第3話

 タイガにとって、女の言葉は屈辱の極みだった。


 タイガなど名も家柄も覚える価値なしと、女に言われているも同然だった。


 今迄の自分がそうだっただけに、怒りで頭に血が上り、眼の血管が切れて充血してしまっていた。


 怒りで無意識に震える自分の身体に気がつく事もなく、それでも女の放つ尋常でない風格に気圧されてしまい、普段なら怒りに暴れ回るタイガからは信じられない忍耐力で、タイガを知る者からは信じられない言葉が、タイガの口から紡がれたのだ。


「俺様は青虎獣人族のウェストミース公爵家長男タイガだ!

 俺様は名乗ったぞ!

 さっさとお前も名乗りやがれ!

 女!」


「私は狼獣人族のゼノビアだ。

 家名は伏せさせてもらうよ。

 家名で相手を威圧するような恥さらしではないのでね」


 その言葉を聞いて感じた怒りと屈辱が、タイガの本能に根差した警戒と恐怖を越えてしまった。


 今迄堪え貯めに貯めていた怒りが、タイガの身体に今迄の人生で一番の速さとパワーを与えた。


 わずかにタイミングをずらして左右の前脚から放ったタイガの爪撃は、ゼノビアが何とか最初の一撃かわそうとも、二撃目は必ずゼノビアの命を奪うと、タイガの爪撃を視認できる僅かな人間を信じさせていた。


 だが、その必殺の二撃を、事もあろうにゼノビアは、両腕でがっちりと受け止めて防いだのだ!


 武闘術を学ぶ者には、全く信じられない事だった。


 タイガとゼノビアでは、余りに体格差が違い過ぎるのだ。


 避けるのならまだ考えられる。


 狼獣人特有のバネとしなやかさで、受け流し避けるのならば、信じられないほどの名人級の技量ではあるが、ありえない話ではない。


 だが、それが、がっちりと両腕で受け止めたばかりか、跳ね飛ばされる事もなく、その場に踏み止まっているのだから、見ている自分の眼がおかしくなったのかと疑うほどだった。


 だがそれだけではなかった。


「うがっぁあぁあああ」


 一撃だった。


 信じられない事だったが、たった一撃で、あのタイガが舞台まで吹き飛ばされたのだ!


 タイガの爪撃を受け止めたゼノビアが、タイガが避ける事も受け止める事もできない激烈な反撃を放った。


 右前脚から放たれたゼノビアの前蹴りは、タイガを血と胃液を撒き散らしてながら、無様に舞台の上を跳ね転ばせた。


 舞台の上は、タイガが苦しみ悶えながら嘔吐した、胃液の饐えたような臭いと、鉄錆を思わせる血の匂いが立ち込めていた。


 婚約破棄の宣言から、タイガが吹き飛ばされる惨劇までを見ていたホールに集まっていた生徒たちは、金縛りにあったように直立不動のまま固まっていたが、クラリスの幼馴染である狸獣人族のクロリンダがポツリとつぶやいた。


「厄介な事になりそうね」

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