第12話 真実と自責と暴走と
「えっ、その話は本当なの?」
ヴィスタとの和解から数日後、いつもの場所で仲良く食事を取っていると、そこへヴィルがある情報をもってやってきた。
「僕も詳しくは知らないんだけれど、偶然二人が話をしているところを見た人がいてね、今その噂が学園中広まっているんだ」
以前少し触れたかもしれないが、リーゼ様がこの学園を去るキッカケの一人に、ケヴィンという子爵家のご子息がいる。
ケヴィン様はリーゼ様の幼馴染で仲の良さもそれなり。家もリーゼ様のブラン家から援助を受けているような関係で、とても敵対するとは思えない人物だ。
だけどエレオノーラ様の事件で、リーゼ様が身の潔白を証明するためにアリバイ証言を頼んだところ、ケヴィン様は何故かそんな事は知らないと突き放されたのだという。
「当時リーゼ様はケヴィン様に別棟に呼び出されていたそうなんだけれど……」
「それは前にも聞いたわ。結局ケヴィン様は来られなかったのよね?」
「あぁ。その事で事件当時のアリバイを証明してもらおうとされたリーゼ様だったけど、そんな事実はないって突き放されたらしい」
リーゼ様にすれば裏切られるはずのない人物に、裏切られた気分だったのではないだろうか。
私はその現場にいたわけでもないし当事者でもない。なので何が真実なのかはわからないが、リーゼ様がケヴィンという人物に呼び出されてたことが事実ならば、初めから罠に掛けようと思わなければこんな事にはならないだろう。
「確か今はウィリアム王子とエレオノーラ様が共謀して、リーゼ様を罠に嵌めたんじゃないかって話が濃厚なのよね?」
流石にここまで大掛かりな事を行おうとすれば、エレオノーラ様一人では難しいだろう。なのでこれはリーゼ様と別れたいウィリアム様と、ウィリアム様と一緒になりたいと思うエレオノーラ様が共謀したのではと囁かれている。
「リネアの言う通り、主謀者はウィリアム王子でそこにエレオノーラ様が乗っかったって説が一番濃厚だね。もしかするとエレオノーラ様の案にウィリアム王子が乗っかったって説もあるけど、流石に王子相手に問い詰めるわけにはいかないから、真相は未だ謎のままなんだ。
それで学園では色んな噂が飛び交っていたんだけれど、数日前にケヴィン様がエレオノーラ様を問い詰めている現場を見たっていう生徒がいて、あれはやっぱり二人の陰謀だったんじゃないかって。ケヴィン様が激しく怒りをぶつけていたっていう話だしね」
どうやら私が悪役令嬢の妹として蔑まれたように、リーゼ様を罠に嵌めたと噂される人物たちもまた、多くの生徒たちから非難の目を向けられていたのだという。
ケヴィン様にすればまさかここまで事が大きくなるとは思ってもいなかったのではないだろうか。だけど結果はリーゼ様とウィリアム様の婚約解消から、リーゼ様の学園追放。家の方もリーゼ様のブラン家から援助を受けていると聞いているので、両親からも相当お叱りを受けた事だろう。
つまり今、学園内ではその辺りの事が憶測が憶測を呼び、ケヴィン様がエレオノーラ様に向かって『話が違うじゃないか』と、詰め寄ったのではと囁かれているらしい。
「ん? ちょっとまって。それって何か変じゃない? なんでケヴィン様がエレオノーラ様に詰め寄るの?」
話を聞いてるうちにふと感じた疑問。
私はてっきり婚約を破棄したいウィリアム王子と、王子と結ばれたいエレオノーラ様の意見が一致し、二人の共謀説だと思っていた。
現に学園内でもそんな噂が広まっていると聞いているし、ウィリアム王子の母君でもある王妃様が、二人のバックに存在しているとも聞いている。
だから私はてっきり王子が関わっていると思っていたのだが……。
「それは単純にウィリアム王子に直接文句を言えなかっただけじゃないの? 相手は王子様なんだから」
確かにヴィスタの言うとおり王子様相手には流石に部が悪いだろう。
だから仲裁として同じ共謀者でもあるエレオノーラ様に詰め寄った、という意味もわからないではないのだが。
「じゃ何でケヴィン様は追い込まれているの? 今の話じゃ自分が置かれている現状に対して、エレオノーラ様に文句を言っていたって事だよね? ケヴィン様の家がリーゼ様のブラン家から支援を受けているにも関わらず、二人の計画に乗ったとするならば、リーゼ様が学園を去るところまで事前のシナリオに入ってるって事じゃない。だったらこんな事になる前になんらからの対策をしておくのが普通じゃない?」
「「あっ」」
ケヴィン様はエレオノーラ様に怒りをぶつけていたと言う話なので、恐らく色んな状況で自身の立場が危ういのだろう。
もしその悪い状況が家名にまで及んでいれば、最悪ブラン家からの援助が打ち切られてまう。
貴族といっても横の繋がりが無ければ領地運営もやっていけないし、収入の少ない領地ならばそういった救いの手は決して手放したりはしないはずだ。
もしリーゼ様の学園追放までが事前のシナリオに含まれているなら、ブラン家の援助が無くなってもいい状況にしておくのが普通ではないだろうか? 例えば私がいるアージェント家や王家の支援を受けられるような感じに。
しかし現実はどこからも支援が受けられず、ブラン家から相当な圧力を掛けられ、いても立ってもいられずに話を持ちかけてきたエレオノーラ様に詰め寄った。
もしかすると自分が王妃になれば貴方の爵位を上げてあげるわよと、一時は怪しい口車に乗せられてしまったが、現実はまだ誰が王妃になるかもわからない状況。そこに痺れを切らしてしまったケヴィン様が声を上げた、といったところではないだろうか。
「もし、もしもよ。ケヴィン様は単純に甘い誘惑に惑わされ、エレオノーラ様の口車に乗ったとするでしょ。エレオノーラ様も単純にリーゼ様に嫌がらせをしようと試みた。それが運の悪いことにウィリアム王子が勝手に暴走し、我に正義ありという被害妄想でリーゼ様を学園から追放してしまった。
普通、王子が学園追放なんて言っても、何の効果をもたらさないことなんて皆んな知ってることじゃない。だから当時は嫌がらせが成功した程度の事だったのに、リーゼ様は学園を騒がせた責任として自ら退学を申し出られてしまった。その結果、娘を罠に嵌めたと解釈したブラン家が、ケヴィン様の家に圧力を掛けちゃったって考えれば、今の状況に当てはまらない?」
仮にウィリアム王子がこの計画に加担しているとすれば、協力したケヴィン様に何らかの方法で温情を掛けるだろう。
本人はリーゼ様と別れたかったという話だし、ケヴィン様はシャルトルーズ家の正当な継承者だ。しかも計画の全容を話しているのならば、裏切られた場合のリスクぐらいは考えているだろう。いくらバカ王子だと噂されていても、流石に秘密を知る危険人物を野放しにはしないはずだ。
「た、確かにリネアの言う話が本当ならば今の状況にピッタリ当てはまるね。だけどそうなると悪いのはエレオノーラ様ただ一人って事にならない? ケヴィン様も協力したとはいえ、エレオノーラ様の口車に乗せられたって事でしょ? しかも只の嫌がらせがここまで話が膨らんでしまったのに、本人は依然と変わらず普通に学園にかよってる。流石にそこまで人を貶める事なんてするかなぁ?」
自分で推理しておいてなんだが、これが本当ならば諸悪の権現はエレオノーラ様ただ一人。
前世で悪役令嬢が主人公に意地悪をする話は良く読んでいたが、まさか現実に、しかも我が義理の姉がその張本人ともなると流石に罪悪感が芽生えてしまう。
もちろん協力してしまったケヴィン様も悪いが、それはある意味自業自得で、ウィリアム王子に至っては単純に転がされてしまったただのバカだ。
それなのに私は今まで何をしてきた?
これは義姉が勝手にしている事、何が真実なのかは知らないと決めつけ、私は今まで何もしてこなかった。ただ部外者だと決めつけ、いや、自分は悪役令嬢の妹だと決めつけ、被害者のまま居続けてきてしまった。私以上に苦しんでいる人を救おうともせずに。
その結果が一人の女性の未来を握り潰してしまったのだ。
そう思うと私は怖くなり全身が寒さに凍えるように震えだす。
「リネアちゃん、大丈夫?」
「えっ? あ、うん。大丈夫よ大丈夫。自分で言っておいてなんだけど、ちょっと怖くなっちゃってね」
「でも、震えてるよ?」
事実を知れば震えもするだろう。ひと一人の人生を台無しにしてしまったのだ。
もし私が動き回って暴走する義姉を止めていれば、もし真実を突き止めリーゼ様の無実を証明出来ていれば、また違った未来に行きついていたかもしれない。
「ごめんヴィスタ、私ちょっと確かめてくる」
「えっ? 確かめてくるって何を?」
「決まっているでしょ。エレオノーラ様に事実を確認しに行ってくる」
そう言うと私はスッと立ち上がり、この隠れた場所から抜け出そうとする。
「ちょっ、ダメだって。そんな事をしたらリネアちゃんの立場が悪くなっちゃうでしょ」
「そうだよ。ここまで逆らわないように我慢してきたんだろう? それをこんな事で台無しにしたら元も子もないじゃないか」
「でも、リーゼ様は学園を辞めちゃったんだよ? それも私の義理の姉が原因で。それなのに私は今まで何もして来なかった。そんな事自分でも許せないよ」
今更私一人が騒いだところで何も状況は変わらないだろう。だけどせめてリーゼ様の汚名だけでも晴らさないと私は自分が許せなくなる。
だけどそんな私を二人は必死に止め……。
「まてって、いきなり本人の前に行って真実を話せって言ったって、言うわけないだろ」
「そうだよ、それに向こうには王子様がいるんだよ。その事は皆んな知っているんだし、リネアちゃんが一人責任を感じる必要はないんだって」
確かに言われてみれば私が一人で問い詰めたところで、真実を話してくれるとはとても思えないし、いつも近くにいるウィリアム王子がそれを許してはくれないだろう。
今の状況でエレオノーラ様が悠々と学園生活を過ごせてるのは、間違いなくウィリアム王子の存在が大きいのは誰もが知る所。恐らく私一人が騒いだところで適当にあしらわれ、権力に押しつぶされ有耶無耶にされてしまうのがオチ。
でも、だからといって……
「いいかい、よく聞いてリネア。この国で王族に逆らうってのは死を意味する事と同じなんだよ。とくにリネアの様に後ろ盾が誰もいない状況なら尚更だ。わかるね?」
そのぐらい私にだって理解できる。
勿論それが本当の意味での死を指しているのではなく、一生王族から睨まれ続けるという地獄を。
平和な日本で暮らしていた私にはドラマの世界でしか見た事はないが、ここ階級社会がすべての国ではこの理不尽さが普通に通ってしまう。だから私は今まで叔父に逆らわない様に振舞って来たのだ。
「リネアはさっき自分が何もしなかったのが悪いって言ってたけど、誰もそんな事を責めたりできない。もしそんな事が出来れば既に誰かがやっているさ。それが出来ていないって事は皆んな同じなんだよ。皆んな我が身、我が家を守るためにグッと我慢している。リネアだってそうだろう? 大切な妹の為にずっと我慢してきたじゃないか。それをこんなところで台無しにしてもいいの?」
……そうだ、ヴィルの言う通り私が下手に逆らって妹のリアの立場が危うくなっては意味がない。
だけど本当にこれが正解? 私は胸を張って正しい人間だと言い切れる?
「リネアちゃん、私もヴィルの言う通りだと思うよ。リネアちゃんの気持ちも分かるけど、そんな事でリネアちゃんの立場が悪くなる事はリーゼ様も望んでないんじゃないかなぁ?」
「リーゼ様が?」
「うん。お姉様の話だと、リーゼ様はウィリアム様との婚約が破棄された事は何とも思ってもいないみたいだし、学園を辞められた事もご自身の意思だっていう話だよ。それに今は肩の荷が下りたって、何か新しい事を始めておられるっておっしゃっていたから」
「それが本当なら、私が騒ぐことでリーゼ様に余計な心配を掛けてしまうわね」
これがもし私を安心させる為の嘘ならば私は再び罪悪感に潰されるだろうが、ヴィスタがそんな嘘をつくとも思えない。
もしかするとリーゼ様が周りに心配させまいと強気に振舞っておられるのかもしれないが、これが事実ならば私が一人空回りをして、今度はリーゼ様が罪悪感にとらわれてしまうかもしれない。
確かにそれだと返って迷惑をかけてしまう事になってしまう。
「それによく考えてもみて、あの王子様だよ? 周りからバカだ無能だと噂され、簡単に騙されて本人は正義の使者だと勘違いしているような人と結婚したいと思う?」
「うっ……確かにそれは嫌かも……」
少々辛口すぎるんじゃないかと言いたいところだが、実際私も同じ意見なのでここは素直に認めることしか出来ないだろう。
するとリーゼ様も本当はウィリアム様と別れたかったってこと?
お二人の婚姻は国が決めた事らしいのでご本人にはどうする事も出来なかった。叔父の話でもブラン伯爵は『娘もこの婚姻を望んでいなかった』とおっしゃっていたので、あながち本当の事なのかもしれない。
「とりあえず少しは冷静に戻れた?」
「う、うん。なんだか二人ともゴメンね」
どうやら自分でも分からないうちに頭に血が上っていたようだ。
改めて考えるとなんて無謀な事をしようとしていたのだろう。ホント止めに入ってくれた二人には感謝するしかないわね。
「それじゃリネアちゃんの頭が冷めたところでお説教タイムね」
「うっ……」
「大体リネアちゃんはね……」
その後、私はヴィスタとヴィルからこっぴどく叱られた事を付け加えておく。
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