第61話 お約束は2度やってくる
「リネア……様?」
「えっと、確か……マルチナ?」
私の記憶にあるマルチナはもっと若いメイドだったけど、目の前の彼女は随分落ち着いた雰囲気が漂う大人の女性。だけどその面影はあの優しく触れ合ってくれていた時のままで、今も嬉しさのあまりうっすら目元に涙が光る。
一方私の方はというと、外見は成長期という事もあり、あの頃とは随分と様変わりをしているはずなのだが、それを一発で見抜いた観察力はある意味賞賛すべきところであろう。
決して私が成長していないとは言わさない。
「やっぱりリネア様、リネア様なのですね! お会い出来ない間に随分とご立派になられて……うぅぅぅ」
と、感動の再会とばかりに私の名前を連呼し、涙を見せながら目の前で泣いてしまうマルチナ。うん、めっちゃやばい。
いやね、私だって再会に感動していないわけじゃないのよ。幼かったとはいえ、今のように大勢のメイドさんを抱えていたわけではないので、当時の記憶もおぼろげにながらに覚えている。
ただあの当時は両親の葬儀のバタバタと、残された私とリアの行く末で親族たちが揉めに揉め、おまけに私は前世の記憶を思い出したばかりで混乱の真っ只中。
とてもじゃないがまともな精神状態ではなく、親族たちは残された両親の財産や、お父様が任されていた鉱山の仕事を誰が引き継ぐのかで、だれも幼い私の意見など聞いてくれなかったのだ。
結局私たち姉妹は祖父母のもと、王都にあるアージェント家へと引き取られていったのだが、その後の話は今更説明するまでもないだろう。
そんなこんなで私自身、マルチナとの再会を有耶無耶にするつもりは全くないのだが、今この時この場所で私の名前と目立つ行動はめっちゃヤバい。具体的に言うと、アージェント領からの流れて来た人たち囲まれ、既に退路すら総がれてしまっているこの状況、しかも既にヒソヒソ話がほぼ私に関する内容になっているのだ。
いや、まぁ、もともと人混みの中にいたのだからどうしようもなかったんだけど、その人数はもはや秒単位で膨れつつある。
「おい、どうしだんだ? この騒ぎは」
「いや、今あの女性があの子に向かってリネア様って……」
「まさか、リネア様って言えばフロスティ様のお嬢様じゃないか。しかも今じゃこの地の領主様になったって話なのに、そんなお方がこのような場所に来られるわけが」
「でもあの子の髪色って貴族特有のブロンドじゃない」
「まてって、髪色なんて染めりゃ誰だって変えられるだろ?」
「でも彼女って確かフロスティ様のお屋敷にお仕えしていた筈じゃ……」
「それじゃやっぱり本物?」
未だ両手で顔を覆いながら涙をみせるマルチナ。流石にこの状態の彼女を放ってダッシュで逃げるわけにもいかず、周りの声が聞こえる中、半ば必死で介抱する。
「とりあえずマルチナ、逃げるわよ」
小声で彼女にだけ聞こえるよう話しかけ、私はマルチナの腕を掴むと頭の中で雨を降らせるようなイメージを描き、心の中で『ゴメンなさい』とつぶやくと同時に私の上空のみ大量の雨を降らせた。
「うわ、なんだこの雨」
「ちょっとなんで急に雨が」
突然のスコールに集まった人たちが慌てながら我先にと軒先へと駆け込む。
もし余裕があり、じっくりと観察していれば私とマルチナだけ雨に打たれていなかったり、ほんのわずかな範囲にしか雨が降っていなかったりと、いろいろ突っ込みどころは満載なのだが、とりあえず人が少なくなったおかげで逃げ出すルートはこれでバッチリ。
ふははは、どうよこれ、時間の合間に密かに練習していた私の魔法! いろいろ制限があったり、力がコントロールできなくてたまに私がずぶ濡れになっちゃうけど、この程度の範囲なら今の私の実力なら十分できる!
…………ごめんなさい。逃げる際に私もマルチナもずぶ濡れになりました。しくしく。
「もう、アクア様の加護があるからってご自身がずぶ濡れにならなくても。しかもお知り合いを道づれにされるとか、もはや再会時お約束ですか!?」
マルチナを連れて商会本部へと戻って来た私。
当然そこには黙って抜け出したことに怒るノヴィアと、その隣で申し訳なさそうにこちらを見ているココアに遭遇するも、私の姿を見るなり二人の表情が一変。
慌てた様子でタオルやら着替えやらを用意し、私はノヴィア、マルチナはココアがそれぞれ手伝い、ようやく暖かい飲み物にありついたところでノヴィアのお説教が始まった。
「ち、違うんです。全部私が悪くて……ずぶ濡れになったのだって突然の雨が……」
叱られる私に気を使ったのか、マルチナが横からフォローをいれてくれるが、元をだどれば雨を降らせた犯人は私。もちろん自分が濡れてはいけないので、私とマルチナだけは濡れないよう調整したつもりが、移動のことを全く考慮しなかった結果、逃げ去る際に見事二人仲良くビジョビジョの濡れ美女が誕生したというわけ。
「それにしても突然の雨って、こちらでは全く降っていませんでしたよ?」
「ほ、本当なんです。突然雨が降ってきて」
このまま自然現象のせいにしようかと一人素知らぬフリをするも、ノヴィアの視線が『どうせリネア様が何かしたんでしょ』と、言わんばかりに無言の視線が突き刺さる。
一応私が精霊たちを従えているだとか、その恩恵で私も魔法が使えちゃうとかは、あまり大ぴらにはしないよう言い聞かせているので、その辺りを配慮しての沈黙であろう。
「ま、まぁ、不思議なこともあるものね。そ、それよりもさっきはバタバタしていたけれど会えて嬉しいわマルチナ」
こういう時は話を逸らすのが一番。若干ノヴィアの視線が『お説教の続きはお屋敷に戻ってからですからね』っと、訴えかけているが、ここはサラッと流しておく。
「私の方こそ覚えて頂いていて光栄です」
マルチナの話では私とリアが王都へと貰われていってから、住んでいたお屋敷は閉鎖。仕えてくれていたメイドさんたちは祖父が用意した給金を手に、それぞれの新しい生活へと歩みだしたのだという。
「ごめんなさいね。あんなに良くしてもらっていたというのに皆んなには何も出来ず、別れの挨拶すらろくに出来なかったですもの」
「そんな事はございません。最後のお給金も多めに頂いておりましたし、何しろあのような事故の後でしたので、私たちは皆お嬢様方のご様子を心配していたんですよ」
まぁ、叔父はともかく、叔母と義姉の評判はアージェント領でもよくなかったらしいので、私がイジメられたりしていないかと心配してくれていたのだろう。
現に祖父母が亡くなってからは随分肩身の狭い思いをしてきたが、お屋敷に仕えていたメイドさん達とは随分よくしてもらってきた。
結果だけをみると、私を頼りにこの地にまでやってきてくれたんだから、あのお屋敷での生活も割と悪くなかったんじゃないかとも、今では前向きにそう思えてしまう。
「それでマルチナ、ここでの生活はどう? この地で困った事なんてない?」
「ふふふ、大丈夫ですよ。この地の若い領主様が手厚く支援してくださっておりますので、私も娘達も不自由なく暮らせております」
「娘?」
「はい。お屋敷を出た後に結婚しまして、今は旦那と二人の娘と一緒に過ごしております」
雰囲気が随分変わったとは思っていたが、まさか二児のお母さんになっていたとは。マルチナの年齢を考えればべつに変なところはないのだが、それでも知り合いが新しい道を歩んでいるという事実が、嬉しくもありまた寂しさすら感じてしまう。
「よろしければ今度会ってあげてくださいね」
「えぇ、もちろんよ。今度お屋敷の方へ招待するわ」
リアは流石に覚えているかは怪しいが、それでもマルチナの子供たちと触れ合うのは喜ばしいことだろう。
あの子ったらエミリオ様が王都へ戻られてから、どこか寂しそうにしているのよね。
思えば友達らしい友達といえばこの地に来てからしかいなかったし、親しい人との別れもあの時が初めてといってもいい状況。しかも幼いながらも私や周りに迷惑をかけないよう、我慢する癖が出来てしまっているので、この辺りで少し新しい風にあててあげたいと思っていたのだ。
「リアも随分大きくなっているし、今度会ってあげてね」
「もちろんです」
「それでその、マルチナに聞きたい事があるんだけれど……」
私がマルチナに……いや、アージェント領からの難民に尋ねたかった内容。
この地での生活について、現地住人とのトラブルは起きていないか? そしてこのアクアに来るキッカケになった事と、私がいなかった間のアージェント領の現状。
大まかな話は先ほど耳にする事はできたが、それでもまだまだ情報不足。今回直接人々の生の声を聞けた事は収穫だけど、それでも嫌な噂が報告として私の耳に届いているのもまた事実だ。
私がいま最大に警戒している事、それはアクアの原住人とアージェント領からの難民との闘争なのだから。
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