第15話行き倒れエルフとモーニングセット・3
主食は持ってきてもらった焼き立てのパンがあるからいいだろう。問題はおかずにスープだ。
『さて、何があったか……』
潔は冷蔵庫の中身を漁りつつ、献立を考える。飲食店なだけに食材は多めにストックしてあるのだが、普段は古くなっている食材を消費する為にかなり適当な献立だったりするのだ。しかし、今日は仮にも『お客様』に出す料理。
『卵に……ベーコン、サラダを追加して、スープは……あ、ジャガイモから芽が出てる』
この間近所の八百屋で玉ねぎとジャガイモの詰め放題をやっていて、ついつい買いすぎていたのだ。毎日カレーを仕込むんだから、このくらいは消費できるだろうとタカを括って。
『見通しが甘かったですかねぇ……まぁいいや、スープはポタージュにしましょう』
そう思い直し、潔はジャガイモと玉ねぎを手に取った。ジャガイモを洗い、ラップに包んでレンジで柔らかくなるまでチンする。その間に玉ねぎをすりおろしておく。鍋に水を張り、顆粒のコンソメと玉ねぎを入れて火にかける。レンジからジャガイモを取り出して皮を剥き、滑らかになるまで潰す。玉ねぎを5分程煮たら潰したジャガイモを加え、かき混ぜる。煮立って来たら牛乳を加えて弱火にし、更に5分煮込む。とろみが付いたら塩、胡椒で味を整えればジャガイモのポタージュの完成だ。本来ならハンドミキサー等で煮込んだ材料を細かくして滑らかなスープにするのだが、これは予め材料を細かくしておく事でその手間を省いた言わば手抜きレシピだ。
『少しドロッとしてるけど……まぁ、このくらいはご愛嬌かな?』
と、苦笑いしながら潔は続いての作業に移る。フライパンにベーコンを載せ、カリカリになるまで焼き上げる。その際染み出した油を使い、オムレツを焼き上げる。オムレツは卵に塩、胡椒、牛乳、チーズを加えて溶き、ベーコンの油の残ったフライパンでふんわりと。こうする事で、ベーコンが入っていなくてもオムレツにその風味と肉の旨味を纏わせる。後はサラダを盛り付け、ドレッシングをかけてパンをバスケットに移せば完成だ。丁度完成したタイミングで、見計らっていたかのようにエルフ娘が目を覚ましたのに潔は吹き出しそうになったが、努めて冷静を装い、彼女を食事に誘った。
目の前には見たことも無いようなご馳走。思わず生唾をゴクリ、と飲み込む。
「すいませんねぇ、私の好みで二人分作らせてもらいました」
白髪の店主が申し訳なさそうに謝るが、寧ろ申し訳無いのはこっちですよ。こんな豪勢な食事を頂いて宜しいのですか?とエルフ娘は尋ねそうになる。
「……もしかして、
「べ、ベジ……なんですか?」
「いえね、エルフは肉や魚は食べないと風の噂に聞いた物で」
エルフと接した事の無い
「大丈夫です、なんでも食べられます」
更に今は空腹。内臓が早く喰わせろと腹の内でのたうち回っている。
「では。いただきます」
目の前では白髪の店主が手を合わせて何か呪文の様な物を唱えている。不思議そうに眺めていたのに気付かれたのか、
「あぁ、これは私の故郷の作法というか風習でしてね。自然の恵み、作物を作った人、それを調理した人に感謝しつつ、
成る程。そういえば森でも食事の前には祈る人もいた。森の恵みへの感謝とか、そんな感じで。私の両親も祈る側の人だった。私はそういう迷信じみた事が嫌で、顔をしかめる両親を気にせずに祈りを捧げずに食べていたが。今はそれよりも食事だ。皿に乗せられた黄色いふわふわした物は卵……だろうか。たまに鳥の巣を見つけると採取して、茹でたりそのまま焼いたりして食べていたが、こんな卵料理は見たことが無い。その傍らにはカリカリに焼けた干し肉。これは保存食でもよく見る、猪の肉だろう。そしてオレンジの液体がかけられた野草の盛り合わせに、白いスープ。そしてバスケット一杯のさまざまな形のパン。パンは森の集落でも作られていたが、集落の皆の分をまとめて作る為、形は全て丸く、保存性を持たせる為に固く焼き締められた石の様なパンだった。だが、これは匂いからパンと判断できるけれど前に見たパンとは全くの別物。駄目だ、お腹はとても空いているのに手が出ない。未知の物が多すぎて、怖じ気づいている。森の中に無い未知を求めて飛び出したというのに、情けない話だ。
「おや、食べないんですか?」
怪訝そうな顔で白髪の店主が首を傾げている。しかし左手はパンのバスケットに伸びていて、その内の1つ、楕円形に規則的な切れ込みの入ったパンを手に取り、一口大にちぎっている。バリッという外側の硬そうな音に反して、中から覗く白い生地はとても柔らかそうだ。そして私の右手もパンのバスケットに自然と伸びていた。丸に十字の傷の入ったパンをちぎってみる。やはり、森の集落で作られていたパンとは違い、外側は相応に硬いけれど中身は段違いに柔らかい。食べやすくちぎったそれを頬張ると、思った通り今まで食べていたパンが砂の塊だったのではないか?と錯覚する位に美味い。パリッと香ばしく焼き上がった外側。反してもちもちと柔らかい内側。僅かな塩気と小麦の甘味が口一杯に拡がる。
「美味しい……!」
「でしょう?このパン屋のパンはこの辺りじゃあちょっとしたものなんですよ」
朗らかに笑う白髪の店主は、そう言いながらスープにパンを浸して食べている。固くもないのに何故浸すのだろう?それは当然、美味しくなるからだ。少女はそんな店主の真似をして、パンをちぎってスープに浸し、口へ運ぶ。
『何これ、うっま……!』
先程のパンもまた当然の様に美味いが、このとろみのある白いスープも凄い。何かの動物の乳の味、というのは判る。だが、それだけじゃない。姿形は見えないが確かに野菜に複数の調味料を加えた複雑な味がする。森で母親が作ってくれたキノコと香草のスープ、あれも美味しかったがこれは比べるのが申し訳無くなる程に美味い。素材の味を活かした上に、更なる一手間を加えた事が味わいから伝わってくるのだ。パンとスープに感動しつつも、皿の上を彩る様々なおかず達にもエルフ娘は挑みかかる。ふんわりとしつつも、スプーンを差し込むと中身がトロリと流れ出すオムレツ。干し肉を焼いた物だと思ったそれは、森では特別な日でもないとお目にかかれない燻製された肉で、それがカリカリになるまで焼かれた物はもう、味も香りも食感も彼女の五感を楽しませた。夢中で皿の上の物を平らげ、バスケットに入っていたパンとあの白いスープは腹がパンパンになるまでお代わりをしてしまった程だ。
「う~っ、食べ過ぎたぁ……」
椅子に座ったまま数日ぶりに膨れた腹を擦るエルフ娘。
「余程お腹が空いていたんですね。これ、紅茶です。ミルクと砂糖はご随意に」
そう言って店主はカップに入れられた紅茶を差し出して来た。これまた森では滅多に見られない高級品。普通はその辺に生えている野草を摘んで淹れる
「さて、お嬢さん」
「はい?」
「朝食代金の話をしましょうか」
店主はニッコリと笑ったまま、そう告げた。その瞬間、エルフ娘は顔が青ざめたのを自分で自覚した。
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