<4:初恋は声にだった>
二日目はまた校門前で待ち合わせをした。今度は友達一人連れずに彼女は一人で来た。
前日の友達はある種、審査員だったのかもしれない。俺の行動を審査し、上原さんにふさわしい男かを判断する。現に友達は一日目、俺たちの後ろをつけていた。俺が世間話で一日目を潰したのはそのせいだ。彼女一人だけで来たという事は一次審査が通ったという事だろう。
そう考えながら、帰路についた。今日は友達がいないから、踏み込んだ話もできるだろう。
「上原さん」
「な、なんですかっ! 先輩! 」
友達がいないせいか昨日以上に緊張している。声も裏返っていて終始挙動不審だ。
「そんなに力まないで。俺は君の事がただ知りたいだけなんだ」
「は、はい! 」
俺は前々から気になっていた事を聞く事にした。
「上原さんは恋愛経験どのくらい? 」
「―っが初めてです」
「え? 」
「せ、先輩が初めてです」
今にも消えそうな声で指をつんつんしながら言った。
俺は彼女がこんなにも慎重なのは初恋だからではないかとふんでいた。
きっと彼女の今までの行動は家族か友達の入れ知恵なのだろうと。娘の初恋、友達の初恋に介入してくる事はよくある事だ。通りで俺の好奇心をくすぐるものが出来上がっていた訳だ。
それが分かった今、俺は一つの決意をした。その為には彼女の情報を出来る限り集める必要があった。
情報収集は三か月ほどに渡った。基本は俺が主体に話し、彼女が一言二言話すと言った感じだったが必要な情報は手に入れられた。
彼女の両親は洋菓子屋を営んでいる。母親は県内にいるが父親は店舗拡大の為、県外にいるそうだ。一瞬、男の勘が働き、彼女は俺に父親を投影して恋愛感情を持ったのではないかと思った。俺は過去の恋愛でそのような経験をしていた。
「お父さんがいなくて寂しくないのかい」
と尋ねると
「と、時々、帰ってきてくれるので、寂しくはないです」
正直、ここで寂しそうな素振りを見せたら、即刻お断りする予定だった。しかし、彼女の顔にその様子は見て取れなかった。感情がそのまま顔に出る彼女に隠し事は出来ないだろう。
そんな彼女の夢は絵本作家。俺はてっきり家業を継ぐのかと思っていたのだがそうではないらしい。
「私の好きな事と家族の職業は関係ないんです」
しかし彼女の趣味は両親の影響でお菓子作り。
「いつか作ってもらいたいな」
と言う俺に対して顔を真っ赤にして頷き返した。その頃には言葉数は増えないものの俺と彼女の歩く時の距離も縮まっていた。
俺の事を好きになったのは学校行事の時だったそうだ。
「合唱コンクールの時に好きになったの! 」
「はい、先輩の声に一目惚れしたんです」
合唱コンクールは各学年各クラスで合唱を行う。本校では「眠りとの闘い」と呼ぶ者もいる。一睡もせず、眠気にも襲われないのは音楽が死ぬほど好きな奴か悟りを開いたものだけと言われている。
彼女は音楽が死ぬほど好きな訳でも悟りを開いている訳でもなかった。だから、眠ってしまった。しかし、ある人の声で飛び起きたのだという。他でもない俺の声だ。俺は押し付けられ役、3年の学年合唱前のナレーションを担当していた。合唱コンクールのしおりにもバッチリ名前が記載されている。その声に一目惚れして好きになったのだという。
周りから良い声だね、渋い声だねと言われてきたが惚れられるほどだとは我ながら驚きだ。今後の武勇伝にでもしよう。
思い返せば、俺が黙っている時は赤くない耳が、俺が話し始めると急に赤くなっていた。声で一目惚れされたのならそれも頷ける。
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