第59話 なんで知ってるの!?

「これじゃ全然ダメね、赤字ではないけれど出費が多すぎるわ」

 アクア商会に設けられた私専用の執務室で、届いたばかりの資料に目を通す。

 全体的に出荷量や生産量は増えているが、同時にある項目の出費がずば抜けてハネあがっており、結果を見ると僅かばかりの収益に留まっている。

 これが普通の商会ならばいいのだが、アクア商会の収益はそのまま村の資産へと反映されるため、このままでは村の開発事業に響いてしまう。

 せめて今尚流れ続けている難民への救済金さえなんとかなればいいのだが……


「やはりカーネリンの通行税が目立ちますよね、受付班で輸送ルートを選定してはいるのですが、ここ最近は急ぎの案件ばかり舞い込んでしまいまして……」

 私が漏らした言葉に、資料を届けてくれたココアが申し訳なさそうに謝罪してくる。

 彼女が言う急ぎの案件とは、アクア商会で取り扱っている鮮魚や調味料の数々。

 最初はヘリオドールの街を中心に出荷をしていたのだが、噂が噂を呼び、近隣の街やトワイライトの内陸部からの注文が入り、我先にと注文が殺到してしまったのだ。

 商人とは如何に売れる商品を仕入れ、真っ先に市場へと流す目利きと手腕がものをいう。当然ヘリオドールのような大きな街は、他の多くの商会から注目されている訳であって、そこで売れている商材ともなれば、何処よりも先に仕入れようとするのは当然の流れであろう。

 このことはアクア商会にとっては嬉しい事なのだが、急ぎの案件ともなると例の問題がどうしても浮上するのだ。


「仕方がないわ、メルヴェール王国を経由させるルートじゃどうしても輸送に時間が掛かってしまうもの。生産の方にこれ以上負担をかける訳にはいかないし、現状の予算じゃ規模の施設拡大も難しいわ。今は我慢するしかない……といいたいのだけれど、現状は正直厳しいわね」

「……ですよね」

 ココアたち受付班には、アクア商会の経理と村の経済状況を一手に任せてしまっており、現在この村が置かれている事情を一番理解させてしまっている。


 現在アクアで問題となっている事案、それは私の故郷でもあるアージェンド領からの難民。

 戦争が終わったのだから『そろそろ国へ戻ってもいいんじゃない』、と思うかもしれないけれど、例のバカ王子の作戦でアージェンド領の主要な街は全て焼け野原。おまけに領主である叔父は臨時予算さえ食い潰しており、復旧が全く進んでいないのだという。

 そんな状況がこのアクアにも流れているのだから、今すぐ戻りたいと言う人はそうそういないだろう。

 そのため現在このアクアでは救済の為の臨時予算を組み直し、支援へと乗り出しているのだ。

 お陰で予備費にと確保していた資金や、非常時の為に用意していた備蓄品などが湯水のように減り続けてしまっている。

 

「はぁ、まったく頭が痛い事ばかりね」

 ヘリオドールへの街道はまだ時間が必要だと聞いているし、カーネリンの領主への書状もまったく受け取ってもらえないでいる。こんな状況がこの先も続けば、いずれこの村の資金は底をついてしまう事だろう。

 せめてカーネリンへの街道使用料問題さえ片付けば、すべては丸く収まるというのに。


「リネアさん、一度気晴らしに外へ出て行かれてはいかがです?」

「外へ?」

 突きつけられた現実と資料に頭を悩ませていると、ココアが意外な提案を投げてくる。


「はい。最近はずっとお部屋に篭ってお仕事ばかりされていますので、息抜きのつもりで街の様子を見に行かれてはと思いまして。最近は人も増えたので随分と活気が出始めているんですよ」

 思い返せば先日、お屋敷のメイド達がそんな話をしていたわね。

 彼女達にとってもこの地に来てそんなに日にちが経ってはいないが、この二ヶ月で急激に賑わいが出ているのだとか、そんな話を楽しそうに話していた。

 一応ブラック企業にならないよう休みは定期的に入れているので、休日を利用してアクアの繁華街にでも買い物へと出かけてでもいるのだろう。メイドとはいえ彼女たちも私と同じ年頃の女性、ファッションやらお化粧品やらに興味を持っているだろうし、街へ出かけてウィンドショッピングだけでも楽しめる。


 アクア商会では現在輸送先から戻る際、現地の商会を通して特産品などを仕入れているので、この地にには様々な品が集まっている。

 基本は近隣の街や村、隣国のメルヴェール王国へと出荷しているのだが、中にはアージェンド領から流れてきた者が、この地で商売でも始めているのだろう。


 ただここ出てきた問題が一つ。

 このアクアでは大人数を受け入れられる施設なんてないので、アージェント領から流れてきた人たちのために、村の中心地ともいえる地区の空き家を無償で貸し出してしまっている。

 もともとゴーストタウンと成り果てた地区なのだが、歴史と構造的な年数を見れば明らかにこちらの地区の方が立派で、そんな家を無償で貸し出している上に食事や衣類などの援助をしているので、納得がいかない者も出てきているのだ。

 今はまだ問題らしい問題は起こってはいないが、私の元にも不満を漏らしているという話がチラホラ届いている。


「そういえばココアはこの村の生まれなのよね? その……私が勝手に他国の難民とかを受け入れちゃって平気なの?」

「平気ですよ。あの人達だって好きでこの地に流れてきた訳じゃないんだし、困っている時はお互い様。それに遠くの地だというのに、リネアさんを頼りにやって来られたんだから、追い返す訳には行かないじゃありませんか」

「えっ、私を頼りに?」

 えっ、それってどういう事? 私がこの地にいる事はもちろん、アージェント家の人間だという事は誰にも話した事はない。

 それなのにアージェント領の領民が、私を頼ってこの地にやってくるなどあり得ないんだけれど……。


「もしかしてご存知なかったんですか?」

「ご、ご存知って、一体何の話?」

 紅茶を片手に出来るだけ平静を装いつつ、ココアの話に探りを入れる。

 別に一族から完全に離れているのだから怖がる事でもないのだが、見方を変えれば他国からのスパイとも捉え兼ねない。

 そんな事実は欠片もないのだが、もし噂が噂を呼び、トワイライト国内にでも広まれば、望まない問題の一つや二つは湧き上がってしまうかもしれないだろう。

 なので、私がメルヴェール王国のアージェント家の人間だという事は、ずっとひた隠しにしてきたのだ。


「リネアさんって、メルヴェール王国の貴族のご出身なんですよね? だから……」

 ブフーーーーッ!!!

 なんの前触れもなく出てきた爆弾発言に、口に含んでいた紅茶を盛大に撒き散らす。


 まってまって、私が元貴族だなんてこの地に来てから一言たりとも口にした事はないわよね?

 ノヴィアやリアが話すとも思えないし、お屋敷で働いて貰っているメイドさん達にもその辺りは徹底していたので、私サイドから漏れ出た事ないだろう。それなのになんでこの村出身のココアが、私が元貴族だなんて事実を知っているのよ!


「あー、もー。資料が汚れてしまうじゃないですか」

 焦りに焦りまくっている私に対し、ブツブツと文句を言いながら飛び散った水滴を拭き取ってくれるココア。


 えっと、ごめんなさい……って、そんな話じゃなくって。


「ちょっと待って、なんでココアがその事を知っているのよ!」

 同様と焦りから自ら認める発言をしてしまい、『しまった!』と思うも後の祭り。

 だけど当の本人は別段変わった様子もなく、黙々と拭き掃除をしながら……


「皆んな知ってますよ?」

「……へ?」

 皆んな知ってる? なんで?


「もしかして隠していらっしゃったんですか?」

「うぐっ」

「はぁ……、私たちだってバカではないんです。普段からの発現や立ち居振る舞い、商会の立ち上げから運営までこなし、若干17歳でアクアの領主様に抜擢されるなんて、ふつうの少女に出来る訳がないじゃありませんか」

 『やれやれ』といった感じに、ココアが呆れた顔を向けてくる。


 確かに言われてみれば普通の少女じゃあり得ないぐらいの経歴。

 本音を話せば勉学を学んだってだけで、普通の成金貴族でもあり得ない人生なのだが、そこは平民と貴族社会との壁で変に誤解をしてくれているのだろう。

 以前何かのアニメで聞いたセリフのパクリだが、私の中身は『見た目は少女、頭脳は大人、その名は転生少女リネア!』そのもの。しかもこの世界より遥かに発展した世界の知識なのだから、いわば未来をカンニングしているような状態といってもいいのではないだろうか。


「えっと、ココアさん。その事実を一体どなた様から聞かれたのか、お教えいただいてもよろしいでしょうか?」

 若干敬語になっているのは私の今の心境なので見逃してほしい。


「アクア様と亡くなった領主様からですよ」

 彼奴らか!

 アクアには固く口止めはしていたが、その場のノリでうっかりと口にでもしてしまったのだろう。

 そして最大の盲点だったのが亡くなった領主様。

 ココアの話では私が定食屋を営んでいる頃、余所者だけど仲良くしてあげてくれと話されていたのだという。

 その事自体には感謝したいのだが、酒の場で面白可笑しく私の過去で盛り上がっていたと聞けば、文句の一つを口にするぐらい許されるのではないか。


「あっ、でも安心してくださいね。皆んな訳ありだろうって事で、身内にしか話していませんよ。たぶん……」

 はぁ……。今まで隠してきた私はなんだったというのだろうか。

 おそらくココアは話さなかったが、私が結婚が嫌で屋敷を飛び出して来たとかでも、思われているのだろう。

 そのため変に私が窮地に追い込まれないよう、村の人達以外には口外しなかった。

 もしかして私が商会を立ち上げる時や、このアクアの領主になった時も、その辺りが少なからず影響していたのではないだろうか。


「そうだったのね、何か色々気を使わせちゃってたみたいね」

「いえいえ、みんなリネアさんには感謝しているんですよ。中には不満を口にする人達もいますが、このアクアが昔のように活気づき始めているって、喜んでいる人たちも大勢いるんです」

 言われてみれば私は不満や否定的な話ばかり気にしていたが、農家さんや漁師さん達は暮らしが随分と楽になったと、喜んでくれている人たちも大勢いた。

 それにいずれこのアクアに活気が戻れば自然と賑わいが戻ってくるのだし、物や人が回れば、その分暮らしや生活レベルが上がるのは避けられない。

 あとはその環境に如何に慣れるかなのだが、このアクアで暮らす人たちにとっては10年前の記憶があるだけだし、年若い人たちにとっては自身の歩む道が広がったと考えれば、案外否定的な意見が出ているのは少数派なのかもしれない。


「そう言ってもらえると私の頑張りも報われるわ」

 もともとは可愛い妹分でもあるフィルの願いだったのだが、私と妹を受け入れてくれたこの村に感謝しているし、皆んなが豊かな暮らしになってほしいとも願っている。


 んぅーーっ、と机の前で大きく背伸び。

「それじゃココアの言う通り、少し気晴らしに散歩でもしてくるわ」

「はい。いってらっしゃいませ」

 いつもならここにノヴィアが付き添うのだが、生憎あの子は別の部屋でお仕事中。

 若干私だけサボる事に引け目を感じるが、たまには一人でぶらぶらとするのもいいかもしれない。


 私はコートハンガーから薄手の上着を羽織り、ココアが見送るなか部屋の扉に手を伸ばした所で立ち止まる。


「そうそう、さっきの話で一つ訂正。私は17歳じゃなくて18歳よ、あと結婚が嫌で逃げ出したのじゃなく、叔父の道具になるのが嫌で飛び出したの。そこは間違えないでね」

 例え誕生日を迎えたのが先日だとはいえ、18歳は18歳。いつまでも子供扱いされるのはやはり女心としては主張するべきところだろう。


 こうして若干笑いをこらえているココアを横目に、一人街へと繰り出すのだった。

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