第28話 アディラリアと双子の魔女 序
漆黒の髪を長く背に垂らした青年が、『星の舟』の男子寮備え付けの机の上に胡坐をかき、干し肉を咥えてもぐもぐと咀嚼しながら、この上ない不機嫌面で魔法書のページを捲っている。
扉を開けた瞬間に目に飛び込んできたそんな光景に戸惑いながらも、サウスは机の脇の二段ベッドの下の段に腰掛けた。サウスと同室のエルグヴィドーは図書館に行ってまだ戻ってきてはいない。
「アート……」
声をかけると黒髪の青年は紫の目を、ぎろりとサウスに向けてきた。
レイサラス家の問題児、アート。
目の端が吊り上がってはいるものの、非常に整った顔立ちの彼は、エルグヴィドーの弟だったとサウスは記憶している。
長身で逞しく褐色の肌のサウスとは対照的に、中背で細身で純白の肌のアート。けれどサウスの纏う空気が柔らかなものであるのに対して、アートの纏う空気は常に凶暴で尖っていた。
「返事くらいしてくれてもいいんじゃないか、アート?無視されちゃうと、レンセ、悲しくて泣きたくなっちゃう~」
無意味に女言葉など使ってみると、アートは物凄い目でサウスを睨み付けた。
「うるせぇな、なんだよ、王様?」
「王様って……俺、王様じゃないぞ?」
教科書に載っている『月の谷』の最後の王、ユナ・レンセとそっくりだということで、『王様』と呼ばれているサウスだが、アートが呼ぶと本当に真実を見抜かれている気がして、居心地が悪くなる。
「どうせなら、オニイサマ、とか呼んでくれたらいいのに~」
「きゃ~☆」と無駄に悶えてみると、氷点下の眼差しを向けられてサウスはため息を付いた。
「なんだか、俺、アディを怒らせたみたいなんだけど……その理由、知ってるか?」
本題に入ろうとアートの前に立つと、アートは机から飛び降りて下からサウスを見上げる。挑戦的な紫色の目は、どこまでも厳しい。
「心当たりが、ないのか?」
「ないね」
即答すると、アートは間髪をいれずサウスの脛を蹴った。蹴られてサウスは飛び上がる。
「なんで、俺がアートに蹴られなきゃいけないんだよ!」
「黙れ!俺は怒ってるんだよ!自分が何したかも分かってないのか!」
胸倉を掴み上げられて、サウスは両手を掲げた。
「アートまで怒ることないだろう……それとも、双子って、一人が怒ってるともう一人も怒らずにはいられないようなものなのか?」
訳が分からないと困惑顔になるサウスに、アートは鼻先をくっつけるほどに密着して怒鳴る。
「テメェは、アホか!顔だけ無駄に整いやがって……空っぽな頭をどうにかしやがれ!」
分厚い魔法書を投げつけられて、サウスは片手でそれを受け止めた。返そうと差し出すと、その手を乱暴に叩かれる。
「俺、そんなに悪いこと、したかなぁ……。もしかして、あれか?アディに、『子どもが生めるか?』って聞いたら、そういうのは自分でも分からないものだって答えられて、じゃあ、試してみようかって……ことを、エルに漏らした……」
「エルグに言いやがったのか!?」
ただでさえ低かったアートを取り巻く空気が、更に低さを極めた。
さすがのサウスですら、アートの怒りを感じ取って口を噤む。
「……もう、テメェとは終わりだ!」
決別宣言を出されてサウスは目を丸くした。
「俺とアディが?いくら、アディの双子の弟だからって、アディと俺とのことを勝手に決めるなよ」
気安く細い肩に手を置こうとするサウスを、アートは肘で突っ撥ねる。
「俺のことは俺で決める!あークソ!苛々する!」
頭を掻き毟りながら地団太を踏み、掲げたアートの手から純白の光が生まれた。
「あ、アート!?」
サウスが止める間もなく、爆音が響き渡り、部屋の屋根と床が砕ける。
「アートだ!アートが出たぞ!」
「誰か、エルグを!エルグヴィドーを呼んで来い!」
壁を魔法でふっとばし、崩れ落ちる男子寮から出てきたアートの姿を見て、若い魔法使いたちが口々に叫ぶのを、瓦礫の下でサウスは頭を抱えて聞いていた。
極めて強い攻撃魔法の才能を持ちながら、荒れ狂う感情のままにしか魔法を使えないアート。
彼を止められるのは、兄のエルグヴィドーただ一人だった。
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