第13話 プリンセス・リーゼ(前編)

 ど、どうしよう。何も考えずにここまでやってきてしまったが、大して面識もない私がどうやってお会いすればいいのだろう。


 私は現在あるお屋敷の門前で、ただ呆然と立ち尽くしてしまっている。


 それにしてもなんて大きさのお屋敷なのだろうか。ヴィスタは行けばすぐにわかるよと言ってくれていたけれど、これは完全に予想外だわ。


 基本王都に構えるお屋敷の大きさで、その家の力具合がわかると言われているが、目の前お屋敷はまさにその象徴ともいえる存在ではないだろうか。

 しかもこれで我がアージェント家と同じ伯爵家というのだから、叔父がこの家の主人の事をよく思っていない理由も多少は理解できてしまう。

 

 さて、ホントどうしよ。まさかここまで大きなお屋敷とは思ってもいなかった。

 ただせさえ事前のアポも取っていない上、私は敵対しているアージェント家の人間。勢いだけでヴィスタから住所を聞き出しここまでやっては来たが、冷静に考えれば見ず知らずの私なんかと会ってくれるわけもないだろう。


『もう、リネアちゃんはすぐに暴走しちゃうんだから』

 昨日散々ヴィスタから言われた言葉が私の脳裏を駆け巡る。

 どうやら私は追い詰められると暴走してしまうらしく、昨日も散々とヴィスタに叱られたばかり。

 そういえば前に叔父からヴィスタ達と仲良くするなと言われた時も、一人で勝手に暴走したんだっけ。

 さすが親友、私の性格を知り尽くしていると感心もしたいが、相手がヴィスタじゃなければまず間違いなく身を滅ぼしていただろう。

 ホント、ヴィスタには感謝しなくちゃね。


 それにしてもこれは、手紙か何かを門番の人にでも渡して一度出直したほうがいいのかもしれない。

 昨日の今日なので冷静に冷静にと思って来たものの、よくよく考えてみれば良家のお嬢様が突然の訪問に会ってくれるわけもなく、お詫びの品として手作りの菓子を持参したが、これじゃとてもじゃないが恥ずかしくてお渡しする事も出来ないだろう。


 よし、帰ろう。

 これは戦略的な撤退だと自分に言い聞かせ、回れ右をしたところで遠方からやって来る馬車が目に止まる。


 あぁ、それはそうよね。普通貴族のお屋敷を訪ねると言えば馬車での移動が前提だ。どこの世界に貴族のお屋敷に徒歩で会いに行くと言うのだろう。

 うん、やっぱり帰ろう。

 そう思い再び歩み出した時、なぜか先ほど見えた馬車が私の真横で停まってしまう。


 あれ? なんでこんな場所で停まるの?

 周りを見渡してもただ貴族街の道が続くだけ。先ほど私が棒立ちしていた門はもう少し先だし、そもそもこんな何もないところでは停まらないだろう。

 すると馬車が停まった目的は私? いやいやないわー。

 一瞬ヴィスタの顔が浮かぶも彼女も私同様リーゼ様との面識はたいしてない。そもそも休みの日はレッスンやらお稽古事やらで忙しいと言っていたし、昨日も予定があって付いて行ってはあげれないのよと断られたばかりだ。


 まさかここで私が会いに来た当人が出てくる、ってことはないわよね?


 私が今日会いに来た人物、それはブラン家のご令嬢であるリーゼ・ブラン様。

 どんな状況にしろ見て見ぬ振りをしていた自分が許せなく、一言だけでも謝ろうと、ヴィスタにブラン家のお屋敷がある場所を教えてもらいここまでやってきた。


 流石に偶然私を見かけたリーゼ様が馬車を停めたって、そんな奇跡があれば既に逃げ腰の私は、間違いなくダッシュでこの場を離れてしまうだろう。

 内心ドキドキしながら待っていると馬車の小窓がが開き、そこから顔を出されたのは……。

「良かったわ、入れ違いにならなくて」

「えっ、シンシア……様?」

 そこに居られたのはヴィスタとヴィルのお姉さまでもあるシンシア様だった。


「えっと、お久しぶり、ですぅ?」

 語尾がおかしくなったのはどうか見逃して欲しい。

 だって完全に予想外の方が出てきたうえに第一声が、『入れ違いにならなくてよかった』はとくれば、首を傾げながらもとりあえず挨拶するのは最低限の礼儀というものだろう。

 でもなんで?


「お久しぶりリネアちゃん。さぁ乗って」

「へ? 乗る?」

 シンシア様がそう言うと、御者の方が降りてきて馬車の扉が開かれる。

 まてまて、私がシンシア様の馬車に乗る? そもそも何でここにシンシア様が?

 そう言えばシンシア様ってリーゼ様と仲が良かったんだっけ? するとこれはヴィスタが事前にシンシア様にお願いしていたってこと?

 どうせ私の事だから無謀にもブラン家に突撃して、あっさり玉砕するだろうとでも思われていたのだろう。

 さすが”真“友、シンシア様まで手配してくれているなんて想像すらしていなかった。


「ヴィスタから話は聞いているわ、リーゼちゃんに会いに行くんでしょ?」

「そ、そうなんですけど、流石に事前の連絡無しにはちょっと失礼かなぁって……あは、あははは」

 シンシア様には申し訳ないが、一度逃げ腰になってしまっては今更気持ちを切り替えるのは難しいと言うもの。

 とりあえずは笑って誤魔化しならが一歩、一歩と後ずさる。

 だけどそんな私の行動すら既に把握されていたようで、あれよあれよという間に馬車へと乗せられたかと思うと、気づけばブラン家の門の中に。

 うん、やっぱりヴィスタのお姉様だ。私じゃとても勝てませんでした。




「初めまして、って言うのも変かしら? リーゼ・ブランよ」

「あっ、えっと、リネア・アージェントです」

 馬車がお屋敷の前に到着するなり、案内されたのは客間ではなくリーゼ様ご本人のお部屋。いきなり部外者である私がリーゼ様のお部屋に入ってもいいのかと、少々気後れしそうな思いだが、いきなり押し掛けた身である私にそんな贅沢な事を言えるわけもなく、ただ目の前に現れたリーゼ様ご本人に挨拶するのが精一杯。

 ただしガチガチで噛み噛みなのは見なかった事にしてほしい。


「リーゼちゃん、リネアちゃんの事を知ってるの?」

「えぇ、以前一度だけ学園で話した事があるわね。ちょっとした挨拶のようなものだったからお互い名乗り合ってはいないのだけれど」

 シンシア様の問いかけに答えられるリーゼ様。

 恐らく以前ヴィスタに付き纏う男子生徒から助けて貰った事を言ってくださっているのだろう。

 確かにあの時はゆっくりと会話をしている状況でもなかったし、学園の人気者でもあるリーゼ様に名乗れるような立場でもなかったのだが、まさかあの時の事を覚えていただいているとは正直思いもしなかった。


「それで今日は私に用事があるって聞いているのだけれど」

「あ、はい。その、突然の訪問にもかかわらずお時間を取っていただきありがとうございます」

 別段警戒されているというわけではなさそうだが、仮にも私はリーゼ様を嵌めたエレオノーラ様の義妹。まずは失礼がないように空いている方だけの手でスカートをつまみ、カーテシーでお時間を取って頂いた事にお礼を言う。


「大丈夫よ、事前にシンシアから連絡は受けていたから」

「えっ、シンシア様が?」

 そう言えばシンシア様が私を探していたという事は、事前に連絡を入れてくれていても不思議ではない。

 私はシンシア様に向かい、改めてこの場を用意してくださった事にお礼を言う。


「うふふ、可愛い妹の頼みだし、リネアちゃんとは知らない仲でもないからね。お役に立てて光栄よ」

「ありがとうございますシンシア様」

 ヴィルにしろ、シンシア様にしろ、私はヴィスタの好意に甘えてばかりね。いつか何処かでお返ししなければ、好意の重みで私が潰れてしまいそうだわ。


「それで今日お尋ねしたのは、リーゼ様に一言お詫びをと思いまして」

「私にお詫び? う〜ん、リネアさんにお詫びをされるような事は思いつかないのだけれど」

 そう言いながらリーゼ様は首を傾げるポーズを取られる。


「……やっぱり思いつかないわね。ごめんなさいね、記憶力は悪い方じゃないのだけれど」

 それはそうだろう。リーゼ様にすれば救いの手を差し伸べてくれなかったその他大勢のうちの一人だ。

 これで罠に嵌めた身内からの謝罪なんていらない! なんて声を上げるような人物ならば、私はここまで罪悪感には苛まれなかっただろう。


「謝罪したいというのは、我が義理の姉がリーゼ様にした行為のことで……」

「義理の姉というとエレオノーラのこと?」

「はい。私は今アージェント家にお世話になっており、立場上エレオノーラ様とは義理の姉妹って事になっているんです」

「う〜ん、大体の事情はシンシアから聞いてるけど、エレオノーラとリネアさんは関係ないでしょ? それなのにどこを謝罪するの?」

「私はこれはウィリアム様と義理の姉がした事だと決めつけ、ずっと傍観していました。リーゼ様が学園を辞めてしまう状況だと言うのに、私は義姉を問い詰めようともせず、ただ私には関係のない話だと決めつけていたんです」

 私は心に溜めていた気持ちをすべてリーゼ様にぶつけた。

 これは我が義姉、たった一人の嫌がらせだったのではないだろうか。ウィリアム様はその流れに勝手に暴走したんじゃないだろうか。

 私がもし姉に問い詰めていれば、ウィリアム様の暴走はなかったんじゃないだろうか。

 何もしなかった私は義姉の非難する資格などないのではないだろうかと。


 するとリーゼ様は……


「……ぷっ、ふふふ、あはははは」

 突然吹き出したかと思うと、お腹を抱えて笑い出されるのだった。

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