<起:寒桜の蕾、胸に一房>

<1:告白>

 彼女と出会ったのは中三の冬、受験シーズンで周囲がピリピリとしてカップルが恋愛をに捨てていく頃。


 俺は歩き慣れた通学路を通って、下校していた。学ランのポケットに手を入れ、首に巻いたマフラーに頬を寄せて、その温かさに浸っていた。


 ふと、後ろの気配に想いをせる。足音が校門を出てから、一定の距離を空けて着いて来ている。このローファーから出る軽やかな足音は男の重みのある足音ではない。


 そこで俺は彼女からの逃避を考えた。ここら辺の路地は入り組んでいるし、足音から距離をだいたい想像した所、ぎりぎりまけるだろうという確証が得られた。厄介ごとに関わりたくはなかった。俺は平凡な学園生活を送れれば、それで良かった。触らぬ神に祟りなし。


 だから俺は少し早歩きになりながら、角を曲がり路地に入った。


 後ろの足音に乱れが生じる。焦ったのか、足音が早くなる。


俺もつられて焦ってしまい、足を絡ませながらも角を曲がり切った。ここで転んでしまったら、お笑い草だ。まして女子の噂話は75日では納まらない。俺はなんとか足を踏ん張り、その場で。そう、しまった。


(しまった、これでは追いつかれてしまう。今から走り出せば、間に合うか、いや間に合わない。万事休す)


 そう目をつぶった時だった。


 なぜか、後ろから駆け寄ってきた足音の主に俺の手は握られていた。その子の手は小さく、かすかに震えていた。その時漏れた俺の息は何とも男らしくない腑抜ふぬけた


「はひぇ」


 というものだった。冷や汗が出る。もう逃げられない。俺は覚悟を決め、握られた手を軸に回転し、足音の主を確認する。


そこには名も知れぬ自分の胸の下あたりまでしかない女子がいた。後輩だ。それも一年生。


足音の主は、俺の顔を見ることなく、


「こっ、この手紙、受け取ってください」


 と言って、路地を駆け足で出て行ってしまった。手紙の主から引き継いだ震えが俺の握り拳に残っている。


 路地から出たその子の後ろを数人の女子が走って追っていく。どうやら、彼女は俺をつけてきたが彼女は彼女の友達らしき取り巻きにつけられていた様だ。


 俺は手紙の主が気になった。なぜなら、俺は彼女の顔を見ることなく去られてしまったからだ。普通、どんなに恥ずかしくても手紙を渡す相手を一度も見ないなんてことはありえないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る