第14話 プリンセス・リーゼ(中編)
へ? 今の話の中に笑う要素なんってあったっけ?
私が溜め込んでしまった思いを謝罪すると、何故か突然笑いだされるリーゼ様。
これがもし軽蔑するような笑い方なら嫌悪感も湧くのだろうが、良家のお嬢様が見せるとは思えないような、お腹を抱えて笑う程のリアクション。
お陰で先ほどまで抱いていた罪悪感が一気に吹き飛び、リーゼ様が落ち着くまでの間で気持ちを切り替えることができた。
「ご、ごめんなさいね、決して悪気があって笑ったんじゃないのよ」
笑顔で薄っすら涙を見せるほどの姿から、恐らくその言葉に偽りはないだろう。
間近で見ていたのでわかるが、あの笑いには裏も表もない、ただ純粋に楽しいという感情しか見当たらなかった。
少々失礼じゃないかという思いも僅かながらにはあるが、それでもリーゼ様のような完璧人間でも人前でこんなに笑うんだと、ある意味新鮮さのようなものも感じてしまう。
「ちょっとね、私の事をそんな風に考えてくれる人がいるんだと思ったら、なんだか嬉しくなってね」
「嬉しい、ですか? でもリーゼ様は学園の人気者だし、私と同じように考えられる方がおられるんじゃないんです?」
何と言ってもリーゼ様は学園の人気者。私じゃないが、何もできない現状に苦しんでいる人もいるのではないだろうか。
「そうね、もしかすると何も出来ない自分を悔やんだ人もいたかもしれないわね。でもね、その事で自分を責めたりする人はいないと思うわよ」
「まさか、そんな事はないと思いますよ。だってリーゼ様の人気は……」
「残念だけどそれが現実よ。私の人気なんて精々家柄と立場から来ているだけで、人を惹きつける力なんて持ち合わせてはいないわ。例えるならアイドル的な存在かしら?」
あぁ、言われてみれば何となく理解出来てしまう。
リーゼ様はいわゆる学園、もしくは国中の人気者。前世で例えるなら人気芸能人といったところか。
私も昔はアイドルの追っかけなどをしていたのでその感情がわかってしまうが、相手はまるで雲の上のような存在なので、何とかしてあげたい、救い出してあげたいとは思うが、私なんかが手を差し伸べなくても、ご自身や周りの方がなんとかされるだとうと、勝手な解釈をしてしまう。
つまりリーゼ様がおっしゃっているのは、わざわざ無謀にも伯爵家に飛び込み、直接謝りに来るような変わり者はいないって事。
「私の知り合いに自然と人を惹きつけてしまう方がおられるけど、カリスマっていうのかなぁ。この人の元で働きたい、この人の力になりたいって思わせるだけの魅力があるものなの。あの方ならリネアさんのような感情を抱く人も大勢出てくるんでしょうけど、私じゃ精々遠くから見守っておく程度でしょうね」
「はぁ……」
リーゼ様がおっしゃっているあの方と言うのが誰だかわからないが、リーゼ様も大概すごい方だと思ってしまうのだが。
そう口にしようとすると、リーゼ様は何か香りを嗅ぐ様な仕草をされたかと思うと、そのまま私が持つバスケットの方へと視線を移し。
「なんだか甘い香りがするわね」
「あっ」
そういえばお詫びの品として手作りのお菓子を持って来たんだっけ。
だけどこんなに大きなお屋敷で暮らしておられれば、流石に私程度が作ったお菓子ではどうしても見劣りしてしまう。
こっそり持ち帰ろうと思っていたのだが、どうやら臭いから中身がバレテしまった様だ。
「えっと、これはその……」
出そうか出すまいか、どうしようかと迷っていると。
「もしかしてリネアちゃんの手作りお菓子? ヴィスタが何時も嬉しそうに話しているのよ」と、シンシア様からのアッパブローが私の鳩尾に炸裂する。
「まぁ、それは楽しみね。折角だから三人でお茶会でもしましょうか」
結局控えておられたメイドさんにバスケットを渡し、なし崩し的にリーゼ様の部屋でお茶会が始まった。
「珍しい食べ物ね。何て言うお菓子なの?」
「これは……」
「懐かしわね、いちご大福じゃない」
私がシンシア様の問いかけに答えようとすると、代わりにリーゼ様がやや興奮気味に答えてくる。
今回私が用意したお菓子、それは和菓子の代表格でもあるいちご大福。
リーゼ様のような良家のお嬢様なら、ありとあらゆるスィーツは食べておられるだろうと思い、和菓子に挑戦してみた。
旬のフルーツでもあるいちごをベースに、先日ヴィスタに連れて行ってもらったスィーツショップで買ったチョコレートをコーティング。餡は白餡にミルクを混ぜたミルク餡で、外側のお餅は柔らかさを重視して作り上げた。
この世界っていちごはあるけど、前世のように品種改良がされていないからそこまで甘くはないのよね。だからあえてチョコレートを溶かして甘さを引き立たせ、餡に馴染みのない人でも受け入れやすいように甘いミルク餡を採用してみたた。
おかげで予想以上にに甘い香りが引き立ってしまったせいで、リーゼ様にバレテしまったのではあるが、中身が餡子ばかりでは嫌がる人もいるだろうし、メインとなるのはあくまでいちご。白餡にいたっては極力少なめにし、ミルクを混ぜる事で馴染みやすい味に整えたってわけ。
「まさかこの国で大福を食べられるなんて思ってもみなかったわ。でも白餡なんてよくあったわね。あれは東の島国しかないはずなんだけど」
「あぁ、その餡は手作りなんです。白いんげんの豆をすり潰して、砂糖とミルクを混ぜ合わせて作ったんです」
こし餡も元を辿ればただの小豆。作り方さえ知っていればそれほど難しいものでもないし、大量に作るわけでもないからそれほど時間もかからない。
ただ唯一の難点は新鮮ないちごを使っているために日持ちがしないところだが、そこは作ったその日に食べれば特に問題も出ないだろう。
「ホント美味しいわね。和菓子ってそんなに好きじゃないんだけれど、これならいくつでも食べられるわ」
そう言いながら、リーゼ様が器用にフォークとナイフを使って召し上がられる。
まぁ、大福をフォークとナイフで食べるという妙な状況ではあるが、専用の楊枝が用意できなかったのでその辺りは大目に見てもらいたい。
「実は私も和菓子ってそんなに好きじゃないんですが、洋と和を混ぜ合わせたようなお菓子は普通に食べれますし、お芋や栗を使ったお菓子は大好きなんです」
「あぁ、その気持ちは私にもわかるわ。栗は洋菓子にもよく使われているし、スイートポテトは和菓子っていう人もいるぐらいだしね」
どうやらリーゼ様の好みも私と似たようなものなのだろう。
本当は栗やお芋を使ったお菓子をとも思っていたのだが、生憎今の季節では手に入りにくく、泣く泣く旬のフルーツでもあるいちごをつかってみたのだが、どうやらミルクを入れることで餡の甘さを控えめにし、チョコをコーティングする事で洋菓子風に仕上げた事が正解だったようだ。
隣を見ればシンシア様もこちらの様子を見守りながらも、美味しそうに召し上がられているようだし、リーゼ様もお気に召したようなので、心の中でホッと安堵する。
「ねぇ、話の途中で申し訳ないんだけれど、さっきから二人で和菓子だとか洋菓子とか何の話をしているの?」
「「ブフーーーッ……」」
恐らくこの時の私は大好きなお菓子の話で、完全に気持ちが緩んでしまっていたのだろう。
続くシンシア様の言葉に、私とリーゼ様は口の中の液体を壮大に噴射させてしまうのだった。
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