第一章 魔術師と猟犬①
間合いを先に
切っ先同士が触れあう
アルフレッドの足が
オリビアは
彼女の鼻先数センチを、
「……くそっ」
いらだったような低い声を聞き、オリビアは
打ち付けた反動で上がったオリビアの剣先は、アルフレッドの首元に突き立てられて、ぴたりと止まっていた。
「やめ」
目前のアルフレッドを
「どうしますか、
同じように開始線に戻ったアルフレッドに声をかけたのは、剣技の師匠であり、オリビアの父親でもあるウィリアムだ。組んでいた
「『一本勝負』ということでしたが、
「その『一本勝負』を、もう一度、お願いします」
アルフレッドは
「その心意気や、よし、でございますな」「殿下、
そこにいるのは、ユリウスの
その侍従団に囲まれ、彼の実父であるユリウスはどこか苦笑いを浮かべてアルフレッドとオリビアを眺めている。
アルフレッドは、というとその声援に
───なーにが、『がんばりますぅ』よ。
オリビアは口をへの字に曲げて、ユリウスの侍従団に再度
ただ、ユリウスのような『鋭利』さは、彼にはない。
だからだろう。アルフレッドを見た大人達は、まるで砂糖
『さすが、閣下のご
『そのうえ、天使のように純真で、かわいらしい』
オリビアは幼い
「オリビア」
不意にアルフレッドに声をかけられ、オリビアは目を
「なに」
ぶっきらぼうに応じると、
「
優しく声をかけられたが、アルフレッドの
───ああ、やだやだ。なんで、大人はコロリと騙されるんだろ。
オリビアはため息を押しつぶし、にこりと笑ってみせた。「もちろん、いいよ」。そう答えた後、ぎろり、と睨み返す。
「まぁ、何度やっても、結果は同じだろうけど」
「そうだね。オリビアは、ぼくより強いから」
アルフレッドは笑顔を
「じゃあ、もう一度」
ウィリアムの言葉に、二人は改めて剣を構え直した。向かい合う。視線が
「はじめ!」
開始の声と同時に、互いに距離を詰める。ぎゅっ、と
オリビアが先に、
たん、と軽やかな音を立てて大きく一歩踏み出し、小さく速い振りで、アルフレッドの眉間を
オリビアの「
オリビアの一撃目は、次の攻撃を
その
オリビアの視界の中で、アルフレッドが小さく舌打ちした。
がちん、と
オリビアの剣は止まらない。まるで剣の重さなど感じさせない速さで三度振り上げられ、次はアルフレッドの左のこめかみを狙う。アルフレッドは
「速いな、これは」「さすがにウィリアム
アルフレッドに
そんな彼らの視線の先で、オリビアの攻撃は続く。左右に
そう。オリビアが一番
───……アル、最近、身長が
攻撃を与えながらも、オリビアは油断なくアルフレッドを見やる。
ひとつ年上のこの
だが、アルフレッドが十六歳になった
同時に、それまでは剣では決して負けなかったのに、勝負をしてみれば、
力だ、と気づいた。体格だ、と焦った。アルフレッドはこれからも成長するだろうが、女子である自分は、今後それほど筋肉がつくこともなく、背も伸びないだろう。彼と戦い、そして最低でも並び立つためには、今までのような戦い方ではだめだ。
───『速さ』を、
オリビアは奥歯を
───次の一打で、決める。
そう思った彼女は、アルフレッドの剣を横なぎに
今だ、とオリビアは大きく剣を
だが、振り下ろす
「……この……っ」
オリビアは鼻先が
形勢は逆転した。いまやアルフレッドは、のしかかるように上から剣を押し付けてくる。
なんとか、
「……え」
「やめ」
「
ウィリアムの声は、
「いえ、
アルフレッドは構えを解くと、はにかんだように
「
そう言って、剣を左手に持ち、右手を自分に向かって差し出してきた。その満面の笑みと、「ざまあ」と言いたげな瞳に、思わずオリビアは手を
「大丈夫よ、アル」
笑顔で答え、ぎゅううううううっ、と力いっぱい手を握った。「すっかり、騙されちゃった」。声は
「オリビアは、本当に
アルフレッドは
「ほら、立って」
そう言うと、オリビアに必要以上に手を握られたまま、アルフレッドは
その
「閣下、どうですか?」
そういえば、握った
顔を上げると、いつの間にかウィリアムの
「最近の殿下の成長は目覚ましいばかりですよ」
オリビアはそんなユリウスとアルフレッドを見比べる。
よく似た容姿だと思う。
「まぁ、指導者がいいんでしょうかね」
ウィリアムが軽口を叩く。ユリウスは鼻で笑うが、その瞳は
───いつか、私も……。
オリビアは、そんな父とユリウスの姿を見て、幼い
アルフレッドがルクトニア領主となった
「わたしは、オリビアこそが
不意に名前を呼ばれ、オリビアは
「君の強さは、ウィリアムに
褒められ、オリビアは
───
「何度も言うように、もう限界だと思ってますよ、僕は」
そろり、と顔を上げた先で、ウィリアムと目が合う。腕を組み、
「君が弱い、って言ってるんじゃないよ。そこは
「オリビアには言ってなかったけど、殿下の侍従団を作ろうって話になっててね」
ウィリアムの言葉に、オリビアは父親
「その流れで、護衛騎士の成員も見直そうかな、って」
「オリビアを外す、ということですか」
「いや、あくまで案であって、決定
ウィリアムは口をへの字に曲げる。
現在、アルフレッドの護衛騎士として正式に任命されているのは、オリビアを
───騎士団の再編に、私が外れる可能性があるって、こと……?
茫然とウィリアムを見つめていたら、「オリビア」と名前を呼ばれた。
「その、『有翼馬騎士団』再編の中心人物になる騎士だ」
ウィリアムはオリビアではない、誰かを見ている。オリビアは彼の視線をたどった。
「初めまして、オリビア
低い、けれど、耳に
「コンラッド・ウィズリーと申します」
ユリウスの背後に立っていた青年騎士だった。
二十代前半だろうか。
「はじめ、まして」
手を差し出されたので、オリビアも
「オリビア、彼はシャムロック騎士団に所属していたらしいよ。剣の腕が立つそうだ」
アルフレッドがオリビアに
「別に、オリビアを残してもいいんじゃないのか? 護衛騎士として」
ユリウスが
「失礼」
ゆるく握った拳で口元を
「いや、無理でしょう。彼女に務まるはずがありません」
断言され、オリビアは言葉をなくす。
「理由は?」
「差し出がましいことを……」
そう口にしたが、「さっさと言え」と切り捨てられる。
「殿下をお守りするには、彼女は
コンラッドは背筋を
「護衛に必要なのは、武術だけではありません」
明確にコンラッドは断言した。
「放たれた矢、
その声音は
「わたしがシャムロックに
うなだれて聞いていたオリビアは視線を感じ、顔を上げる。
「そのとき、護衛対象者より身体が小さくては、『盾』になれません」
コンラッドの言葉に、ユリウスは、不服そうにウィリアムへと青金剛石の瞳を転じる。ウィリアムは
「何も今すぐに
オリビアは
「失礼します、閣下」
「行くぞ」
それだけ言うと、返事も聞かずに背を向ける。コンラッドは
「負けた人は、
ウィリアムは
「コンラッドって人、アルは知ってたの?」
オリビアは武道場の
「だけど、
早口な言葉に、オリビアは苦笑いしながら頷いた。その様子にアルフレッドは表情をやわらげる。試合で乱れた
「数日前かな。父上の
「お父様が……」
「なぁ、今晩、『
その
「二日前に行ったばかりでしょ? せめて、一週間に一回程度にしようよ」
「エラが欲しがってた本を手に入れたんだ。早く届けてやりたいし」
あんまり
「……じゃあ、その本を
おう、とアルフレッドは陽気に笑い、どん、とオリビアの背を
「
そう言われ、オリビアは苦笑する。たぶん、彼なりに
「じゃあ、その前に、さっさと素振りを済ませちゃおう」
「……そうだな……。お前、
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