③ 「もっと仲良くなるために」


「楠葉さん? 夏目さんからですか?」


「えっ? あ、いや……」


 くそっ……どうする。

 この状況、橘にはなんて説明すれば……。


「私の方には、特に連絡は来ていませんね。電話してみます」


「あっ、おい」


 俺の制止もむなしく、橘はスマホで通話をかけ始めた。

 おそらく、相手は雛田だろう。が、応答はない。


 当然といえば当然だが、まさかあいつら、このままフェードアウトするつもりじゃ……。


「おかしいですね……」


 首を傾げる橘を尻目に、俺は打開策を考えた。


 どうやって誤魔化す?


 それにもしうまく誤魔化せたとして、これからどうするんだ?


 橘は鈍いやつじゃない。

 異変があればいつかは気付くだろう。

 騙された、仕組まれたとわかって、いい気はしないはずだ。

 現に今、俺もあいつらを恨んでいるわけだし。


 それにしても、あの二人がやたらと予定を教えなかったのは、これが理由だったか……。


 秘密とか、あえて伏せてるとか以前に、考えてすらいなかったってことだ。


「楠葉さん、どうしましょう?」


「えっ? あ、あぁ……そうだな」


 橘は不安そうな様子だった。

 まあ、それも無理はない。


「ちょっと夢中になり過ぎましたね……不覚でした」


「……だな。とりあえず、どっかに座ろう」


 二人で、壁際にあったベンチに移動した。

 ここなら電子音や喧騒もそこまで聞こえず、比較的落ち着けそうだ。


 しかし、こんな荒療治みたいな真似をして、あいつらは俺に何を期待してるんだ……。


 こんな根暗モブを美少女と二人きりにしたところで、何も出来ることはないぞ、普通に考えて。


 もっと言えば、二人きりになる場面なんて今までも何度か……。


「ここで待っていれば、二人とも戻ってくるでしょうか……」


「……だといいな」


 ……いや、違うな。


 そうやって言い訳ばかり考えてるから、なにも起こらないし、なにもできないんだ。


 今、この状況は、二人きりで学校から帰ってる時や、料理を振る舞ってもらってる時とは、明らかに違う。


 それは、覚悟だ。

 俺に、覚悟があるかどうか。


 結局、人間関係を決定的に変えるには、そういう覚悟が必要なんだ。

 それがなけりゃ、どれだけ親しくなったって、どれだけ一緒にいたって、きっとなにも変わらない。


「……橘」


 恭弥には、あいつらには、きっとそれがわかってるんだ。

 だから、俺が覚悟を決められるように、この状況を作った。


 いつ、どこにいて、なにをしていて。

 そんなことは二の次で、結局は俺の覚悟が、意志が全て。


「……どうしました?」


 ならば、俺はどうするべきだろう。

 どうやって、橘に気持ちを伝えるべきだろう。


 覚悟があれば、それでいい。

 だったら、この状況はいらない。

 むしろ、不本意だ。俺らしく、いや、俺たちらしくない。


 無理なんだ、俺には。

 こんな風に策を巡らせて、相手を騙すか騙さないかの綱渡りみたいな、こんな、リア充みたいな真似は。


「……すまん、橘」


「……え?」


 隣に座る橘が、不思議そうな顔でこちらを向く。俺も、橘の方をまっすぐ見た。


「これは、たぶん俺のせいだ。俺をお前と二人にするために、あいつらが仕組んだんだと思う」


「……そ、それは……どういう」


「頼んだんだよ、俺が。橘ともっと仲良くなるためにはどうすればいいかって。そしたら恭弥が、みんなで遊びに行こうって」


「……ふぇっ!?」


 橘は一瞬で顔を赤くした。

 きっと、俺の顔だって真っ赤だっただろう。


 だけどここまで来たらもう、今さらやめても同じだった。

 いや、ここでやめてしまったら、たぶん俺は一生、今のままだ。


「どうしてもお前に来て欲しくて、須佐美も来るってことにした。だから今日のあいつのキャンセルは、元々決まってたんだよ」


「……そう、ですか」


 橘はどこか納得したような、腑に落ちたような顔をした。


 さすが橘、友達のことをよくわかってるんだろう。


「でも、まさかこんなことになると思わなかった。あのアホども、勝手にいなくなりやがって」


「そ、それでは、これは……」


「ああ。こうなることは俺も知らなかった。まあ、あいつらの考えそうなことだな。予測できなかった俺も悪い」


 乾いた笑いが漏れる。


 けれど、橘は笑わなかった。


「……だから、すまん。騙すようなことして」


「……」


 橘は俺から目をそらした。

 俯き気味にきゅっと口を結び、なにかを考えているようだった。


「……どうして」


「……おう」


「……どうして、楠葉さんはそれを、私に話してしまったんですか」


「嫌だったんだ。これで橘と一緒にいられても、楽しくないと思った。でも、俺は馬鹿だから、やっぱりちょっと嬉しかったんだけど」


「……」


「全部話した方が、ちゃんとお前に言えると思った。俺が、橘に伝えたいことを」


「……楠葉さん?」


「橘」


 言ってることがめちゃくちゃだ。


 ゲーセンの隅で、雰囲気もクソもない。


 サプライズや、気の利いた言葉もない。


 でも、俺らしい。


 俺にはこういうのがお似合いで、こういうのこそが、俺だった。


 橘はどう思うだろう。


 嬉しいだろうか。


 ガッカリしただろうか。


 呆れているだろうか。


 怒っているだろうか。


 どういうのが、お前は嬉しいんだろうか。


 そういうことも含めて、もっと橘のことを、知っていければいいと思う。


 なんだか、俺がやりたいことばっかりだな。


「俺は、お前が好きだよ」


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