたくなどない。


 そう伝えようとしても、もうフィオとエジェリカの心は、シャーザーンの言葉を拒んで、何一つ伝えることができなかった。

 生まれながらに言葉を持たず、性別も持たず、魔法なしでは自立呼吸もできないほど虚弱なシャーザーン。

 ただ、死の時を待つしかできないであろうと言われたが故に、今もまだ『時待ち』などという不本意な二つ名を戴くシャーザーンは、自らが作り上げた『星の舟』という巨大な浮城と同化することを決めていた。


 初代キエラザイト帝国の皇帝、アスティール・フィオ・キエラザイト。

 初代バッセル帝国皇帝、ルーシャ・エジェリカ・バッセル。

 『星の舟』の始祖、シャーザーン。

 そして、『月の谷』の初代王、ユナ・クラウ。


 巨人たちに立ち向かった四人の英雄たちは、その大仕事を終えた後に、それぞれの道へと歩き出さなければならなかった。

 衰退した人間には指導者が必要だったし、数少ない魔法使いには規律と学習の場が必要だった。


「いやだ……馬鹿……わたし、馬鹿なんだから、シャーザーンがいないと、生きていけないよ……」

 上背も高く、がっしりとした体形なのに、幼子のように声を上げて泣くユナの肩を抱くようにして、エジェリカが連れて行くのを、シャーザーンは止めることもできない。


 一たび戦場にあれば鬼神の如く、血飛沫を浴びて戦うユナ。

 けれど、その精神は驚くほどに幼く、涙もろくお人好しで、エジェリカが親友となり愛さずにいられないような人物だった。


「たたかいがぜんぶ終わったらね、わたしね、シャーザーンといっしょに南に行くの」


 幼子のように笑うユナ……彼女のアンバランスな精神と肉体。


 ユナに関する記述は、後の文献にはほぼ残されていない。

 彼女の性別も、性格も、尊称『ユナ』の後に続く名前すらも。

 それは、英雄らしくない彼女のその後がかき乱されることないように、エジェリカやフィオが平穏に静かに守ったからだとも言われている。


「ぜったい、ぜったい、むかえに行くからね!」


 涙ながらに叫んだユナの声。

 『星の舟』の白亜の塔と同化したシャーザーンは、まどろみの中、幾度も幾度も、それを聞いた。

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