<5:決意の後輩と羞恥の目>
一緒に下校する日々が三か月続き、受験期も終わった。俺は晴れて第一志望の高校に入学が決定し、上原さんも自分の事に様に喜んでくれた。こんなにも他人の事なのに自分の事の様に喜んでくれる子はなかなかいない。
正直、俺の気持ちは「付き合う」という方に針が傾いていた。周りからも、公認のカップルの様に捉えられていた。しかし、俺は卒業式の前日になっても「告白の答え」を出せずにいた。一つの決意が俺を支配していたからだ。それでも彼女は好きでい続けてくれた。その証拠に卒業式の前日にメールが来た。
「先輩の第二ボタン、いや、全部のボタンをください」
彼女との三か月で一つ分かった事がある。彼女は面と向かって俺と話すと恥ずかしくて言葉を渋って黙ってしまうがメールだと
俺のボタンなんて貰いたがる奴なんていないから、了承した。それに高校に上がる時に制服は新調してもらう事になっていたから断る理由もない。
しかし、全部のボタンを欲しがる子なんて不思議な子だなとは思った。
そして迎えた卒業式。卒業式が終わった後、人があまりいない学校の敷地内にある樹木の生い茂った雰囲気のある所で俺は彼女にボタンをあげる事にした。彼女が来て、いざ渡そうとした時、確認の為、一度聞いた。
「ホントに全部、欲しいのかい」
「はい! 」
彼女は手を胸の前に組みながら、前のめりに言ってきた。その頃には俺と彼女に壁は無かった。だから主張をはっきり言う事も出来るようになっていた。おしとやかな彼女の必死な声の強さに負けて、俺は全てのボタンを取る決意をする。
しかし、一つ一つボタンを取りながら、俺はもう一度確認しようとした。
「ホントに―」
「ホントに―です」
食い気味に言われたもんだから、もう引き下がれない。覚悟を決めて、全部のボタンを外し、彼女の小さい手の上に置く。彼女は大切そうにそれを胸に近づけ、俺の目を見つめる。
「ご卒業、おめでとうございます! 」
そのまっすぐな目には涙が浮かんでいた。俺はすかさず彼女を抱きしめた。周りに人が来ても構わない。慎重さなんてくそくらえ。だってこんなにも愛おしい存在が目の前にいるのだから。彼女を胸に抱く。さくらの香りがふわっと香り、俺は決めた。
「俺はこの学校を去る。でも『さくら』の元を去る事はない」
俺は彼女の耳元で囁いた。実質、告白みたいなものだ。しかし、決定打には欠ける言葉を敢えて使った。彼女は小さく腕の中で頷き、
「はい」
と答えた。そして、俺たちは離れた。
漫画とかならこのまま、二人で帰る所だろうが、現実は甘くない。在校生は式場の片づけがあった。だから、俺と彼女はそこで別れる事になった。
俺は一人、学ランの前を全開にして校門に向かった。その最中、同級生から驚きの声があがる。
「見ろよ! あの生田がボタン一つ付けてないぞ! もしかして取られたのか?! 」
校門前の先生が卒業生に向けて「卒業おめでとう」を言っている前を通る。
「あっ、生田くんもおめ……」
先生が俺の姿を見て絶句する。そりゃそうだ。俺はそんなにイケメンじゃない。そんな男がボタンを全部取られた状況で現れた。それはそれは驚いた事だろう。俺は颯爽と校門を走ってくぐり、学校を去った。
これが周りから見た俺。実際の俺の心はこう。
『やばい、やばい! みんなに見られてるぅ! 恥ずかしい! なんで第二ボタンしかあげないのか分かった。校門出る時、恥ずかしくないからだ。先生まで絶句してるよ。そりゃそうだよ。先生だって覚悟はしていたはず。第二ボタンが無い生徒が通っても触れないでおこうと。でも全部無い奴が来たら、その覚悟も揺らぐよ! ともかく、早く、この場を去らないと……』
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