【書籍ver】ルクトニア領繚乱記 猫かぶり殿下は護衛の少女を溺愛中

さくら青嵐/角川ビーンズ文庫

プロローグ 金の髪のアリーと、漆黒のオリバー



 金の長いかみをなびかせ、その少女は通りを走る。右手でチュニックのスカート部分をつかみ上げ、ぐんを鳴らしていしだたみの上をけていた。

 そのきんぱつの少女に手をにぎられて走っているのは、くりちやの髪をした少女だ。ずいぶんと息があらい。けんめいに足をり出してはいるが、あごが上がって苦しそうに顔をゆがめている。

がんって」

 金髪の少女はちらりと背後に視線を送り、栗茶の髪をした少女をはげます。少女は息の合間にうなずこうとした。顎を引く。そのひように足をからませ、手がはなれる。悲鳴と共にてんとうした。

「ローラ!」

 金髪の少女が足を止め、地面にうずくまる少女に駆け寄った。ローラと呼ばれた少女は顔を歪めながら首を横に振る。

「私はもういいから。アリーだけげて」

 呼吸の合間にローラはうつたえるが、アリーと話しかけられた金髪の少女は「鹿ね」と笑う。

「そんなこと、できるわけないでしょ」

 そう言って彼女のうでを取り、自分の首に回して立ち上がらせる。たんにローラが苦痛にうめき、アリーにしなだれかかった。ちらりとアリーは彼女の足元を見る。スカート部分にかくれて足そのものは見えないが、ふるえていることはわかる。ねんか。骨折まではしていないだろう。

 小さく舌打ちし、アリーがローラのこしいて支え直したときだ。

「ほうら、追いついたぞ」

 男の声と、複数の足音がした。ローラがおびえて、アリーにしがみつく。「だいじようよ」。アリーはささやくと、首を振って目の前に落ちかかる髪を後ろに流し、近づく男達に不敵に笑ってみせた。

「あんまりおそいから、待っててあげたのよ」

 ひよういろひとみきらめかせ、アリーは男達をへいげいした。三人。いずれもけんいているが、には見えない。ようへいか、食いつぶした商家の次男三男がどこからか剣を手に入れて、身につけているだけのように見えた。

だまれ。さっさとそのむすめを、こっちにせ」

 真ん中の男がかたで息をしながら腕をき出す。好色そうな瞳がローラを見ていて、ローラはその視線をけるようにうつむいた。

おやの借金返済日は今日だ。はらえなければしようかんに娘を売るってことで、こっちは金を貸してんだ」

 ったぜいでそう言うが、アリーは鼻で笑い飛ばす。

「あんたが貸してんじゃないでしょうよ。バルコンのアホ親父が、でしょ?」

 アリーは男達と間合いを取りながら、ローラをしっかりと左腕でかかえた。

「証文を見たわ。字が読めないと思ってほうだらけじゃない。あんなのよ」

 アリーの言葉を、男達はた笑いではねつけた。

けいやくは契約だ。その娘は今日、娼館に売られる。ま、その前に」

 男達はたがいに目をわす。

「ちょっと遊んでもい、とバルコン様もおおせだ。俺達の相手を、まずはしてもらおう」

 どっと男達が笑う。ローラは肩を震わせて泣き出し、アリーがりゆうを寄せて舌打ちをする。

 男達は顎を上げ、にやけた顔で間合いをめてきた。

 途端に。

「相手を探しているんなら、丁度良い」

 低い声が『上』からした。おどろいたように、その場のみなが頭上を見る。

 夜空から、人が、降ってきた。

 剣を逆手に持ち、ひざを曲げた姿勢で、ぶわりと宙にいたかと思うと勢いよく降下し、少女達の前に、どん、と音を立てて着地する。拍子にかぶっていた風船帽キヤスケツトが落ちた。

「僕が相手をしようじゃないか」

 ばやく立ち上がると、その少年は剣を持ちえる。両手でつかを握り、中段に構えた。すいのようなそうぼうを男達に向け、とつしんする。その速さに黒髪が周囲のやみとろけた。

「『しつこくのオリバー』か!?」

 男の一人が悲鳴を上げる。名前を聞いた途端、ほかの二人は背を向けて逃げ出した。ごくひん層が過密して居住する、この『夜の街ナイト』では、少年の名前は有名だ。剣の腕では並ぶ者がなく、そのわざさいにしてれいしゆんびんとおからでも正確に打ち込んでくる。

 そして、その少年が常に付き従っているのが、金髪の少女。

「あんたが、『金髪のアリー』か」

 一人取り残された男はおののいたように、アリーを見つめる。彼女も『夜の街ナイト』では有名な人物だ。ぼうだいな知識とで数々の不正をあばくだけではなく、彼女自身も相当腕が立つ、と聞く。

 傭兵くずれの自分達がかなう相手ではない。

 ひるんだように足をすくませた男に、オリバーが剣を振りかぶって打ち込む。

 男はあっけなく悲鳴を上げると、そのいちげきのがれて背を向けた。「待ってくれ!」。仲間の男達を呼びながら、路地裏に逃げ出していく。もとより、追撃するつもりはないのだろう。白けたようにオリバーは剣を下ろし、遠のく男の背中をながめやる。

「大丈夫か!?」

 逃げた男達に代わり、大通りから近づいて来たのは自警団だ。

 オリバーは剣をおさめながら、彼らに向かって「こっちだ」と手を振る。その後、ちらりとローラとアリーに目を向けた。

「いい? 明日の朝になったら、お父さんといつしよにマッケイ弁護士のところに行きなさい」

 アリーがローラに言いふくめている。

「証文を持って行けばいいわ。私がマッケイ弁護士に話を通しているから大丈夫。お父さんは違法な金利でお金を返済している。計算上では、もう元金は払い終わっているの」

 ローラは意味がよくわからないという顔をしたが、とにかく頷いて、「行く」と答えた。アリーはやさしく微笑ほほえむと、近づいてきた自警団にローラを引きわたす。

「捻挫しているの。お願いね」

 柳眉を寄せてそう言うと、自警団の一人がローラを背負って父親のもとに帰すことにしたらしい。アリーは一言二言自警団に申し送りをし、彼らはいくつか質問をしたものの、なつとくしたように頷いてりようしようをした。

「またな、アリーとオリバー」

 自警団の男達は口々に二人にあいさつをすると、背を向けて元来た道をもどり始める。二人は無言でその背中を見送っていた。


「まさか、上から降ってくるとはな」

 ひとかげがなくなった途端、アリーがき出す。その声は最前までのものとは全くちがう。低く、耳にここよいテノールだ。

「二人を見失ったから……、上から。そこの宿屋のテラスからのぞいてさがそうと思ってさ」

 ため息交じりにオリバーが言うが、こちらも先ほどまでの声ではない。随分とんで、れいなメゾソプラノだった。

「そしたら、丁度アル達が真下にいるんだもん。階段使うより、飛び降りちゃえ、と思って」

 その言葉にアリーが「お前らしい」と腹を抱えて笑う。

「笑い事じゃないわよ。もう、いい加減、危ないことはめてよね。自分の立場をちゃんと理解してんの?」

 オリバーはこぶしを握ると、軽くアリーの肩をいた。アリーはみのいんを口元ににじませたまま、オリバーを見やる。

「理解しているよ。おれは次期ルクトニア領領主であり、前王ユリウスの息子むすこだ」

 そう返すアリーに、オリバーはわざとらしくため息をついてみせる。

 ───理解しているんなら、ちゃんとしてよ。

 投げつけたい言葉を飲み込み、オリバーはじろりとおさなみをにらみ付けた。

 本人が言うとおり、彼はこの海港都市ルクトニア領主のたった一人の息子だ。

夜の街ナイト』では「アリー」と名乗り、女装などして自由気ままに過ごしているが、本名はアルフレッド・オブ・ルクトニアという。いまだに復権を望まれている前王ユリウスのちやくなんだ。

 本来は次期国王となるはずだったが、ユリウスが二十代前半でしまれつつも退位をし、ルクトニア領領主にほうじられたため、彼の王位けいしよう権はほうされている。

はねぇか? オリビア」

 腕を組み、佩刀の柄にひじをかけてむっつりと彼を見ていたら、そんな風に声をかけられた。

「ない」

 ぶっきらぼうに答える。

 そしてオリバーことオリビアは、彼の護衛騎士だ。今は女装したアルフレッドを守るため、男装しているが、彼よりひとつ年下の少女だった。ユリウスの腹心であり、忠臣と名高いウィリアム・スターラインきようを父に持った彼女の剣の腕前は、父にまさるともおとらない。その剣技を買われ、また、ユリウスとウィリアムの親密な関係性もあり、幼いころからアルフレッドに付き従っていた。

 二人は並んで大通りを、中心街に向かって進む。アルフレッドはごげんだが、オリビアはむっつりと口をへの字に曲げていた。その表情は、護衛騎士というより、まるでアルフレッドの「見張り役」だ。

 不意に、ぴゅい、と口笛が聞こえた。

 そろって顔を向けると、赤ら顔の男達がこちらを見ている。足元がおぼつかない。大分っているのだろう。仲間同士で何度も肩をぶつけあっていた。

「美人さん。あんた、一晩いくらだ」

 男の一人が大声でアルフレッドにそう言う。がいしようだと思っているのだろう。わいざつな笑い声がざつとうに上がる。

「悪いわね。あたしは、彼の物だから」

 アルフレッドは口角を上げて応じ、オリビアのうでに自分の腕を絡ませた。オリビアも慣れたもので、ななめに男達を睨みつけると、わいは上がったが、男達はそれ以上近づいてこようとはしなかった。

「またね」

 背を向けて歩き出そうとするすいきやくの男達に、アルフレッドはキスを投げる。どっと上がる低い笑い声をアルフレッドは満足げに見やった。

 ───これが『』のアルフレッドなのよね……。

 オリビアは屋台や居酒屋が上げるけむりくすぶる夜空を眺める。

 頭脳めいせきよう姿たんれい、武勇のほまれが高いとうわさのアルフレッド。

 だが、そのこうかんに広がる『評価』を聞くたびに、オリビアは大笑いしたくなる。彼女が知る限り、アルフレッド以上に男っぽく、がさつな人間はいない。しようだってそうだ。とげとげしくあらい。負けずぎらいもいいところで、昔はけんじゆつでオリビアに負けてはくやしがって泣いていた。チェスで敗色がくなろうものなら、ばんごとたおす始末だ。

 ところが、この男。

 大人の前になると、『ルクトニア領の次期領主』をそつなく演じる。

 つつましく両親のそばひかえ、話しかける大人におだやかに頷き、はちみつとミルクで作ったような、見る者を蕩けさせる笑みを常にかべている。

 そんな、二面性を持つアルフレッドが。

『外に出てみないか』

 そうオリビアに提案したのは、一年前だ。


 領主館に出仕したオリビアは、この日もいつもどおりアルフレッドの剣術の相手をしていた。

『外って?』

 オリビアは額に浮かぶあせかたぐちぬぐってたずねた。ちょうど、一息入れようとしていたときだったと思う。アルフレッドは周囲に視線を走らせ、武道場にだれもいないことをかくにんすると、オリビアの耳に口を寄せて告げた。

『お前、「夜の街ナイト」って行ったことあるか?』

 オリビアは首を横にる。ただ、知識としては知っている。いわゆる貧民街だ。領主が居住するこの地区のとなりに位置していながら、流民や貧者が集まっているところだと聞いている。自警団が組まれていたり、街娼が商売をしていたり、安価な飲み屋街が続いていたりするところとしても有名だ。

『行ってみよう』

 アルフレッドの提案にオリビアはそくに首を横に振った。『危ないよ!』。思わずさけび、アルフレッドに口をふさがれる。彼のあせくささに顔をしかめ、オリビアは腕からのがれ出て睨み付けた。

『なんか危険な大人がいっぱいいるところだよ!? そんなところに行ってどうすんのよ!』

『ルクトニアは父上が治めている立派な領だ』

 むっとしたように口をとがらせ、アルフレッドはオリビアを睨んだ。

『そんな領に、貧民街なんてない。きっと何かの間違いだ。おれはそれを確認しに行く』

 ユリウスは在位中、けんおうと誉れが高かった。国庫を外貨でうるおし、ふくさくに取り組んで弱者救済に乗り出した歴史上初の王だ。

 退位後、ルクトニア領主に封じられてからも、その政策にるぎはない。海にのぞむ地の利をかした交易を活発に行い、関税を他領よりも安くすることで独自の流通経路を確立した。

 農地改革にも着手し、ユリウスはかくてきれ地でもたやすくしゆうかく量を上げることができる品種の麦やいもを、積極的に外国から輸入した。それらの品種をさいばいする農民については、税を軽減するなどし、安定した収穫量を確保することに成功する。

 また、当時としてはめずらしく、『かん登用試験制度』を導入したことでも有名だ。身分を問わずに、一定の試験に合格した者は官吏として採用を行うなど、ルクトニア領独自の制度はこのとき生まれ、そして実施されている。

 領内には交易品があふれ、それをさばく商人の活気に満ち、望めば身分を問わず、出世への道が開かれている。

 そんなルクトニア領に、『貧民街』があるわけがない。きっとていやからそうくつなのではないか。あるいは、ばくや飲酒におぼれたたいな大人達の集まりなのかもしれない。

 で、あるならば、そのことをあばきに行かねば、とアルフレッドは息巻いた。

『はぁ!? じゃあ、ユリウス様にたのんで、護衛をいっぱい連れて見に行きなよ』

 あきれたようにオリビアは言うが、『鹿』と鼻で笑われる。

『次期領主のアルフレッド様が視察に参りました、なんてのこのこ行けば、「本当の姿」なんて見せてくれるわけねぇだろ? こっそり行くんだよ、こっそり』

 アルフレッドはにやりと笑う。この男が、実はこんなあくみたいな笑みも浮かべるのだ、と、この領主館の誰が知っているだろう。オリビアはため息をつく。

『こっそり、ってどうやって?』

 もう、『行く』と言いだしたら聞かないことをオリビアは知っている。彼が『行く』と言えば、自分にきよ権はない。自分も『行く』のだ。

『バレたらどうすんの? 私だってお父様におこられる。二人できっと、り五千回とかだよ』

 オリビアの言葉にアルフレッドはひるんだ。

 二人の剣術のしようはオリビアの父であるウィリアムだ。だんひようひようとしているが、怒るとこわいことは身をもって知っている。ちなみにアルフレッドは格技も習っており、その師匠は、自身の母であるアレクシアだ。こちらはげきりんれると、命にかかわる。

『……だ、だいじようだ。おれに、策がある』

 数秒躊躇ためらったが、彼が得意げにろうしたのが『アルフレッド女装・オリビア男装』策だ。聞いたたん、『馬鹿じゃないの』、『うまく行くはずがない』、『私はいやっ』、そう拒否をしたのに。

 取り合わないどころか、結局、オリビアは女装したアルフレッドを連れて夜間、『夜の街ナイト』に「視察」としようしてり出す羽目になった。

 おまけに、アルフレッドが女装をしてもかんがないことにがくぜんとした。

 正直、提案された当初は、「女装なんてしてもこつけいなだけだ。バレてはじでもかけばいい」と思っていた。むしろ、「ちょっと痛い目にえ」と願っていたのに。

 連れて歩いても、誰もアルフレッドを男だとは思わない。それと同じぐらい、誰もオリビアが少女だと気づかないことにも激しく落ち込んだ。

 そして、二人が見たのは、自分達が住んでいる地区の住民とは全くちがう人達だった。

 路上で暮らすこうれいの男性。身体からだを売って生活をする女性。金持ちをねらってひったくりを行う若者。河原でんだとしか思えない花を売り歩く幼い子ども達。

 初めてやってきた二人は肩を寄せ合い、ぼうぜんと街を歩いた。雑然としたにおいやけんそうおびえ、オリビアは佩刀から手がはなせなかったのを覚えている。

 そんな『夜の街ナイト』で二人が出会ったのは、やせおとろえて路上にうずくまる幼い兄弟だった。

 最初はだまって通り過ぎたものの、どうしても気になる。アルフレッドはオリビアを連れて兄弟のもともどり、意を決して話しかけてみた。年はいくつか、とか、親はどうしているのか、と。兄弟はぽつり、ぽつり、と答える。親はいるが、今は『仕事』に行っているという。ここ最近はほとんど食事を口にしていない、というのでアルフレッドが兄の方に手持ちのこうを一枚わたした。大金ではない。せいぜい、パンが一きん買える程度のものだ。兄弟はわずかに微笑ほほえみ、アルフレッドとオリビアに礼を言った。

 その後、二人がその兄弟を『夜の街ナイト』で見ることは二度となかった。

 あの兄弟はどうしているだろう、と三日後に『夜の街ナイト』をおとずれたアルフレッドとオリビアは、はすっぱな顔をした子どもに二人が死んだことを聞かされる。

 アルフレッドが渡した金は、親達がうばったこと。それはであっけなく消えたこと。兄弟達はしたこと。

 そして、アルフレッドもオリビアも気づく。自分達がしたことは、ただのぜんだということを。こんきゆうした子どもに金銭をあたえても、根本的な解決にはならないことを。

 満足したのは、ただ、自分達だけだったことを。


 以降、二人は時間と日にちを決めて、夜になるとそれぞれの親の目をぬすんで『夜の街ナイト』に繰り出す。

 すいかんおそわれそうになった女の子を助けたり、スリをつかまえたり、泣き上戸の男と明け方まで話し込んだり、子どもに文字や算数を教えたり。

 アルフレッドはいつも、そうやってこの『夜の街ナイト』で、誰かに手を差しべていた。

 アルフレッドが提供するのは「金」ではない。「自分の時間」であり、「自分の知識」だ。目に見えるものを与えれば、あっさりと「力ある者」に奪われることを痛感した。だからこそ、アルフレッドは、「見えない何か」を『夜の街ナイト』の住人に差し出す。

 そして、『夜の街ナイト』の住人達は、アルフレッドとかかわることで知ったのだ。「見えない何か」が、自分の心をめたり、身を守ったりしてくれる、ということを。




「やぁ、店主。あの美人と、たんせいな騎士は誰だ?」

 屋台に顔をき出した長身の男が、カウンターしに硬貨をすべらせて、店主にたずねた。

「あの二人を知らないなんて、あんた、よそ者だね?」

 店主は笑い、それから彼のためにワインを注いだ。まつなカウンターをはさんで、ずい、と男にゴブレットを押し出す。

「ああ、興行のために、王都から来たんだ」

 へぇ、と店主はゴブレットを受け取る男をながめやる。

 二十代半ば、といったところだろうか。きゆう品のジャケットに、かた眼鏡めがねをかけた男だ。胸のピンホールには、おおりの白バラをしている。この辺りでは見ない品種だ。

「彼らは有名なんだな」

 男は店主の視線を真正面から受け、にこりと笑ってみせる。店主はもちろんだ、とうなずいた。

きんぱつのアリーとしつこくのオリバー。この『夜の街ナイト』の光さ」

 ふうん。男は息をらすと、すでにやみにとけこんだ二人を名残なごりしそうに眺める。

みがけば光る玉か、それともただの金メッキか」

 つぶやき、美味うまそうにワインをあおった。

「今度の標的は、ずいぶんと変わり種のようだ」

 男の片眼鏡が屋台の油灯を反射し、するどかがやきを残したが、その呟きはワインのかおりを乗せ、夜風にまぎれた。

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