第62話 失われた記録 6

 王城に続く橋を駆けて来る馬トカゲの姿を眼にして、アートは凶悪な笑みを浮かべた。

「お出ましになったな、王様ユナ・レンセ」

 呟き、無造作に放たれたアートの魔法で、石の橋が崩れ、馬トカゲが大きく体勢を崩す。

「広がれ、闇の翼シェイド・ウィング!」

 ユナ・レンセの詠唱に呼応するように、馬トカゲの背中から漆黒の翼が霧のように吹き出し、大きく広がった。翼を羽ばたかせ、馬トカゲはアートの前に降り立つ。

 ユナ・レンセがヤンを傍の石畳の上に投げ捨てるのと、馬トカゲがユナ・レンセの影の中に戻るのとはほぼ同時だった。

「よく来たな、アート。やっぱり、俺の腕が忘れられなかったか?」

「ははっ、よく言うよ。俺のあまりの美しさに金玉縮み上がって、勃たちもしないくせに」

「試してみるか?」

「できるもんなら、やってみな?」

 挑発的な会話を交わしている間も、後方から魔法騎士たちが飛ばす魔法の全てを無効化させるアートに、ユナ・レンセは顔を歪める。

「相変わらずの化け物ぶりだな、吸血鬼ヴァンピール殿?」

「うるせぇ、黒いのはアソコだけにしとけ、全身黒尽くめ男……って、珍しく黒以外の服着てるじゃないか。こりゃ、槍でも降るかな」

「降らせてやろうか?」

 アートの挑発に乗って片手を上げるユナ・レンセに、アートはにっこりと極上の笑みを浮かべた。

「へぇ、俺に貢いでくれるんだ、あんたの魔力」

 酷く静かな声に、ユナ・レンセは戦慄した。

 逃げる間もなく、たんっとアートのブーツの底が石畳を蹴る。次の瞬間には、漆黒の髪が翻り、恐ろしいほど整った白い面がユナ・レンセの目の前にあった。それが更に接近して、ユナ・レンセは両手で顔を固定され、噛み付くように口付けられる。

「うわっ!?決定的証拠を掴んじゃった!?」

 ヤンが嬉しそうに笑うのを、ユナ・レンセは横目で確認する余裕もなかった。


 『魔法酔い』のアートのもう一つの能力。それは、魔力を吸収すること。

 魔法攻撃を受ければ受けるほど、アートは強くなる。その理由は、全ての魔力を吸いとっているからだった。


 力ずくでアートを引き剥がし、投げ捨てた時には、ユナ・レンセは足元がふらついていた。投げ捨てられたアートは空中で反転して綺麗に足から着地し、濡れた唇を真っ赤な舌で舐めている。

「さすが、極上の魔力をお持ちだねぇ」

 嫌らしく笑いながら、アートは両手を天に掲げた。

「折角、イイモノ貰ったから、最高級の魔法をお返ししよう。俺のお得意は、重力系なんだけど、今日は特別に、雷撃系とかいってみる?派手だよ~?」

 言ってから両方の手首を回転させて、アートは早口で詠唱する。

「立ち込めろ暗雲、打ち下ろせ天の怒槌!」

 物凄い轟音が鳴り響き、天を切り裂く雷が見張り塔を直撃した。がらがらと崩れ落ちる見張り塔の石と共に、真っ黒に焦げた魔法使いが落ちてくる。

「アート、やめろ!」

「嫌だ!」

「無駄に人を殺すな!」

「馬鹿言え、あれはヒューじゃない、魔法使いウィザード魔法使いだ!」


 魔法使いは互いに殺しあうもの。

 名乗りを上げて攻撃を始めた時点で、誰が死んでも文句は言えない。


「アート!」

 叱責するユナ・レンセにアートは魅惑的に微笑んだ。

「俺がやってることと、アンタがやったことに、何の違いがある?」

「俺は……」

 問われて、ユナ・レンセは答える言葉を失った。

「でも、俺は……」

 口にしてしまうと全てがうそ臭く思えて、何も口にできなくなる。

『確保した』

 刹那、アートの片耳の紅いピアスから声が漏れて、アートはあっさりと両手を揚げた。

「やめたっ!降参」

「は?」

 一瞬前までの意固地な様子はなんだったのだろうと呆気に取られるユナ・レンセの前で、アートは笑顔で両手を掲げ、降参の意を示してくる。警戒しながらゆっくりと歩み寄ったユナ・レンセは、アートの手首を掴んでようやく息をついた。

「どういうつもりだ?」

「ルヴィウスが生きてるよ」

 他の魔法騎士にアートを捕らえたことを見せようと、アートを捕まえた手を高く掲げながら彼の耳元に囁いたユナ・レンセに、アートは視線も向けぬまま小さく呟く。

「ルヴィウスが……!?」

 息を飲んだユナ・レンセが、即座に泣きそうな表情になったことに、アートは目を丸くした。

「生きてる……ルヴィウスが……」

 確認するように呟くユナ・レンセは、アートの見間違い出なければ、嬉しそうである。

「王様ユナ・レンセ、あんた……」

 問いかけようとしたアートの言葉は、ユナ・レンセの胸に下がる透明の石から響いた声によって遮られた。

『すぐに、その魔法使いを引き摺って来なさい!』

 硬質な女の声に、アートは眉を顰める。

「性格悪そう」

 正直に呟いたアートの侮辱を、ユナ・レンセは否定してやれなかった。

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