第60話 失われた記録 4
ずぅぅぅぅんと、低い音が響くと同時に、地面が揺れるような衝撃が走る。反射的に身構え、音の源を見ようとしても、人ごみと建物で見えず、ユナ・レンセは鼻の頭に皺を寄せた。
「トカゲ馬!」
呼ぶとすぐに影の中から姿を現す漆黒の小型竜に、周囲から悲鳴が上がる。
「魔法使いだ!」
「近寄るな!離れろ!」
もう一つの混乱を招いてしまったことを悔やみつつも、職業柄かすでに走り出しているヤンの首根っこを捕まえ、ユナ・レンセは走り出したトカゲ馬に駆け乗った。トカゲ馬は軽々と跳躍して、近くの建物の屋根の上に降り立ち、そこから王城に向けて真っ直ぐに走り出す。建物と建物の間を飛び越え、屋根を駆けるトカゲ馬に跨るユナ・レンセと、彼の片手に首根っこを掴まれて宙吊りで揺れるヤン。
「か、勘弁してくれ~~!俺は高いところは苦手なんだぁ~!」
情けなく悲鳴を上げるヤンを完全に無視して、ユナ・レンセは飛び上がった拍子に神官衣の襟から飛び出した革紐を歯で咥えて引きずり出し、怒鳴った。
「誰だ!?」
『「誰だ」って……ご挨拶ですね。あれだけ通信を拒否して……』
グラジナの切羽詰った声が、透明の石から流れ出す。
『「青い目の魔法使いから、金の目の正妃へ。今から、紫の目の漆黒の獣を解き放つ」と、先程、通信が……うわっ!?』
再び、物凄い轟音が響いて、大地が揺れた。よく目を凝らすと、王城の城壁の一角が崩れ落ちている。
「紫の目の漆黒の獣……アートだ!アートが来たんだ!通常の兵士を全て避難させろ!魔法騎士団の連中を全部、東の城壁に集めろ!」
魔法で強化されているため、この先千年はびくともしないだろうと言われていた石の城壁が、脆くも崩れていくのを目の当たりにして、ユナ・レンセの片手にぶら下がっているヤンは目を見張った。
「アートって……」
「レイサラス・アート・アディラリア・アージェンディー・アディウル……史上最悪の五つ名の魔法使いだ」
ユナ・レンセの呟きに呼応するようにまた、大きく城壁が崩れる。
「聞こえるか、ルイン?」
前方の建物から降りてくる漆黒のサーコートの魔法騎士達を見据えながら呟くアートに、片耳の紅い石のピアスからルヴィウスの声が響く。
『聞こえてる……派手にやってるな』
自分の好まない名前で呼ばれて苛立っているはずだが、今はそれを言及するときではないと抑えている雰囲気が声から感じ取れて、アートはにやりと笑った。
「あーもう、最高!爽快!気持ちいー!そうそう、俺に足りなかったのはこれだよ、これ!最近大人しかったから、すっごい快感!」
言いながら片手で魔方陣を描き、強力な魔法をもう一発城壁にぶつけるアート。巨大な石が崩れ、地面に落ちて割れた。
「攻撃をやめろ!さもなければ、魔法騎士団の全員で……」
見張り台の上から重々しく口上を述べようとする漆黒のサーコートの魔法騎士に、アートは漆黒の真っ直ぐな髪を払いながら、もう片方の手で魔法を放つ。
「黙ってろ、ブサイク」
見張り台が崩れて瓦礫と共に落下する魔法使いに、アートは軽く手を振った。
「アートの名において、この場所を俺の支配下に置くぜ。俺の歩みを妨げる全てのものは、ことごとく殲滅することを、ここに宣言する!さぁ、俺が『星の舟』で全ての教官に頭を抱えさせた、悪名高きアート様だ!命が惜しけりゃ、跪いて許しを請え!」
放たれる魔法の網も、矢も、アートの前では用を成さず霧散する。魔法騎士たちに戦慄が走った。
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