第20話わがままお嬢様の無茶な注文・2

「えぇと、ご注文を繰り返しますね。辛くなくて苦くなくて酸っぱくなくて、冷たくて柔らかく、喉越しが良くかといってしつこくない卵料理ですね?」


「えぇそうよ。でも、貴方にそんな料理が作れるのかし--」


「少々お待ちください」


「へっ?」


 出来るハズが無い、と高を括っていたシャルロットはアッサリと『お待ちください』と宣った目の前は老店主に肩透かしを喰らった気分だった。てっきり『申し訳ありません、出来ません』と謝罪させてほら見ろ、大した事無いじゃないかと言ってやるつもりだったのに。『お待ちください』という事は、出来るのだろうか?いやそもそも、自分の注文したような料理が実在するのだろうか?卵と言えば、滋養に溢れてはいるがしっかりと加熱しなければ食べられない食材の代名詞のような物だ。それを冷たい料理にする?

『冷めたオムレツなんて出されたら、ただじゃおかないのだわっ』



 そんな事を考えながら、シャルロットは目の前の老店主の作業を観察している。店主は自分の背後にあった銀の巨大なクローゼットの様な物から、金属のカップらしき容器と、透明な……恐らくはガラス製であろう四角い容器を複数取り出した。その四角い容器の中には、様々な季節のフルーツが食べやすい大きさにカットされてうっすらと濁った液体の中に沈んでいた。


「それは……果物かね?」


「えぇ、正確には果物のシロップ漬けですが。果物が傷み難い様に、砂糖等を使った保存液に漬けているのです」


 父と会話を交わす店主に、シャルロットは目を見開いた。交易都市であるこの街でも見た事がない果物を、砂糖で甘味を足しつつ長期保存させる?そんな技法は聞いた事もない。もしや父も騙されているのでは?とも思ったが、シロップの中に浮かぶ果物は傷んでいる様子もなく寧ろ瑞々しさすら感じる。何より、ただでさえ甘い果物に更に甘味を足したらどうなるのか?他の女子に負けず劣らず甘い味を好むシャルロットは、期待に唾を飲み込んだ。そして、ハタと気付く。


『そうか!卵料理に自信が無いから、物珍しい果物のシロップ漬けとやらで誤魔化すつもりなのだわっ!?』


 先程から目に映るのは、色鮮やかな種々のフルーツ。肝心の卵料理はと言えば、卵の影すら見えない。これは見え透いた欺瞞だろう。大した事の無い卵料理の周囲を鮮やかなフルーツで飾り立て、お茶を濁そうと言う魂胆なのだ、この老店主は。実際、シャルロットが通う学園の近くにあった話題の高級店なども行ってみたが、見た目ばかり豪華で味は大した事の無い店が幾つかあった。実家の料理人は食い道楽と名高い自分の父が選りすぐった料理人達だからレベルが高いのは知っていたが、それでも帝都の高級店の料理人が負けるとは思ってもみず、シャルロットは少なからず失望を覚えた。この老店主もそういった輩の一人なのだろう。父の好んで食べている『かれー』とやらも、物珍しさで一時的な流行りの様な物なのだろう。いずれは飽きて、目も覚める。それを理解してシャルロットは一気に興味を失った。


「……やはりいいですわ」


「はい?」


「貴方の料理人としての程度は知れましたわ。もう作らなくて結構、私帰らせて頂くのだわ」


そう言って椅子から降りようとしたシャルロットの腕を、隣に座っていた父が掴んだ。予想外の出来事に一瞬頭の中が真っ白になる。そして彼女が見た父の顔は、



「お、お父様……?」


これまでに見た事が無い程、怒りに歪んでいた。





「シャルロット、私はね。君に食材を無駄にする事を何より嫌うと教えなかったかな?」


 堅い口調で私に言い聞かせる様に話しかけるお父様。こういう口調の時は私のお父様としてではなく、ヴェルナー・フォン・メンヒペリ伯爵として一人の貴族令嬢を躾る様に私を叱責する。本気で怒っている時のお父様の癖だ。


「私達裕福な者がお金を使う事は、世の中の金の流れを動かす為に必要な事だ。だからこそ私も贅を凝らす事を否定はしない。しかし、贅を凝らす事と無駄にする事は同義ではない。君にはそう教えなかったかな?シャルロット」


「は、はい」


「しかし君は今、自ら注文した料理を食べずに店を去ろうとした。あまつさえ、その芸術的な完成品を目にする事もせずにだ。それは食材に対しても、その生産者に対しても、そして作り手である料理人すら侮辱する行為なのだよ?」


「うぅ……」


 一々正論過ぎて反論が出来ません。


「金を持つ者がそれを使うのは必要な事だ。しかし、明日のパンを得る事すら危うい者がいるこの世界で、食材を無駄にする事は私達のような人間がすべきではない。違うかな?」


「…………その通りですわ」


「ならば、私はもう言う事はない。何をすべきかは自分で考えて行動しなさい」


 そう言うとお父様は再び皿へと向き直り、食事を再開しました。私も店主へと向き直り、頭を垂れました。


「申し訳ございませんでしたわ。私、礼を失していました」


「いやいや、若い内は激情に任せて先走ったりするもの。失敗をしてもそれを繰り返さない事が肝要なのですよ」


 そう言って店主の老人は朗らかに笑っておられます。この方は聖人か何かなのでしょうか?


「それに、さっきの会話の時間のお陰で盛り付けが間に合いました。どうぞ」


 そう言って店主が差し出して来たのは見事な細工の硝子の器。そしてそこに盛り付けられた色とりどりの果物と、その中央に鎮座する黄色と黒、そして白と赤の美しい山。


「これは…………?」

 

「ですから、ご注文の『辛くなくて苦くなくて酸っぱくなくて、冷たく柔らかく喉越し滑らかでしつこくない卵料理』----プリン・ア・ラ・モードと言います」


「プリン・ア・ラ・モード……」


 聞き覚えの無いその名前を、私は譫言の様に繰り返していました。この絵画の様な華やかな見た目!これはもう芸術と言っても過言ではありません。ですがこれは料理。見た目ではなく最も重要なのは味。私はこの芸術品を壊す事に怯えるかの様に震える手でスプーンを取りました。






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