第9話 幸せの敗北宣言

「それにしても良く私が追い詰められているって気づいたわね」

 ヴィスタに全てをブチまけたお陰で私はようやくいつもの自分に戻る事が出来た。

 その事に関しては感謝してもしきれないほどだが、あの時の私は何も告げずにじっと悲しみと嫌われたらいやだという恐怖で、とてもヴィスタと意思疎通出来る状態ではなかった。

 それなのにヴィスタは全てを察して優しく声を掛けてくれた上に、考える時間まで与えてくれたのだ。もし私が逆の立場ならその時にどこか別の場所へと連れ出すか、無理やりにでも隣の席に移動して理由を聞き出そうとしていたかもしれない。

 あの時もしヴィスタが私に迫っていれば、私は彼女を拒絶し、ヴィスタもまた何も語らない私に愛想をつかしていたかもしれない。

 結果的に午前中の一人の時間が持てたからこそ、私も冷静になる事が出来たのだし、全てを話そうという決意も出来たのだ。


「リネアちゃん、それ本気でいってる?」

「えっ、一応本気で言ってるんだけれど……」

 ヴィスタは深いため息を一つつくと、やれやれといった様子で説明してくれる。


「リネアちゃんは気づいていないようだけれど、私の顔を見るなり泣きそうな顔をしていたんだよ。実際泣いていたし」

「いや、まぁ、そうなんだけど……」

 あの時の話を改めて聞かされると、やはり少々自分が子供すぎて恥ずかしい思いが込み上がる。

 どうやら私が思っていた以上に酷い顔をしていたようで、問い詰めようにも触れたらその場で砕けてしまいそうな様子に、少し時間を置こうと思ってくれたらしい。

 いやはやどうもヴィスタも私同様、その場で問い詰めようと思ったらしいのだが、今にも泣きそうな顔を見たら、思わず問い詰める事を躊躇してしまったのだという。


 うん、さすが我が親友。考えも行動も良く似てるわね。


「どうせリネアちゃんの事だから、リリアちゃんを守るためには叔父さんに言われた通りの行動は起こさなければならない。だけど理由を説明したら私の事が信じられないのかとか、そんな理由で友達を止めるのかとか、私に嫌われるのが怖かったからでしょ?」

「うっ……」

「もう、1年以上も一緒にいるんだよ。リネアちゃんの考える事ぐらい手に取るようにわかるよ。単純なんだから」

「うぐっ……」

 最後の一言は少々余計な言葉な気もするが、ズバリ私が抱いていた感情をこうも完璧に言われれば、両手をあげて降伏の意志を示すしか私に逃げ場はないだろう。


「まったくリネアちゃんは何でも一人で抱え込みすぎなんだよ。全部を話してとまではいわないけど、もっと私を信頼してよ」

「うっ、ご、ごめん」

 今になって思うと手紙か何かで伝えるという手段もあったし、リリアが人質状態だと告げればヴィスタなら分かってはくれていただろう。

 そう思うと大人な対応をしてくれたヴィスタに感謝と謝罪の言葉しか思いつかない。


「もう、反省してよね。それでもリネアちゃんが泣き出した時は流石にどうしようかと思ったんだよ。周りもリネアちゃんの様子がおかしい事は分かっていたみたいだし、泣き出した時は一斉に教室から逃げ出すしで」

「へ? 逃げ出す?」

「もしかしてそれも気づいてなかったの?」

 やれやれといった様子でヴィスタが当時の様子を教えてくれる。

 なんでも私の様子が変だと気づいたクラスの皆んなが、遠巻きにこちらの様子を伺っていたのだという。そんな時に突然私が泣き出したものだから、皆んなは自分達が悪いんじゃないかと思い、一斉に教室から逃げ出したんだという。

 だから私が一人になっているというのに、誰も攻撃してこなかったのね。


「多分皆んなもやり過ぎたとかとか思っているんじゃない? 少なくともクラスの皆んなはリネアちゃんが置かれている状況は知っているわけだし、今回の件がなければ友達になりたそうにしていた子もいたんだよ」

 ん〜、確かに私が養子だという事は言っちゃっているし、どこぞのお爺ちゃんと結婚する事も伝わっている。まともなご家庭ならばそんな理不尽を通した結婚など推し進めないだろう。

 思い返せばまた拒否されるんじゃないかと思い、私の方から拒んでいた節もあるので、あながちヴィスタが言っている事もあったのかもしれない。


「それじゃ私に向けられていた視線って……」

「半分は同情で、半分は自責の念ってところじゃない? まぁどちらにせよ、ここ最近は周りの雰囲気に乗っかってリネアちゃんを非難したり、くだらない理由から離れていった事は間違いじゃないんだから、気にする必要はないと思うよ」

 なんだかヴィスタがここまで周りを見ていた事にも驚きだが、他の生徒に厳しい言葉を言っている事にも新鮮さを感じてしまう。

 もしかしたら貴族だ金持ちだと見ていたのは私の方かもしれないわね。

 ヴィスタも私も一人の人間なんだから、嫌いだと思う人もいれば許せないと思う感情もあるんだと知ると、なんだか抱え込んでいた気持ちが軽くなったように感じる。


「ありがとうヴィスタ、なんだか少し気持ちが楽になったわ」

 改めてヴィスタにお礼をの言葉を口にするが、彼女の攻撃は正にここから始まった。


「で、愛しのペンダントの君とはどうなっているの?」

 ブフッ

「ななな、何よそのペンダントの君って言うのは!?」

「だってリネアちゃん、その男の子の事を詳しく教えてくれないんだもの」

「そ、それは……」

 ヴィスタには、幼い頃に一人の少年から預かったペンダントとだけ伝えたのみで、当時の詳しい経緯までは教えていない。

 ただ私が困っている時に、このペンダントに縋っていた事は薄々気付かれてはいたらしい。


「よし、丁度いい機会だから全部教えてもらおうかな。うふふ」

 急ににこやかな笑顔で迫ってくるヴィスタに、私はペンダントを隠すように僅かばかり後ずさる。


「さぁ、この際だから白状しなさい!」

「ちょっ、ちょっとまって、きゃは、ヴィスタ、そこダメ、きゃはは、それ反則、きゃははは」

 こんな狭い空間で私の逃げ場あるわけもなく、草木の壁に追い詰められた私はヴィスタのくすぐりの刑に捕まってしまう。

「まって、きゃはは、ダメだって、きゃははは」

「さぁ、さぁ、全てを話すと言うまでやめないよ」

「ま、まって、きゃはは、私弱いの、きゃはは、わ、わかった、きゃはは、話すから、きゃはは、全部話すからぁー」

 はい、ごめんなさい。負けました。

 痛さやくすぐりにはめっぽう弱い私が勝てるわけもなく、結局私が降伏宣言をするまでやめてくれませんでした。


「はぁ、はぁ、はぁ。先に言っておくけど大して面白話じゃないわよ」

「大丈夫、恋話は本人とっては面白くないけど、他人が聞けば面白いと相場が決まってるから!」

 何か思いっきり力説されたが、確かに私を含めて女性陣は他人の恋話は大好物だ。

「って、恋話じゃないから! 私とアレクはそんな関係じゃないから!」

「へぇ、ペンダントの君はアレクって言うのね」わくわく

 うぐっ

 ついつい彼の名前を口にしてしまい、思わず回れ右をしてこの場から逃げ出したい気分になるが、目をキラキラさせたヴィスタにガッチリと腕を掴まれており、逃走の手段を潰されている。

 おにょれ、さすが我が親友、私の行動を全て知り尽くされている。


 はぁ……

 私は諦めたように一つため息をつき、ポツリポツリと語り出す。彼、アレクとの出会いの物語を。

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