4話:十字路には悪魔が佇む
【太陽の塔】、1階層。
もっさんと共に、再び【太陽の塔】に潜った僕は、早速ゴブリンの群れに遭遇したが臆する事なく【
「“再現せよ”【
僕の手にある柄から青い光が伸び、それは両刃剣の形に固定された。その青い光はグリン曰くエーテル光というらしい。
「それがお前の固有武装か。良い輝きじゃねえか」
「まあね」
僕は眼光が赤く蠢くゴブリンの群れへと疾走し、クラウ・ソラスを横に一閃。光刃は僕の意志で長さを調整できるので、ゴブリン全員に届くように一瞬でリーチを伸ばす。
結果としてゴブリン達全員の首を切断されて、その場に倒れた。
目にコアがあったゴブリン達は頭部だけを残し消失。まだ動いている連中は右腕にコアがあるのだろう。
僕は今度は縦に剣を振り、こちらへと走ってくるゴブリンの右腕を的確に狙って切断していく。
あっという間にゴブリンの群れは全滅。コアが含まれているゴブリンの右腕と頭部が床に散乱している。
「……お前ほんとにFランクか?」
もっさんが呆れた声を上げた。
「剣術だけは毎日鍛錬していたからね」
「しかし、その固有武装……長さ変えられるのか……強いな」
「光る事と、長さを変えられるのがこの固有武装の能力だね」
僕はそう言って、クラウ・ソラスを見つめた。
中にいるグリンが微かに笑っているのが伝わってくる。
僕は今朝、もっさんとの待ち合わせの前に宿の部屋で【
まず、グリンの話に寄ると、この剣はあらゆる聖剣や魔剣、神剣といった、古代より語り継がれた剣を再現する事が出来るという。
だが、結果としてその力には色々と制限があった。
例えば、最初から全ての剣が再現できるわけではないようだ。僕は色々と試した結果、今のところ無条件で再現出来る剣は2本だけだった。
グレンデル討伐の際に使ったフルンティングと、このクラウ・ソラスだ。
【
そのせいか伝承によっては、他の有名な聖剣、魔剣と同一視される事もあるという。つまり、クラウ・ソラスは北欧神話やケルト神話における聖剣・魔剣の根源と言っていいのだ。
グリンは、クラウ・ソラスは本質や概念が【
では、なぜ僕はグレンデルと相対した時にクラウ・ソラスではなくフルンティングを再現できたのか。その条件はまだ未確定だが、グリンは、“物語上、そうなるのが必然だったから”、という何とも曖昧な仮説を立てた。
確かに、フルンティングの持ち主であったベーオウルフはグレンデルを倒す際にそれを使ったという伝承が残っている。つまり、グレンデルを倒すというその“物語”自体を
そして一度でも再現できればアンロックされるのか、フルンティングはクラウ・ソラス同様にいつでも無条件に再現出来るようになっていた。
僕としてはこの二つで十分過ぎるほど強いので満足なのだが、他の聖剣や魔剣をアンロックさせるには、それを使う状況を整える必要があるのかもしれない。もし本当にそうであれば何ともめんどくさい条件である。
いずれにせよ、この規格外の能力を管理局に知られれば、間違いなく僕の固有武装は没収されてしまうだろう。なので、この力については誰にも話さない事にした。
僕が信頼しているもっさんにすら、僕はクラウ・ソラス以外の剣を見せるつもりはなかった。クラウ・ソラスの能力の一部でしかない、光って辺りを照らす能力や刀身の長さが持ち主の意志で変わる能力だけを印象付けて他を隠す。
少しだけ嘘を付いている罪悪感はあるが、仕方ない。
「しかしお前も光刃タイプとはな。ナナと一緒じゃねえか」
「ナナの【光鱗】はもっと凄いけどね。まあ確かに似ているかも」
もっさんが素早くゴブリンのコアを回収していく。僕も手伝いながら、耳を澄ませ周囲を警戒する。いつグレンデルが現れるとも限らない。
その後、結局グレンデルと遭遇せずに例の車庫へと辿り着いた。床はすっかり乾いており、例の地下水路の水は全て抜けてしまったようだ。
僕はひとしきり辺りを見回して、マモノがいない事を確認すると、もっさんから貰ったマモノ探知の警報を入口に設置した。これで、マモノが入ってくればすぐに分かる。
ダンジョン内では基本的に機械類は使えないのだが、例外がある。それは僕らが使う固有武装とマモノの機械部分、そして、マモノのコアを加工して作った機械類だ。
マモノのコアを組み込むことによって動力源にもなり、異海でも使えるようになるので便利なんだけどそれを作れる職人の数は少ない。
もっさんはその数少ない職人の一人で、今設置した警報ももっさんの作った物だ。
「こいつぁ……凄いな」
「でしょ? 飛行機なんて僕初めて見たよ」
飛行機の残骸の前で、もっさんがため息を付いた。
「ああ……俺もガキの頃に見たっきりだ。まさかこんなところにあるとはな。ちとバラしてもいいか? もしかしたら何か内部に残ってるかもしれねえ」
もっさんのその目は少年に戻っていた。ジャンク屋としての好奇心が疼くのだろう。
僕は、おそらく中身はすっかりグリンに食べられてしまっているかもしれないなと思ったが、頷いておいた。
「僕は、グレンデルが出てきた地下水路を見てくるよ。一応辺りを警戒しておいて」
「おう、任せろ。ゴブリンぐらいならスパナで殴って倒すさ」
力こぶを作ってニカッと笑うもっさんを見て、彼なら確かに出来そうだと僕は思った。
早速解体に取りかかるもっさんを置いて、僕はクラウ・ソラスの光で地下水路跡を照らした。見れば少しだけまだ水は流れている。流れてきている方を見ると、少し先は崩落したのか、瓦礫が積み重なっており、その隙間からちょろちょろと水が染み出ていた。
「あれが、グレンデルの仕業なのかどうか……」
僕は、水が流れていく、つまり地下へと緩やかに下っている方をクラウ・ソラスを掲げて照らす。十数メートル先までは見えるがその先は真っ暗だ。だが、かなり先まで続いているのは分かる。
「どう思うグリン」
もっさんがいないので、遠慮無く僕はグリンへと話しかけた。グリンは、ひょこっとクラウ・ソラスの柄から顔を出して僕の視線の先を同じように見るが、力無く首を振った。
「んー分かんない。あたし、さっきの場所以前の記憶が曖昧なのよね。でも少なくともこんな所は通ってないと思うし、先に何があるかも分かんない」
「だよな。ちょっと行ってみるか」
僕は、一度もっさんのところに戻る、先を探索する旨を伝えて地下水路への入口に警報を設置した。
そのまま僕は水の流れと共に地下水路を進んでいく。
じめじめとしていて、カビ臭い。ダンジョンはどちらかというと乾いている印象が多いので、湿気がある事に違和感を覚える。
どれぐらい進んだだろうか? 携帯デバイスで深度を確認する。深度37mと思ったよりさして深くまで来ていないが、結構な距離は歩いた。
そろそろ戻ろうか……そう思った時に、地下水路の出口が見えた。
その先は、大きな回廊に繋がっていた。その大回廊は緩やかにカーブしており、天井までは20mぐらい、床と天井の間に細い通路が両側の壁のところに2本上下にあり、その左右と地階には小さな部屋が所狭しと並んでいた。
「これは……モール跡か」
それは大型ダンジョンに時々ある構造で、僕らはモール跡と呼んでいた。古い時代の商業施設の跡で、ここは3階部分まであるので、三層型モール構造だろう。
「この辺りにこんなダンジョンはなかったはずだ」
僕の覚えている限り、この近辺に大型ダンジョンはないし、いちばん近い大型ダンジョンは十数キロほど南に行かないとない。流石そこまで歩いたとは考えにくい。
「そうなの? んーなんか美味しそうな機械ないかなあ」
グリンが柄から飛び出して、僕の頭上を旋回しながら辺りを見渡していた。僕も警戒しつつも少し歩いて調べてみる事にした。
「もし未発見のダンジョンなら……凄いぞ。宝の山だ」
僕の言葉を受けてグリンが天井近くまで飛んでから、しばらくして戻ってくるとしょんぼりとした顔で僕にこう告げた。
「んー、でもなんか……空っぽだ」
僕は大回廊に並ぶ小さな部屋を覗いていくと、確かに店舗らしき跡はあるが……中身は荒らされていて何も残っていなかった。まるで……強盗か何かが全てかっ攫っていったような、そんな感じだ。
「……既にルインダイバーが潜っていたか。でもおかしいな……いくら強欲なルインダイバーチームでもここまで荒らす事はない」
「そうなの? でもパッと見たら、どの店舗も同じような感じだよ?」
「……嫌な感じだな。一度戻ろうか」
僕は、その大回廊が同じ大きさの大回廊と交差している所にさしかかって、戻る事にした。深追いは危険だ。グリンはせめて何か見付けられないかとキョロキョロしている。
緩くカーブしている大回廊同士が交わるその歪な十字路の手前で僕は踵を返そうとすると、グリンが僕の肩に着地した。なぜかその身体は震えているように感じる。
「ん? どうしたグリン」
「逃げて……アヤト、逃げて!」
グリンの震えた声と同時に、僕は肌が粟立つ感覚に襲われた。駄目だ……絶対に見ちゃ駄目だ……そう思いつつもグリンの向いている方へ――十字路の中心へと僕は視線を向けてしまった。
「グレムリンに……人間。なるほどなるほど、
聞き覚えのある声。記憶の残滓。夢の欠片。
その十字路の真ん中には、妖精を従えた女が立っていた。
有り得ない……そんな女はさっきまでいなかった。まるで、そこにいるのが自然で――むしろ僕がその存在を見逃していただけ――そんな風に感じてしまう。
その女の白く長い髪が風もないのに揺れていて、背後にはコウモリのような黒い翼が折りたたまれていた。喪服のようなドレスを着ていて、手にはまるで生きているかと錯覚するような有機的な造形をした巨大な鎌。
何より目を引くのは、ドレスの裾から伸びる機械化した右足に、まるで山羊か何かのような毛むくじゃらの左足。
それは、どう見ても人間ではない。だけど……マモノと呼ぶには……あまりに……禍々しい。
その人間離れした人形のように整った顔の横には、グリンとよく似た姿の妖精が飛んでいた。髪の色は赤で、顔付きは多少違うが、それ以外はグリンとそっくりだ。
つまり、あれも――グレムリンなのだろう。
「アヤト……アレはやばいよ……なんでグレムリンを従えているのかは分かんないし、そもそもアレが何なのか分からなけど……やばいって事だけは分かる」
「分かってるよ……僕も身体の震えが止まらない……」
そんな僕らを見て、その女は――笑った。
「あははっ! まだ……エーテル適合者がいたとは……しかも
「……可及的速やかに始末することを推奨」
「分かってるさ、分かってるとも。さあ狩りを始めよう!!」
女が翼を広げ、鎌を掲げた。
その姿は、まさに――死神そのものだった。
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