3話:“スイタ”ジャンクション街


「グリン、僕は地上に戻るけど、どうする」

「お、泣き止んだ」

「泣いてない」

「……はいはい。んーあのね、実はアヤトの【回帰に至る剣リグレス・ブレード】に触れた時にね、あたし記憶が少し戻ってきたの。あたしの記憶がないのに何か関係しているのかもしれない。だから……」

「……付いてくるのか?」

「ダメ?」


 悲しそうな表情を浮かべるグリンに僕は駄目と言えるはずがなかった。

 そもそもグリンのおかげで、僕は固有武装を覚醒させる事が出来たんだ。感謝しかない。


 それに僕も、グリンの記憶が気になっていた。なぜ彼女はこの剣の事を知っていたのか。

 だから僕は、迷いなくこうグリンに答えたのだった。


「もちろん構わないさ。改めてよろしくなグリン」

「……! 流石アヤト! 話が分かる! ここの座り心地、中々悪くないわ!」


 グリンが嬉しそうにポンポンと僕の右肩を叩いた。


「僕の右肩は椅子ではないんだけど」

「あたし的には褒め言葉なんですけど! そういえばちょっと気掛かりがあってね……。ねえアヤト、これからどうするつもり?」


 僕は、負傷した部分を庇いつつゆっくりと地上へと戻りながらグリンと会話する。


「どうするも何も、とりあえず戦える武器は手に入れたんだ。もう少し浅い階層で慣らしてから、どうするか考えるさ。自分から抜けたチームにまた戻るのはちょっと気まずいけど……」

「チームか……んーアヤト、断言出来るけど、


 グリンが強い口調でそう言い切った。


「……この剣のせいか」

「うん。それは出来ればあまり人には見せない方がいいよ。あたしの勘なんだけど……その剣は世界の根幹に通じてる気がするの。もしそれが広まれば、絶対、厄介事になる」

「根幹?」

「そう。この歪な世界の謎を解く鍵がその剣にはある気がする」

「……やれやれ、随分と壮大な話になってきた」


 そういて僕は出口に辿り着くと、地上へと出た。


「ここが……地上?」


 想像と違う……と言わんばかりのグリンの言葉に僕は思わず笑ってしまった。


 辺りは白い霧で包まれており、何も見えない。僕は迷うことなく、いちばん近いところにある【柱】へと向かう。


「なんか天井ないのに違和感を感じる……」

「ずっとダンジョンにいたらそうなるさ。ルインダイバーの中には【空恐怖症】を発症する奴がいるぐらいだ」


 ダンジョンに潜りすぎて、天井がない、つまり空が怖く感じる、ルインダイバー特有の精神疾患だ。幸い僕はまだ発症していないがそれなりの数のルインダイバーがそれに掛かってしまうとか。


 それを拗らせて、ダンジョン内に住み着いてしまうルインダイバーもいるぐらいだ。大抵はマモノに襲われて死んでしまうが……


 僕は白い霧の向こうに、巨大な柱が見えてきて、ホッとした。ここまで来ればあと少しだ。


 その柱にある階段を僕は上がっていく。地上から十数メートルほど上がったところで階段は終わり、その代わりに、まっすぐに伸びる道路が左右に続いていた。


 ここは異海に沈んだ都市を結ぶ街道にして、人類の数少ない居住地となる、【高速】と呼ばれる場所だ。


「うわああ!! 綺麗……!!」


 丁度夕方になったようだ。白い霧は高速まで届かず、視界はクリアだ。

 白霧の海はオレンジ色に染まり、崩れた巨大建造物の影がコントラストとなっていて、グリンでなくても感動する光景だ。


「世界って……こんなに広いんだ」


 360度見渡せる事に感動したグリンが飛び回る。


「異海がなければ……もっと綺麗なんだろうけどね」

「異海?」

「ああ。この白い霧の事さ」


 僕は軽くグリンに異海について説明した。


「100年ぐらい前の話かな? 人類はこの星で栄華を極めていた。天高くそびえる建造物に、地下深くまで続く大都市。だけどある日突然地下から、白い霧、つまり異海が発生するようになった」


 僕が聞いた話だと、僕らがいるこの島から全ては始まったと聞くけど、真実は霧の中だ。


「異海はあっという間に地上へとあふれ出した。そして同時に地下からマモノが現れて人類を襲いはじめた」

「マモノ? それってグレンデルとかゴブリンの事?」

「ああ」

「……あれの正式名称はね……【機生獣エピサイト】」

「エピサイト?」

「うん。でもなぜそう呼ばれていたのかはよく覚えてない……だからマモノでいいよ」

「分かった。とにかく出現したマモノに当然人類は抵抗したんだけど……この異海が厄介だった」


 異海……未だにそれが何なのか分かっていないが、一つだけはっきりしている事がある。

 それは、この中に入ると――全ての機械が使えなくなるという特性。


 機械に頼っていた人類は抵抗するも、次々と都市を落とされ、結果異海の届かない高地へと追いやられてしまった。


「だけど、人類側も、異海内で使える武器を見つけた」

「それが……アヤト達が固有武装って呼んでる奴ね」

「そう。そういえばグリンはこれを違う名前で呼んでいたよね?」

「うん。あたしはそれらをエーテル武器って認識してる。でもなぜそう呼ぶのかは……分かんない」

「まあ、仕方ない」


 こうして人類はマモノに抵抗する力を手に入れたが、既に遅すぎた。


「ま、そんなわけで、今はほとんどの人類が高地で自給自足して生活している。だけど、一部の物好きやかつての栄華を忘れられない人々は、未だにこうして都市部に住んでいるのさ。その中でも異海に潜って日々の生活費を稼いでいるルインダイバーは異常者だな」

「ルインダイバー……アヤトもそれだよね」

「そ。まあダンジョンに魅入られたと言ってもいいね」


 僕は高速を東へと歩く。目指すはジャンクション街だ。


 高速には各都市へと続く交差点のような場所があり、その上にちょっとした街が築かれていた。それらを僕らルインダイバーはジャンクション街だとかIC街だとかと呼んでいた。


 僕が【太陽の塔】に潜る理由は、この辺りでも規模の大きいジャンクション街である【スイタ】が近いからだ。


 ほとんどのルインダイバーはそもそもチームを組むし、チームを組んだのならオオサカ地区でも、もっと中央部に近いダンジョンの方が実入りは良い。

 

 だから、街が近いのにも関わらず【太陽の塔】は潜るルインダイバーの数も少なく、ソロの僕としては都合が良かったのだ。


「もしかしてあれがジャンクション街!? 凄い!」


 グリンが指差す先に見えたのは、高速が何本も絡まったような場所の上に鉄板やら何やらで作られた無秩序な街。

 それぞれが好き勝手に増築改築を繰り返しているおかげで、規則性のない姿になっている。色んなところから突き出た煙突代わりのパイプからは白い煙が漂っている。


 どうみても混沌とした光景なのに、なぜかそれが一種の調和を作り上げており、僕は嫌いではなかった。


 辺りも暗くなってきたのか、街には明かりが付き始めている。


「さて……グリン。すまないけど、隠れてくれるか?」

「へ?  なんで?」

「グリンの事は、僕のこの剣と同じぐらいに、人には見られない方が良いからだよ」

「ええ! あたしもあの街の中見たい!」


 バタバタと肩で暴れるグリン。


「いや、見たい……って言われても。変なの見付かって連れ去られてもいいのか?」

「うーそれは嫌……あ、そういえばあたし機械の中に潜めるから、アヤトの剣を巣にしていい?」

「巣?」

「そう! グレムリンは機械の中が寝床なの、大きさはあんまり関係ないの」

「良いけど、壊すなよ? ようやく僕が手に入れた武器なんだから」

「分かってるって! 何ならちょっと調べておくしメンテナンスもしとくし」

「ならまあ……」

「やったー! じゃあまた出られるようになったら呼んでね!」


 グリンは肩から僕の腰に差してある柄へと飛び、青く光ったと思うと柄と融合し、姿が消えた。


「おお、ほんとに中に入った」

「んーちょっと狭いけど、中々悪くないよ」

「うお、その状態で喋れるのか!」


 柄からグリンの声が聞こえてきてちょっとびっくりした。


「勿論。まあしばらくは黙ってまーす」

「はいはい」


 こうして僕は無事にスイタに辿り着いたのだった。



☆☆☆


 両側にトタンになっている、アップダウンの激しい通路を進み、僕は目当てのジャンク屋へと辿り着いた。


「まいどー」


 暖簾をくぐって中に入ると、狭い店内には用途不明のガラクタが所狭しと並んでいる。

 奥の作業台にいたデカい男が僕の顔を見て、不器用な笑みを浮かべた。


 その男は巨体に作業着を纏い、額には眼鏡のような物――僕らは検査鏡と呼ぶ――をかけており、頭部は剃り上がっていた。見る者に威圧感を与える見た目だが、中身は気の良いおっさんである事を僕は知っている。


「おお? アヤトか。まだ死んでねえようだな」

「ダンジョンダイブから帰ってくるたんびにそれ言うの止めろよ……縁起でもない。ふふ、今日は良いコアが手に入ったぜ、もっさん」


 僕がもっさんと呼んでいるこの男は、このスイタで僕がもっとも懇意にしているジャンク屋だ。

 ジャンク屋は名前の通り、地上やダンジョンで見付かったあらゆる物を買い取ってくれる。コア、遺物、遺産……なんでもだ。


「あん? ゴブリンのコアなら見飽きたぞ。買い取りはするがよお。せめてインプかコボルトぐらいのコアじゃねえとなあ」


 もっさんは物々交換ではなく共通貨幣である“エン”での取引をしてくれるので、僕としてはかなりありがたい。

 僕はバックパックの専用ケースからグレンデルのコアを取り出して、もっさんに渡した。


「……おいアヤト。こいつを何処で手に入れた」


 もっさんが額にかけていた検査鏡をかけ直し、僕の持ってきたコアを検分しはじめた。どうやら偽物かもしれないと疑っているようだ。


「ここだけの話にして欲しいんだが、【太陽の塔】の1階層最奥に隠された大部屋があった」


 僕は声を潜めて、もっさんに説明した。


「昨晩の地震か……。ちっ俺も一緒に行けば良かった。だけどよ、なんでそんなところにグレンデルが」

「その大部屋の更に奥は地下水路に繋がっていて、どうもそこから出てきたみたいだ。2体見つけて、コアを入手出来たのはこの一つだけ」

「地下水路だ? だがそいつはまずいな。グレンデルがそんな浅い階層でのさばってたら【太陽の塔】はされちまうぞ」

「ああ。だから明日もう一度詳しく調査しようと思ってるんだ」


 管理局。その正式名称は確か【異海遺跡および旧文明管理局(Ruinsea And Formercivilization Management Agency)】で、R・A・F・M・Aラフマと呼ばれ事もあるが、ただ単に管理局と呼ばれる事の方が多い。


 長ったらしい名前の通り、ややこしい連中で、ダンジョンやそれに潜るルインダイバーの管理を行っている。僕達は基本的に彼らに従わないといけないのだが……反抗的なルインダイバーは多い。


 そうされる理由は様々だが、管理局によってそのダンジョンが潜行禁止に指定される場合がある。これは封印指定と呼ばれ、これを破るとルインダイバーライセンスの剥奪だけではなく、長期間彼らの留置場にて拘束される事もあるという。


 そんなわけで、出来れば管理局の手が入る前に調べておきたいのだ。


「俺も同行していいか?」


 もっさんが真剣な表情で僕を見つめた。

 この人は、決して自分だけの利益や悪意で動く人ではない事を僕は知っている。それに彼は戦闘は出来ないが、異海の遺物や遺産についてはスペシャリストだ。是非ともあの車庫についての意見を聞きたい。


「そう思ってこの話をしたのさ」

「話が分かる奴で助かるよ。管理局には?」

「調べてから……だろ?」


 僕はきっと悪い笑みを浮かべていただろう。もっさんもそれと同じ表情を返した。


「聞くまでもなかったな。……ん? 待て。グレンデルが2体ってさっき言ったな?」

「ああ、そうだが?」

「アヤト、お前……独りでどうやってグレンデルを2体も」


 もっさんがそこに疑問は抱くのは至極当然だった。長い付き合いとはいえ、つい昨日までFランクで役立たずの固有武装しか持っていない僕に、Bランクのグレンデルをしかも2体倒すなど不可能に近い。


 僕は声を限りなく小さくして、もっさんに答えた。


「ようやく……戦える力を手に入れた。あとオマケも」


 僕がそう言った瞬間に、腰に衝撃。


「痛っ!」

「おいどうした!?」

「なんでもない」


 グリンが手だけ柄から出して僕の腰骨をダイレクトに殴ったようだ。どうやらオマケ扱いはお気に召さないようだ。


「そうか……やっとか……。しかし【アルビオン】を追放されてからとはまた……皮肉だな」

「まあね。とりあえず戻る気はないよ」


 僕が【アルビオン】を抜けた事は狭い業界であるがゆえに、すぐに広まった。そして僕の望み通り、僕は追放されたという事になっている。


 自ら抜けたとなると、何かチームに問題があるのかもしれないと邪推する輩がいるかもしれないからだ。


 結果、【アルビオン】はここ最近快進撃を続けている。これで良かったのだ。


「とりあえずグレンデルのコアなら、高額で引き取らせてもらうが……良いのか? 固有武装作成に使わないのか?」


 もっさんは僕が日々固有武装の作成に明け暮れている事を知っている。なんせ、ランクの高いコアが出回ったら言い値で買うから確保してくれと頼み込んだぐらいだ。


 【アルビオン】にいた頃もランクの高いコアで何度か固有武装を作ったけど……結果は同じだった。それでも無駄足になるのを覚悟で、一応確保だけしておこうと思ったのだ。


 だけど、僕にはもう必要はない。今それよりも金だ。まだ今後どう行動するか決め切れていないが……いずれにせよお金は必要なのだ。


「もう必要ない。もっさんが有効活用してくれ」

「……ふっ、なら50万エンでどうだ?」

「ちと高くないか? Bランクコアの相場なら40万前後だろ」

「俺からの祝いだよ。明日の護衛代込みだ」

「オーケイ。それで手を打とう」


 僕は腰のポーチから、カード型のデバイスを取り出してもっさんへと渡した。金銭のやり取りは物理でなく、デバイス上で行うのだ。身分証明書やルインダイバーライセンスにもなるので、無くすと大変だ。


 僕は、デバイス上で確かに50万エンが入金された事を確認して、頷いた。それを見てもっさんは見た目に反して繊細な手つきでそれを背後の大型専用ケースへと仕舞った。


「じゃあ、明日、9時に東門集合で」

「ああ。飲み過ぎて寝坊するなよアヤト」

「はは、その時は寝床まで起こしに来てくれ」


 僕はもっさんに別れを告げて、ジャンク屋を後にした。空はすっかり暗くなり、星が瞬いている。

 そういえば、大昔は夜でも星が見えないほどに街は明るかったそうだ。


「そう考えたら今の方が良いな」


 僕は星を見るのが好きだった。夜空を見上げていると急に疲労と眠気が押し寄せてきているのを感じて僕は、常宿にしている安さだけが取り柄の宿屋へと向かったのだった。



☆☆☆



 それは悪夢……だったのかもしれない。


「ん? 指揮&%のグレンデルとその部下が&%&らもロスト?」


 ノイズ混じりの画質の荒い映像を見ているかのようだ。辛うじて、髪の長い女性が椅子らしき物に座っているのが分かる。右足は機械化しているのか金属のような光を放っており、左足は獣の脚のように見えた。


「あの異海%&にはグレ&%ルを倒せるほどの人間はいない&%$だけど……&%6シグナルを再生&%頂戴」


 女性の声にもノイズが混じっており、聞き取りづらい。良く見れば椅子の後ろには禍々しい大鎌が立て掛けてあるのが分かる


「%$%かエーテル適合者がまだ生き&%ていた? 有&%’い……早急に調査を&%&%しなさい。ヘ%テ%様が知る&に」


 視界の荒さに嫌気が差した時、その女性の赤く光る瞳がなぜかこちらを凝視している事に気付いた。


「お前――


 その言葉とゾッとするほど美しいその女性の微笑みだけはノイズもなくクリアに見えて、次の瞬間にその映像は途切れた。


 それが本当に夢だったのかどうかは分からない。


 だけど僕が起きた時には、その夢はまるで波に削られた砂城のようにもろく崩れ、僕の記憶から消えていったのだった。

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