第15話 プリンセス・リーゼ(後編)


 シンシア様の問いかけに、飲みかけだった紅茶を壮大に噴射させる私とリーゼ様。その現場を見ていたメイドさんが、大慌てで飛び散った液体を拭き取ってくださる様子に私とリーゼ様は平謝り。


 ついつい大好きなお菓子トークに夢中で忘れていたが、ここは日本とは違う別世界。食材や食べ物は共通する部分も多いのだが、流石にこの国では和菓子や洋菓子なんて言葉は存在しない。

 幸い良家のご令嬢らしく少量づつ口にしていたため、想像していたほどの大きな被害は出ていないが、それでも掃除をするメイドさんからすればいい迷惑。

 私とリーゼ様はアタフタアタフタとしながら、二人同時に掃除をしてくれるメイドさんに対して謝罪する。


 ………………あれ、二人同時?


「あ、あの、リーゼ様?」

 何かが引っかかり、思わずリーゼ様に問いかけようとするも、目の前のリーゼ様は私の声すら聞こえない様子で、何やら必死に誤魔化そうとしている。


「そ、それよりもリネアさんってお菓子作りが得意なのね。私の知り合いにお菓子作りが得意な方がおられるんだけど、どことなくその方に似ていることろがあるわね」

「はぁ、そうなんですか?」

 何やら強引に話の流れを変えられた気分だが、お菓子作りが得意な方と聞けば自然と興味が湧いてくる。


 それにしてもリーゼ様との会話って、私と普通に会話が成立していなかった?

 そういえば大福の事もご存知だったし、見た目だけで大福の中身がいちごだとも見抜いていた。

 するとリーゼ様って私と同じ………………お菓子マニア?


 時々いるのだ、妙にお菓子に詳しいお菓子マニア。

 メーカーやお店が新作や季節限定の商品を出すと、必ずチェックしないと気が済まない性格。中には自ら考案したメニューを提案したり、自身でアレンジしたオリジナルのお菓子を作ったりと。

 何を隠そうこの私もアレンジ大好きのお菓子マニアなのだが、リーゼ様のこの慌てようから恐らく隠れお菓子マニアなのだろう。

 東に浮かぶ島国には、昔暮らした前世の日本のような風習に近いと耳にした事があるので、おそらくそこから大福の材料を取り寄せしたのではないだろうか。

 流石お金持ちのお嬢様、お菓子にかける情熱が違うわね。



「もしかしてリーゼちゃんが言ってる方って、ローズマリーの会長さん?」

「ローズマリー? どこがで聞いたような……」

「リネアちゃん知らない? 最近王都で人気のスィーツショップなんだけど」

「あぁ、先日ヴィスタに連れて行ってもらったあのお店。そういえばそんな名前だった気が……」

 私が持ってきたいちご大福に使用したチョコ、それが売っていたスィーツショップがそんな名前のお店だった。

 聞いた話では隣国に拠点を置くチェーン店らしいのだが、先日のタルトのお返しにとヴィスタが連れて行ってくれたお店で、懐かしい前世を思い出させるようなラインナップに、チョコや多種多様の茶葉なども多く売っていた。

 まさかそこの会長さんと知り合いとは、流石リーゼ様と言うべきなのか。


「さっき私が言っていた自然と人を惹きつけてしまう、って言う人がまさにその人なんだけど、何処となくリネアさんと雰囲気が似ているのよね」

「私がですか?」

 過大評価していただいているとこと申し訳ないが、平々凡々で何の特徴もない私じゃ、とてもじゃないが人を惹きつけられる自信などこれっぽっちもありはしない。


「なんて言うのかしら、手を貸してあげたいって気持ちも勿論あるのだけど、自然と次は何をしてくれるんだろう、どんな未来を見せてくれるんだろうって想いが湧き上がってきて、それを楽しみにしている自分がいるのよね」

「そういえばヴィスタも似たような事を言っていたわね。リネアちゃんは危なっかしくて見ていられないけれど、いつか人を引っ張っていくような存在になるんじゃないかって」

「そ、それはさすがに買いかぶりではないでしょうか?」

 上げに上げまくられてはいるが、私は人の上に立てるような人物では決してない。

 もしお菓子作りの事を期待されたのならば、それはあくまでもただの趣味範囲であり、リーゼ様のお知り合いのようにお店を展開させるほどの知識もなければ、人を扱えるようなコミュニケーション力も持ち合わせてはいない。

 第一に前世ではただの雇われの見習い料理人だったのだから、精々頑張ったところで小さな食堂を経営出来る程度ではないだろうか。


「ふふふ、まぁ私たちが幾ら言ったところでわからないでしょうね。ただね、そういう人っていうのは、好かれる対象が人間に対してだけじゃない、ってことだけは頭に入れておいて」

「はぁ……、よく分かりませんが、リーゼ様のお言葉は心に刻んでおきます」

 人間以外に好かれるっていうのは犬や猫のようなペットにも? ってことかしら。

 確かに前世ではやたらと猫や犬には好かれていたが、それが一体何の役に立つというのだろうか。


「リネアさん、今後何か困ったことがあれば気軽に相談に来なさい。出来るだけ力になるわよ」

「お気遣いありがとうございます。もしもの時はご相談させていただきますね」

 社交辞令として相談させていただくと言ったものの、流石にこれ以上ここを訪れるわけにもいかないだろう。

 今日も周りを警戒しながらやっては来たが、本来王妃候補で敵対関係にある私がホイホイと来ていい場所では決してない。

 それに今後アージェント家から出る時が来たとしても、リーゼ様を頼ればあらぬ噂が立たぬとも言えないので、恐らく王妃候補がひと段落しない限りは二度と会う事も叶わないだろう。


「そうだわ。ティナ、あの本を持ってきてくれるかしら?」

 リーゼ様が近くに控えていたメイドさんお願いし、本棚から一冊の本を受け取る。


「これは?」

「その本はこの大陸の事が書かれているものなんだけれど、今後の貴女の生活に役立つんじゃないかと思って」

 それって私がこの国から、叔父のお屋敷から逃げ出そうとしている事を知っているって事?

 そういえば先ほどシンシア様から、私の置かれている事情を知っているとおっしゃっていたっけ?

 私は生まれてから一度もこの国から出た事がないので、他国の事が書かれている書物があるなら是非一度読んでみたい。


「これは大陸中の国や地域の地図が書かれている本なのだけど、その国の特色や貿易されている品、その地で生産されている作物や生息している生き物などが書かれているの」

 そう言われながら受け取った本のページをパラパラとめくってみる。

 ざっと目を通した感想では、前世で学んだ地理的な本に似ているのだろうか。

 現在通っている学園でも似たような教学は受けているのだが、これはもっと専門的な内容が事細かく書かれている。

 中には精霊がなんたら、精霊契約がかんたらなどと意味不明のファンタジー要素も含まれているが、確かに今の私には役に立つだろう。


「これをお借りしてもよろしいので?」

「いいえ、今日のお礼として差し上げるわ」

「い、いいんですか? これって貴重な本じゃないんです?」

 この世界じゃ本は大変貴重なもの。庶民でも借りられる大きな図書館も存在するが、実際に買おうとすれば其れなりの額にはなるだろう。


「大丈夫よ。一通りは目を通しているし、同じ本がお父様の書斎にも残っているから」

 同じ本が二冊もというのも驚きだが、あっさりと貴重な本をプレゼントすると言うのも驚きだ。

 それにしてもいいのだろうか。今日会ったばかりのような私がこのような貴重な本をいただいても。

 確かに中々の分厚さなので、全てに目を通そうと思えばそれなりの時間はかかってしまうし、内容をすべて覚えきれる自信も全くない。

 私はしばし考えた末、ありがたく本を頂くことにする。


 その後は時間が経つのが忘れるぐらい色んな話を交わし、リーゼ様やシンシア様と仲良くなることが出来た。

 私が今置かれている状況や妹と一緒に遊んだ懐かしい思い出を話し、シンシア様からはヴィスタやヴィルの幼い頃の思い出や、姉弟喧嘩をした話なんかも教えてもらった。

 リーゼ様はやたらとウィリアム様への愚痴をこぼしておられたが、私に気を使ってからエレオノーラ様への批判は一度もなかった。

 そして時は流れ、別れの時がやってくる。



「それじゃ今日はお邪魔いたしました」

「私も楽しかったわ。こんなに話をしたのは久しぶりなぐらいよ」

 お屋敷の前でリーゼ様とのお別れの挨拶を交わしあう。

 この後シンシア様の馬車に乗せてもらい、人気の少ない場所で降ろしてもらう手はずとなっているが、リーゼ様とはここでお別れ。

 恐らく次に会えることがあるとすれば、それは王妃候補が確定した後でないと難しいのではないだろうか。


「じゃ私はリネアちゃんを送って行くね」

「えぇ、お願いするわねシンシア。くれぐれもひと目につかないようにお願いね」

 一応、お二人とも私が置かれている状況をわかってくれているので、その辺りの配慮を気遣ってくれているのだろう。


「また会いましょうねリネアさん」

「はい、次にお会いできるのを楽しみにしています」

 馬車に乗り込み小窓から最後の挨拶を交わす。


「及ばずながら貴女の明るい未来を祈っているわ」

「ありがとうございますリーゼ様。それではまた」

「えぇ、また会いましょう」

 その言葉を合図に馬車が走り出す。

 リーゼ様は手を振って見送ってくださり、私はそれに応えるように馬車の中から手を振り返す。

 お互い再会することを願いつつ、やがて馬車はブラン家の敷地内から帰路につく。

 しかしこの時の私は気づかなかった。ブラン家の屋敷の陰から私たちの様子を見つめていた一人の青年がいたことを。

 その青年がリーゼ様を嵌め、エレオノーラ様に力添えしていた人物だということを。

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