第16話行き倒れエルフとモーニングセット・4

「さて、貴女は私の店の前で倒れていたので助けました。これは私なりの善意ですから、無償で結構です」


「は、はぁ」


「ただ、その後の食事は別です。仮にもここは飲食店。お客様に食事を提供して、その代価を得る……そういう店です」


「は、はい」


「そして貴女は、その店で食事をした。それは間違いないですね?」


 これは間違えようの無い事実だ。満たされた己の腹が証明している。


「はい、でも、あの、私、お金の持ち合わせが……」


「ふむ。金もないのに店で食事をしたと?」


 白髪の店主がエルフ娘を咎める様な視線を送る。エルフ娘とすれば極限の空腹状態であんなご馳走を目の前に出されたら一も二もなく飛び付くのは当たり前でしょう、と言いたい所だったが、何しろ無銭飲食。窃盗と変わらない。窃盗の罪は捕まれば顔に刺青が入れられる。しかも特殊な魔法で刻む為に消すことが不可能な物。なので罪人の刺青が入れられた者は『墨入り』と揶揄され、生涯日陰者の生活だ。


「さて、どうしたものでしょうね……」


 深刻そうな顔付きで、エルフ娘を見つめ続ける店主。対してエルフ娘は今にも泣き出しそうな顔をしている。そうして奇妙な睨み合いを続ける事数分。遂に根負けしたように店主がプッと吹き出し、クスクスと笑い出した。呆気に取られるエルフ娘をよそに、


「いや失敬、あまりにもお嬢さんが泣きそうな顔で私を見つめて来るのがいじらしいやら可愛らしいやらで……くくく」


「なっ……こう見えても、私は貴方よりも歳上なんですよ!?」


 対してエルフ娘は自分がからかわれていた事を察し、顔を赤らめてぷんすこと怒り出した。


「いやいや、普段ウチの店は早くから開けないのでね。モーニングは裏メニュー……いや、賄いの様な物ですから。お代は頂けませんよ」


「でも、それじゃあ……」


「その代わりと言ってはなんですが、ウチで働きませんか?お嬢さん」


「へ?」


 先程までの赤くなった膨れっ面から一転、今度は呆けた様な顔だ。正にきょとんとしている。


「近頃お客様も増えてきていましてね。私一人では店を回すのが大変になってきていた所だったんですよ」


 そして店主……潔の言葉もまた事実である。お忍び(のつもり)でやってくる領主を筆頭に、この所立て続けにこの街の有力者や有名人が訪れた影響か、客足が伸び始めていた。元々第2の人生として程々に稼げていれば良かった潔としては全くの予定外。のんびりやっていく予定が、完全に狂い始めていた。そこに現れたのが件のエルフ少女である。


 人を雇うにしても、異世界の人間でなくてはいけない。何しろ客の中には人以外の種族……エルフや獣人といったファンタジーな存在もいるのだから、それを見ても大騒ぎしない人物でなければならないからだ。となると、自然と異世界人に限られて来るのだがこれも難しい。何故かと問われればミートソースの一件から足繁く通ってくるお洒落な白兎……クローリクが原因であった。あの一件以来、ドアに彼から貰ったレリーフを提げているが、街のチンピラ連中から絡まれる事は無くなった。が、それと同時に近所の人達から恐れられているらしかった。何でもクローリクはジヴォートナイという獣人で構成された自警団(を本人達は名乗っている)の偉い立場の人間らしく、彼が足繁く通ってくる上に堂々と組織のレリーフを提げたこの店は、完全に組織の集会場か何かと思われているらしく、そんな店に働きたいと寄ってくる人間はいないだろう。その為、言い方は悪いが恩を着せて働いて貰えそうなエルフの少女は、潔にとっては千載一遇のチャンスであった。


「どうでしょう?住まいはここの2階が空いてますし、住み込みという形で。仕事内容は店の掃除に接客、料理の配膳、それと調理の補助。給金は……そうですね、働きぶりを見て応相談という形で」


「は、はぁ」


 エルフの少女からしても、これはかなり恵まれたチャンスだ。先程までは前科者になってしまうという恐怖から一転、住み込みで働かないかという誘い。その上住居と給金まで提供されるという。半ば盗みとも取れる行いをやらかしたのだから、奴隷の様に扱われたって文句も言えない立場だと言うのに。


「ああそれと、食事は三食ウチの賄いで良ければ出しますから」


「働きます!是非ともやらせてください!」


 決定打だった。今回食べた料理が特別な物で、普段の料理があれよりも多少美味しくないにしても、これまで食べてきた料理よりも美味しい事は想像にかたくない。何よりも、この店には自分の追い求めた『未知』が溢れている気がした。


「では、決まりですね。早速仕事を覚えて貰いましょうか……いや、その前にお風呂ですかね」


「はい?」


「ウチは客商売ですからね。そのホコリまみれの身体じゃあ仕事はさせられません」


「はぁ」


「では上に行きますか。えぇと……」


 潔はそこで、この行き倒れていたエルフの少女の名前を知らない事を思い出した。


「失礼、お嬢さん。貴女のお名前は?」


「あ、私、パトリシアです。パティって呼んで下さい!」


 そう言って行き倒れエルフ改めパティは、これから始まるであろう生活に胸を躍らせ、にっこりと笑った。




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