第10話 ペンダントに込められた想い

 ———— 10年前 ————


 あの日、私は大好きな両親が初めて出会ったという小高い草原に、お気に入りのリボンで髪結んでもらい、家族四人でピクニックへと出かけた。

 普段から何かと忙しい父、花のように周りの人達まで明るくする母、私の後ろを懸命に追いかけてくる可愛い妹。

 忙しい仕事の合間に作ってくれた家族だけの安らぎのひと時と、久々の家族水入らずと言う事で、当時の私は随分はしゃいでいたんだと思う。何処までも続く草原と、たくさんの草花に囲まれて私はリリアを連れて彼方此方と走り回った。


 今思えば当時の私は結構ヤンチャな分類に入っていたんだろう。珍しいもの、目に入るもの全てが遊び道具であり、野ウサギを見つけてはリリアと一緒に追いかけたものだ。


 当時暮らしていた街はあいにく観光名所ともいえる場所はなかったけれど、鉱山から採れる宝石や鉱石の加工が盛んで、大変賑わっていたんだと思う。

 街には入れ替わり立ち替わり、多くの商人達がやってきては商品を売って、その資金で仕入れて帰る。そういった光景が街の彼方此方で見られた。

 そんな商人達が一時の休憩場所としていたのがこの草原で、そこで出会った彼、アレクと名乗る少年もそんな旅商人一行の一人だった。


「へぇ、素敵な名前だねリネアって。僕はアレクって言うんだよ」


 私より一つ年上であったにもかかわらず、彼は私と妹と一緒に遊んでくれた。

 彼にしてみれば私は妹のような存在だったのかもしれない。現に4つ年下の妹がいると言っていたのだから、まさしく私も妹のようなものだったのだろう。

 おままごとに泥遊び、ぬいぐるみを使った遊びまで付き合ってくれたのだから、今の私からすれば感謝の言葉を贈りたいぐらいだ。



「ねぇ、リネアは将来何になりたいの?」

「ん〜、お嫁さん!」

「そっか、お嫁さんか。リネアならきっと可愛いお嫁さんになれるね」

「アレクは、アレクは将来何になりたいの?」

「僕? そうだなぁ……」

 時折見せる大人びた姿。たった一つしか年が離れていないにもかかわらず、アレクは私なんかよりよほど大きく見えた事をよく覚えている。


「僕はね、いずれ多くの人たちを導かなければいけないんだ。だけど僕の決断で大勢の人たちを不幸にも幸せにもできてしまう、その現実が怖くてね」

 当時の私は彼が言っている意味が半分も理解出来なかったが、恐らく商隊を率いているのだからアレクの判断で街の人たちや、商隊で働く人たちが豊かな暮らしが出来るかどうかを言いたかったのだろう。


「リネアはいいね、優しいお父さんとお母さんがいて」

「ん? アレクにはお父さんもお母さんもいないの?」

「ん〜、いるにはいるんだけれどあまり会えなくてね。父は忙しい方だし、母は遠くの空の上に行っちゃったから」

「寂しくないの?」

「そうだね、寂しくないといえば嘘になるけど、僕は父を尊敬しているし、母は今もここにいるんだ」

 そう言って、彼は胸元に隠していた一つのペンダントを私に見せてくれる。

 それは少し古めかしいデザインだったが、澄み切った青い石が嵌められた女性用の可愛らしいペンダント。その時はどうして彼がこんなペンダントを持っていたかは知らなかったのだが、私はどんな宝石よりも素敵に見えた事を、今でも良く覚えている。


「これはね、亡くなった母の形見のペンダントなんだ」

「お母さんの?」

「そうだよ、母は遠くの星空の元へと行っちゃったけれど、このペンダントがあると近くにいてくれるんじゃないかと思えてね。本当はそんな甘えなんて捨てなければならないんだけれど、僕にはどうしても手放せなくてね」

 アレクの話ではそのペンダントはご両親が愛を誓い合った際に、父親からお母さんに送られた思い出の品なのだという。

 私は彼の話を聞き、彼のために泣いた。

 甘えてもいいじゃない、手放さなくてもいいじゃない。人は支えがないと生きていけないんだから、アレクが泣いている時には私が駆けつけるよと。

 そんな私の応えをアレクは笑いながら優しく微笑んでくれる。ありがとう、少し気持ちが楽になったよって。


「母は父からの贈り物をことごとく断っていたらしんだけれど、たった一つだけ父が不器用ながらにも作ったこのペンダンを気に入ったらしくてね、嬉しそうによく見せてくれていたんだ」

 そんな大切なペンダントを彼は私に預けてくれた。私のおかげで決心がついたと言って。

 一体彼が何を抱えていたのかは知らないが、今となっては彼なりに亡くなった母への思いを断ち切るための決意だったのだろう。


 そんなアレクとの楽しい時間もあっという間に過ぎてしまい、彼がいる商人達の出発の時がやってきた。


「ごめんね、そろそろ次の街へと向かうみたいなんだ」


 その言葉を聞いた時、私は壮大に泣き喚いた事を良く覚えている。

 彼にしてみれば一時の休憩の合間だけ、たまたま近くで遊んでいた私に付き合ってくれただけだけに過ぎず、まさかここで駄々を捏ねられるとは思ってもみなかったのだろう。だけどそんな理屈など当時の私に理解できるわけもなく、両親や彼の商人仲間達を相当困らせてしまったのだと、後から聞かされて赤面したものだ。

 結局泣き止まない私に両親はお手あげ、商人の人達も私の機嫌をとろうとお菓子やおもちゃなどをチラつかせてみたものの効果はでず、ほとほと困り果ててしまった末、彼は私の前に来てこう言ったのだ。


「大丈夫だよリネア、僕とは離れ離れになっちゃうけど君にはこんなに優しい両親がいるじゃない」

「でも、でもでもでも」

「それじゃ約束しよう、僕が泣いている時にリネアが駆けつけてくれるなら、僕はリネアが困った時には必ず駆けつける。どこに居ようが、どんなに姿が変わっていようが必ずだ」

「ぐすん、今じゃだめなの?」

「今の僕じゃリネアを守ってあげる力は持っていないからね。だからこれから僕はリネアを守れる為にいっぱいいっぱい努力するよ、勉強も武術も信頼も。全部全部リネアと再会する為に」

 そう言って彼は泣きじゃくる私に自分が持っていたペンダントを首にかけてくれる。

 

「これは?」

「約束の証だよ、このペンダントは言わば僕の分身。また会える時までこれを預かっていてくれないか?」

「でも、これ……アレクにとって大切なものなんじゃ……」

「いいんだよ。僕がリネアに持っていて欲しいと思っているから預けるんだ。他の誰でもないリネアにね」

 当時の私には彼の言葉が心に響いた。もしこれが『プレゼントするよ』だったらここまで深くは感じなかっただろう、大切なペンダントだと言っていたので突き返していたかもしれない。だけど『預ける』という言葉は、いつか必ず再会を果たそうと言っている。その言葉が私の心を照らし、10年も経った今でも私の心の中に生き続けている。

 そんな彼に私はお気に入りだったらリボンを解き、ペンダントと交換する形で彼に預けた。私の大切なリボンだと言って。


 今から考えれば再会なんて奇跡でも起こらなければ果たせない約束であろう。私は生まれた街を後にしているのだし、アージェントの名前を伝えた記憶もない。

 恐らく彼も同じような思いではないだろうか、幼い頃の約束を、今を生きるための希望に変えて、お互いが尊敬できるような大人になって再会を果たす。

 たぶん始めから再会できるとは思ってもいないのだろうが、恥ずかしくない大人になるための一種の誓いではないかと、私はそう思っている。






「ぐすん、リネアちゃんは今もアレクの事を想っているんだね。だから無理やり決められた結婚から逃げるためにお屋敷から逃げ出そうとぐすん、。リネアちゃんならアレクと再会できるって私は信じるよ。ぐすん」

 私の話を聞き終えたヴィスタはなぜか薄っすら涙を浮かべ、私をいい子いい子と宥めてくる。

 って、今の話のどこに感動する内容が含まれていた!?


「だから私とアレクはそんな関係じゃないんだってば。それに逃げ出すと言っても単に自分のためだけであって、別にアレクを探しに行こうなんて思ってもいないから」

 感動のところ申し訳ないが、単に理不尽な結婚と、残していくリリアの事が心配なだけであって、アレクを探しに行こうなどとは考えたこともなかった。

 そりゃ私も一応女の子なので、流れ着いた先で偶然再会、なんて夢のような未来を想像したこともあったが、通信手段もなければ馬車以外の交通手段もない世界では、再会する可能性はほぼゼロに近いだろう。

 それは恐らくアレクとて同じ考えのはずだ。


「それじゃリネアちゃんはアレクに会いたくないの?」

「うぐっ」

 流石はヴィスタ、私の痛いところを的確に突いてくる。

 会いたい、会いたくないと聞かれれば迷うことなく会いたいと答える。だけどそれは恋愛感情とかではなく、ただ単にお礼と預かっているペンダントを返したいだけであって、お互い立派な大人になったんだね。で終わるんだ。とは思っている。


「リネアちゃんは考えたことはなかった? 実は心の奥底でお互い思い続けていて、再会をきっかけに恋に火が付く未来とか。物語のように熱い恋が始まるとか、一度ぐらいは想像したんじゃないの? ねぇ、どうなの!」

「うっ……」

 ヴィスタがこんなにも恋バナに熱い子だとは思ってもいなかった。

 目をキラキラさせたかと思うと、今度は私の心にぐいぐいと潜り込んで、すっかりヴィスタのペースに飲み込まれてしまっている。

 これが他の誰かなら私もヴィスタに加勢していたかもしれないが、当事者となってしまえば只々迫力に負けて、この場から逃げ出したいと思うのは仕方がないことだろう。


「そ、それはその、多少は……私も女の子なんだから考えなかったわけじゃないけど……」

 ついついヴィスタの迫力に負け、出来るだけ言葉を濁しながら答えたが、これじゃ彼女の攻撃は止まらないだろう、と思いきや。

「そっかぁ、じゃヴィルの勝ち目は薄いのかなぁ」

 思わぬ答えに今度は私の方が尋ねてしまう。


「へ? なんでここでヴィルがでてくるのよ?」

 今の流れではどう考えてもヴィルが出てくる要素はなかったはずだけど?


「うん、いいのいいの。リネアちゃんは分からなくて」

「ん?」

 結局そのあと午後の予鈴が鳴ったので、お互いへの追及はここで終了。

 当分の間は教室では別々に授業を受け、お昼休みはこの秘密の場所で一緒に過ごそうということでまとまった。


 それにしても何でヴィルの名前が出てきたのかしら?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る