第62話 一体どういう事?
「闘争? そんな雰囲気は全くありませんよ?」
あれ?
アージェント領から来たマルチナに、さりげなく街の雰囲気を探るも、返って来たのは表裏を一切感じさせない率直な答え。
これにはアクアの住人でもあるココアも同じ答えで、私の質問は返って二人を混乱させるだけだった。
「先ほどお出かけさせる前にもお話ししましたけど、もともとこのアクアでは地方からの住人を多く招き入れていたんです。ですので昔のように賑やかな街が戻って来たんだって、喜んでいるくらいですよ?」
「私たちの方だってそうです。自分たちはこの地の人たちとリネア様のお陰で生活ができている、だから何時までも甘えてばかりじゃなくて、自分たちの力だけで新しい生活を築いていかなければ、って皆んな前向きに歩んでいるんですよ?」
あれあれあれ?
別に二人が私を気遣っている様子も見当たらないし、先ほどの街の様子やココアが教えてくれた内容も、よくよく考えれば納得もいく。
確かにカーネリンの街のように、貧しい村から急激に発展したのではなく、発展していた街から急激に寂れた村へと落ちたのがこのアクア。
10年ほど前となると人々の記憶にもそう古いものでもないだろうし、当時の生活を知る者からすれば、その頃の便利性や生活の豊かさも理解している人は多い事だろう。
すると私の耳に入っていたあの噂は?
「一体どうされたのですか?」
うーん、これは二人に説明しておいた方がいいのだろうか。
現在私が耳にしているという噂、それはアージェント領からの難民が、アクアの村の人たちに対して強い批判的な気持ちを抱いているという内容。
何も知らないのなら、このまま私の内だけに留めておいた方がいい気もするのだが、二人は私の中でも親しい間柄。ヴィスタやヴィルがいない今、私には相談出来る友達もおらず、アレクのように頼れる存在も近くにはいない。
ならば同じ女性同士という二人に相談兼、悩みをぶちまけたって誰も文句はいわないだろう。
私は少し悩み、他言無用という条件で二人に相談に乗ってもらう事に決めた。
事の始まりは一週間ほど前だっただろうか、商会を代表する私の元へ若いスタッフたちが数名やってきた事から始まった。
「納得ができません、どうして俺たちが彼奴らよりも給料が低いんですか!」
私の元にお給料の改善を求めて来たのは、最近新しく迎え入れた四期生と言われる新人スタッフ達。その全員が言わばアージェント領からの難民たちと言えば、私の心情も多少わかって貰えるのではないだろうか。
そんな彼らの言い分は同じ仕事、同じ量の仕事をこなしているのに、第一期、第二期で迎え入れた地元民に比べると、自分たち新人スタッフの方がお給料が安いという点。
もちろん私としはそんな理不尽な対応をしたわけではなく、お給料の違いは単純に勤めてくれた期間の長さだけ。
これがこの世界では全員が同じ給料なのが常識、と言うのならば私の配慮不足だと反省するのだが、別にお給料の平等性が当たり前なわけではなく、その人その人の頑張り次第で貰えるお給料は上下する。
例えば前世の例で例えるなら、高校卒業でA社に勤め出した者と、大学を出てからA社に勤め出した者とでは、当然貰える初任給は異なってくる。
そこには実践を経験してきた知識と、大学で得た知識の差が出てくるのだが、会社としては大学出の新人よりも高卒から長年勤めてくれている人に、高いお給料を支払っている場合の方が多い。
もちろんその逆の場合もあるのだろうが、これは埋める事の出来ない現状の主戦力と新人との差で、後の活躍でそれぞれ査定が変化していく。
ならば多く学んだ方が損じゃない、と感じるかもしれないが、ここにもある種のカラクリがあり、大学出の者はその学んだ知識次第で上へと登りやすく、またお給料の増額査定も優遇される場合が多いのだ。
つまり何の評価も実績も出来ていない状態では、こちら側の査定が出来ないということ。
その辺りの事を一人一人に今節丁寧に説明し、一旦は落ち着きを取り戻させたのだが、しばらくしてから私の耳に『リネア様はアクアの住人を優遇し、俺たち難民を蔑ろにしている』『リネア様は俺たちアクアの住人の味方だ』などと、お互い偏見ともとれる報告が上がって来た。
だけどマルチナの話ではそのような噂話など聞いた事がないらしく、またココアの方も自分たちアクアの住人が優遇されている、などとも思っていないという。
「一体どういう事かしら? 私が聞いていた話と違うんだけれど」
二人が嘘を言っている様子もないし、先ほどの街の様子も険悪な雰囲気は見られなかった。
だけど噂というのは何もないところからは発生せず、何かしらの原因があるからこそ噂が生まれるわけであって、その噂が危険なものなら早急に対処しなけれならないのが私の役目。
するとこの噂というのはアクア商会の中だけ、という事なのかしら?
その事をココアとノヴィアに尋ねてみると。
「さぁ? そのような話は聞いた事がありませんが」
「私の方もココアさんと同じですね。確かに前々から勤めてくださっているスタッフと、今回新たに入ったスタッフとで、別々のグループのようなものは出来ていますが、それは単純に親しい仲間同士で一緒にいるといった感じでので、それほど気になるような事は……。ただ……」
「ただ?」
「一部の若いスタッフであまり良くない話は聞いています」
「良くない話?」
ノヴィアの話によると、新しく迎え入れた一部の若いスタッフ達が仕事もせず、真面目に業務へ携わっている者達と、小さなイザコザが起こっているのだという。
「本当なの? 私は聞いた事がないんだけれど」
どこにでもいる、いわゆる問題児達というところなのであろう。
別に業務に支障が出ている訳でもなく、また全く仕事をしていないかというと、そうでもないそうなので、私の元へまでは報告が上がっていないのでは? という事だった。
「申し訳ございません。たいした問題でもなくリネア様に報告するレベルではないと思いましたので……」
おそらくノヴィアなりに私に対しての配慮といったところだったのだろう。
ヴィスタ達やアレクがいない今、私の仕事量は日々増え続けている状態。そんな中で現場レベルで対応出来る問題を、あえて伝えない方がいいと考えたのではないだろうか。
「ありがとうノヴィア、確かに現場レベルで対応できる問題ね」
そもそも報告を上げるべきは問題が起こっている現場チーフであり、受付チームの一員でもあるノヴィアにはその責任は一切ない。
もし別の部署が代わりに報告、なんて事態になれば部署間で亀裂が入りかねない事案だ。
「それで、その問題児達の行動って今も続いているわけ?」
「どうでしょうか? 私もそれほど詳しく知っているわけではありませんし、現場の方に報告すらしておりませんので……」
ノヴィアにしてみれば偶然その現場を見合わせたか、スタッフ同士の会話でたまたま耳にした、といったところだったのだろう。
彼女も私ほどではないにしろ、多くの仕事に携わってもらっているのだし、一々問題児達の相手をしているほど時間に余裕があるわけではないので、現場担当者ににすら報告しなかった事を、今更注意するつもりは全くない。
そう思うとノヴィアにも相当負担をかけているのだと、反省しなければならないだろう。
私への報告を怠った事を反省するノヴィア。そんなノヴィアを励ましていると、横からココアが。
「それってもしかしてケヴィンさん達の事ですか?」
……ん? ケヴィン?
その名を聞いた時、なぜか私の中の古い記憶が引っかかった。
うーん、誰だったかしら?
「知ってるの? ココア」
「知ってますよぉー」
と、頬を可愛らしく膨らませ、何やらご立腹のご様子。
私は最近入ったという新人スタッフ達とはほとんど面識がなく、また第四期と呼んでいる募集には、面接すら携わらなかったのだ。
そのためそのケヴィンという人物が全く頭に浮かび上がらない。だけどなんだろう、ケヴィンという名を何処かで聞いたような……。
すると隣にいるノヴィアも何やら私と同じ様子で、何かを必死に思い出そうとしている。
うーん、ノヴィアも知っていてお互いすぐに思い出せない程度の人間。しかもノヴィアにしてみれば本人の顔を見ているかもしれないのに、全く思い出せないとなると、余程どうでもいいレベルの付き合いだったのだろう。
「ねぇ、ココア。そのケヴィンって人たちはどういった感じなの?」
するとココアは再び頬を膨らませ。
「不真面目で仕事はサボるは、女の子を見ては声を掛けるわで、受付の女の子達は皆んな迷惑を感じてるんですよ。ぷんぷん」
「それはまぁ、何というか……」
この様子から察するに、受付班のチーフであるココアの元に、多数の苦情が寄せ付けられているのだろう。
実はここだけの話、アクア商会の受付スタッフ採用基準は、仕事ができる+コミュニケーション力が優れている+身だしなみに気をつけている人、という裏の基準を設けている。
もし受付に厳ついマッチョな男性がいたら、貴方はどう感じるだろうか。
これが前世ならば男女差別だと、訴えられるかもしれないが、幸いな事にここは階級がすべての別世界! ちょっとぐらい私の好みが入っていたり、ちょっとぐらい私の趣味が入っていたりとするけれど、決して批判されるような事はないと言い切れる!
そこ! 受付嬢のスカートが短いのはこのせいか! とは非難しないでもらいたい。
それにこの様な策はどこの店や商会でも行っている事だし、彼女達も自分たちが商会の顔になっているという自覚もある事だろう。
「それにしてもそれはちょっと問題ね。同じ部署内で問題なら、そこのチーフに注意すればいいだけだけれど、別の部署にまで迷惑がかかっているとなると、さすがに見過ごせないわね」
別にナンパが悪とは言わないけれど、時と場所を考えるといずれ他部署の業務にも差し支えてくることだろう。
「それでそのケヴィンって人はどこの部署なの?」
「えっと確か、製造工場の担当だったような……」
「製造工場?」
製造工場というと私に給料の改善を求めてきたスタッフ達がいた所。
あそこは私が目に掛けているシトロンに任せているのだが、彼がその問題児達をそのまま放置するとも考えられない。
すると気づいていないか、気づいていても彼の手にも負えない程の問題児という事なんだろうか?
あれ? 確か例の噂の報告が上がっていたのもシトロンからだったような……。
「全く、無駄に能力があるんだから、真面目に仕事に向き合ってくれたらいいのに」
なるほどね、仕事面か知識面かでそれなりの能力があるってわけね。
問題児達がアージェント領からの難民ならば、それなりの知識や技術を要していてもそう不思議なことではない。
もともと農業・漁業・畜産がメインのアクアとは異なり、商業・加工・行商が盛んなアージェント領。なので、商会という仕事の中ではどうしても後者の方が有利に働いてしまうのだ。
「分かったわ、そのケヴィンとかいう問題児達は、私からシトロンの方に注意する様伝えておくわ」
私が出て行く事は簡単だが、それではシトロンの現場指揮にも影響が出てしまう。
ここはチーフとしてシトロンの技量に期待しておこう。
「よろしくお願いしますね。あの人ったら自分は貴族なんだって、いつも脅し文句を言ってくるのですよ。だから皆んな迷惑していたんです。ぷんぷん」
「そ、そう。なんか悪かっわね………………って、貴族ぅ!!!??? まってまって、ケヴィン……ケヴィン……ケヴィン………………ってまさか!!??」
ココアの最後の一言で、私とノヴィアが同時に驚きの表情を表したのだった。
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